Happy(?) Birthday - Written By Renna N. - |
窓から差し込む暖かい朝日 遠くからかすかに聞こえてくる小鳥のさえずり お日様の匂いでいっぱいのふかふかのシーツ いつも通りの朝、いつも通りのシチュエーション。 コーセルテルの変わり映えのない平和な1日がまた始まるはずだった。 …ただ1人、「彼」の場合を除いては。 これは、常日頃から類稀な運(※幸運とは限りません)に恵まれ(?)ているとある補佐竜くんの 非日常的な日常のワンカットストーリーである。 ■ Scene 1 ■ ここは水竜術士エレの家。 コーセルテルの西側に位置し、大陸一の大きさを誇る滝に面している。 「彼」の部屋はそこの2階にあった。 ――――― もしもーし。そろそろ起きようか?さわやかな朝だよー。 どこからともなく発せられた声が、「むにゅむにゃ…ユイシィv」とか幸せいっぱいのおマヌケ顔で 夏眠をむさぼる「彼」に向けられる。 が、ぴくっと右耳がわずかに反応しただけで起きる様子もない。 声の主はしばし何か考え込んでいたが、すぐに不敵な笑みを浮かべるともう一度、今度は少し大きめの 声色ではっきりと言った。 ――――― リリック、いつまで寝てるのっ! 「うわっ、は、はい!すぐに朝ごはんの用意しますっっ」 まるでボールが跳ね返るようにガバっと飛び起きたのは、エレの補佐(と書いてメシスタントetc.と 読む)を務める水の少年竜リリック。 エレの「教育」は彼の骨の髄、無意識のレベルにまでしっかりと刷り込まれて根付いているようであった。 ……ハレルヤ。 (うわ〜〜〜…この声、絶対にご機嫌ななめだよぉ) 恐〜る恐る声の発せられた方を振り返ると。そこには、覚悟していたナマハゲのようなエレ(怒)の 姿はなく、代わりに肩をぷるぷると震わせて必死に笑いをこらえている少年が視界に映った。 「くっくっく…いや、期待以上の反応をありがとう。ぷくくく…」 「あ、アルル?!」 途端、糸が切れたようにヘタヘタとその場に座り込んでしまった。 「ひどいよぉ〜。エレかと思っちゃったじゃないかぁ」 半泣きで批難の目を向ける。 アルルと呼ばれた少年は、何とかこみ上げてくる笑いを押し込めると人懐っこい笑顔でぺロッと小さく 舌を出した。 「ごめんごめん、あんまり幸せそうに寝てたモンだからつい、ね」 折角ユイシィの夢を見てたのに〜とほっぺを膨らます水竜を更にぷにぷにつっつきたい衝動に駆られたが、 ここは懸命にねじ伏せて満面の笑み(?)で水の精霊特有の挨拶をする。 弧の軌道を描いていく右手を追いかけるようにして、空気中の水の小精霊達が楽しそうにくるくると たわむれるのが見える。 アルルは自ら作り出した水のヴェールの中でくるっと身を翻すと、恭しく一礼した。 「ご機嫌麗しゅう、水竜リリック」 「あ…うん」 全然麗しくないよと反論しようとしたが、アルルの姿に不覚にも一瞬見とれてしまったため思わずタイミング を逸してしまった。その様子に高位の水精霊は満足げに微笑むと、ちょこんとリリックの隣に腰を下ろす。 見た目は同じくらいだが、半世紀以上も年下のこの少年竜がアルルには可愛くて仕方なかった。 "可愛さ余ってつつきまくりたいキャラNo.1" 心の中でリリックの存在は邪色に光り輝いていた。 「…で、こんな朝も早くからどうしたのさ?」 まだ半覚醒の目をこすりつつ、疑問を口にする。 眠いはずである。時計の短針はまだ5と6の間を指し、外はようやく薄明るくなり始めたばかりだったのだから。 「なに、きっと誰にも気付いてもらえないうちに一日が終わってしまうだろうから、私くらいは祝ってやろうと 思ってね」 ぴくっ。 リリックの体が不自然に揺れた。 カレンダーを見ると今日は25日。 365日に1回廻ってくる、リリックにしてみれば13回目の特別な日だった。 「去年は稀に見る大型台風のせいで対応にずっと追われてて、気が付けば結局何もしてもらえなかったしねー」 そう。あれは、ちょうどリリックの12回目の誕生日のこと。 その前日までは雲ひとつない快晴だったというのに、翌日の明け方には突然原因不明の極めて強い台風が 発生しコーセルテルとその周辺地域を直撃したのだ。正午までには上空を通り過ぎたものの、各地の被害は 散々たるものだった。 ランバルス一家とマシェル一家は半壊滅状態の家屋修復にあたり、カディオ一家は負傷者らの治療、メリア 一家とモーリン一家は行方不明者の捜索、イフロフ一家は土砂崩れやなぎ倒された大木の除去、そして リリック達エレ一家は決壊した川や貯水池等の修復に追われた。 有史以来の大天災が残した傷跡が完全に癒えるまでには一週間を要し、その間皆ほとんど不眠不休で頑張った のだが。リリックの誕生日がすっかり忘れられてしまったことに当の本人が思い出したのは、それからまた 一ヶ月も過ぎた後だった。 「あの時は!皆大変でそれどころじゃなかったけど、今年はおかしな雨雲の塊もみとめられないしっ」 「今年は祝ってもらえると?じゃあ、一つ私と賭けをしようじゃないか」 反論するリリックを可笑しそうに見やりながら、アルルが言葉を繋ぐ。 そのいかにも「皆忘れてるさ」と言いたげな口調についついムキになってリリックが身を乗り出す。 「いいともっ」 売り言葉に買い言葉。 普段からアルルに関わると木竜コンビとはまた別の災難が大なり小なり降りかかってきたことを経験的に 思い知らされているリリックだったが、まんまと言葉巧みに乗せられていつの間にか後に引けなくなって いた。ということに、本人気付いていないのはただの余談である。 ルールはこうだった。 これから12時間以内に誰かが誕生日を祝ってくれたらリリックの勝ち。1人として祝ってくれなかったら アルルの勝ちとなる。もちろん、リリック本人の口から直接今日が誕生日だということを伝えてしまったら その時点で反則負けとなる。 「私が勝ったら、そうだな…明日一日、何でも私の言うことを聞くというのはどうだい?」 アルルの目の奥に何やら怪しげな光をみとめたリリックは、この時ようやく彼の性格を思い出し途端に 逃げ腰になり始めた。 「な、なんでも??」 「そ、何でも。男に二言はないよねー、リリック?その代わり、キミが勝ったら私からとある秘蔵物を プレゼントしよう。水の精霊族に伝わる秘伝の逸品だよ」 いまさら嫌とは言わせない迫力が一言一句余すところなく含まれていた。 (し、しまった〜!つい『いいともっ』なんてタンカ切っちゃったけど、こういう時のアルルはロクでも ないことしか考えてないんだった…これは何としてでも勝たなくっちゃ) 自分がハメられたことをやっと自覚したリリックと、しめたと言わんばかりのアルル。 かくして、水の補佐竜くんの(一般的には)非日常的な(でも本人には)日常の火蓋が切って落とされた のだった。 ■ Scene 2 ■ 「えーと、じゃがいもとキャベツと卵と…」 いつもより1時間早く起こされたリリックは、すっかり目も冴えてしまったのでとりあえず朝食の準備に とりかかることにした。 エプロンをつけ慣れた手付きで野菜を切っていくおさんどんリリックと、それを楽しそうに脇で見守って いるアルル(決して手伝ったりはしないトコロがミソ)。 「ずいぶん余裕だね、リリック。もう残り11時間だよ?」 てっきり祝ってくれる相手探しに東奔西走するだろうと踏んでいただけに、余裕綽綽でメシスタントの 任務(?)をまっとうしようとするリリックへ葉っぱをかけてみる。 「ふっふっふ。実は11時間なんて時間、僕には多すぎるくらいさ」 「ふーん?」 不敵な笑みを浮かべつつも持っているのはじゃがいもという、何とも様にならない(いつもか)リリックを 興味深げに眺めながら、続きを促す。 「キミは大事なことを見逃しているんだ。エレの習慣ってやつをね!」 聞くと、リリックの言い分は次のようなことだった。 竜術士は全般的に様々な分野での相談役や薬の調合などを行う他に、それぞれ特有の力を生かした仕事も 担っている。例えば地理や遺跡に詳しい地竜術士ランバルスが新たに発掘された遺跡の調査を行ったり するように、水竜術士エレは潮の干満をこと細かに調査して特に漁師達に大漁ポイントや危険海域を 毎日伝えたりするのだ。 「エレの仕事に暦は必須だからね。彼女は毎朝必ずカレンダーをチェックするはずさ♪」 そして、今日の日付にはリリックが予め赤ペンで目立つように○を書き込んでいる。つまり、カレンダーを 見たエレが赤丸を発見 → 今日が何か特別な日 → リリックの誕生日と気付くはずだというのである。 「この勝負、早くも僕に軍配が上がっているのさv」 勝利を確信し鼻歌まで歌いながらきっちり全員分+アルル分のマッシュポテトを作るリリックに、「それは 楽しみだね」とだけ答えるアルルだった。 「おはよう、リリック。早いわね…あら、アルル来てたの?」 そうこうしているうちに、勝敗を握る要人が2階からパタパタと降りてきた。珍しいお客さんに挨拶すると、 エレはいつものようにカレンダーのかかっている方へ歩を進める。 「お邪魔してまーす」 見るからに勝利へのカウントダウンに嬉々としているリリックを尻目に、アルルがにこにこしながらエレに 応えた。 (ふっふっふ、やっぱりエレはカレンダーを見に行った。今日ばかりは僕の一発逆転だね!) これまでの連敗を返上できるかと思うと、彼の手際もより一層軽やかになった。板前さんも顔負けの 素晴らしく細く整ったキャベツの千切りが皿の上に積み上げられていく。 「あら?この赤丸なにかしら」 きたきたーっ!飛び上がらんばかりの喜びを表に出さないように努めながら、あくまで平静を装う。 「赤丸?何か特別なコトがあるんじゃないかな」 すっとぼけてみるが、声が上ずっているのは明白だった。 あまりにもわかりやすい様子に、アルルがたまらないというように声をたてて笑い出した。 「特別なコト?何だったかしら…」 2人の様子をさして気に留める風でもなく、エレは手を口元に添えて考え込む。 自分の補佐竜を孵した日くらい覚えておいてよーっ!と喉まで出かかったが慌てて飲み込む。危ない危ない、 言ってしまったらみすみす勝利を逃してしまうじゃないか。自分にそう言い聞かせると、リリックはエレの 記憶の引き出しを開きにかかった。 「何か大事なコトがあるんじゃない?よぉ〜く考えてみてよ」 「大事なコト…大事なコト…」 一向に思い出す気配のないエレに、それまで眠っていた不安がぴょこっと首をもたげ始めた。 (もしかして、本当に忘れちゃってるのエレ?) たかが誕生日、されど誕生日。まがりなりにも自分が生まれた時からずっと苦楽を共にし、これからも 補佐竜として共に歩んでいく竜術士に自分を孵してくれた日を忘れられているというのは、あまりにも ショックだった。 「ほ、ほらっ、何か毎年恒例のコトがあるとか…っ」 焦る気持ちを必死に宥めながら、懸命に思い出させようと奮闘し始める。そこへ天の助け(?)が現れた。 「なに難しい顔してるの、エレ?あ、アルルさんいらっしゃいv」 起きてきたのはクララ、水竜術士一家の二番竜だった。 (渡りに舟だ!クララは占いとか好きだからね、僕の誕生日も覚えているはずっ) 藁にもすがる思いですかさずクララに助けを求める。 「ねぇクララ、このカレンダーの赤丸、何を意味しているかわかるかい?エレが思い出せないらしいんだよ」 「赤丸?あれ、今日何かあったっけ…」 (あるんだってば、薄情者〜っ!!) すぐにわかるだろうと踏んだリリックの予測は見事に空振りし、一瞬2人を呪うも「あっ!わかった!!」 というクララの声に沈んでいた顔がぱっと明るくなる。 「ほら、エレ!大事なコトがあったじゃない」 (さっすが僕の妹分!さぁ、この薄情なエレにとくとくと教えてやって) 「今日は…」 そうそう、今日はっ。次の句が待ちきれずそわそわしてしまう。 「ミリュウさんにおいしい水を届ける約束だったじゃない」 「そうなんだよね!やっと思い出し…え??」 あ、そうだった!と合点のいったエレとは対照的に、予想外の答えに思わず口をあんぐり開くリリック。 「そうだったわ、私ったらすっかり忘れてて…。あ、そうだ。リリック、この回覧をマシェルの所に届けて くれる?私ちょっとミリュウのところに行ってくるから」 そう言い残して、エレはいそいそと自室に戻ってしまった。 (いや、たしかに(エレにとっては)すごく大事なコトではあるけどもさ…ミリュウさんに会いに行く 大義名分が出来てるワケだからね?でもさ。もっと大事なコト、あるでしょう〜っ!!) 打ち破れてOh My God!ポーズをとるリリックの姿に、アルルがくすくすと笑いながら「リリック、朝から どうしたんだろうね」と呆れ顔のクララに問い掛ける。 「あ、いつものコトだから気にしないでね」 さすが妹分。落しドコロも一流なら流し方も天下一品だった。 ■ Scene 3 ■ 天気は快晴、雲一つないさわやかな夏の日。 なのに、約1名の心の中には去年の大型台風が再来していた。 「いや〜、残念だったねー」 今朝の思いがけない惨敗に追い討ちをかける言葉がざくざくと水色の頭に突き刺さる。 (まったく、2人があんなに薄情だとは思わなかったよ!この勝負が終わったら、今日という日がどれだけ 重要なのかをとくとくと叩き込まなくちゃ) 1回戦目は黒星スタートとなってしまったが、リリックがこれから向かうのはコーセルテル一の竜術士の家。 あそこにはマシェルと7人の子竜たちが居る。地下には竜王の竜術士と魔族の兵士ら幽霊コンビもいるが、 彼らがリリックの誕生日を知っているとは考えにくい。ここは勝率8倍にかけるしかないと判断した。 「あと10時間だよー」 半歩ほど後ろから付いてくるアルルが容赦なく煽ってくる。ムカムカしながらも、キミが勝ち誇れるのも あと少しさと自分を慰める。 エレの家からマシェル宅までは普通に歩いていけば1時間半程で着く。大丈夫、時間はまだたっぷりあるさ。 リリックは目的地までの道程を散歩と位置付けて楽しむことにした。 「あれ、どこ行くの?道はこっちだよ」 半分ほど来たところで、アルルが声をかける。 リリックが脇の方へ逸れたと思ったら、ガサガサと道なき林を分け入り始めたのだ。 「こっちの方が近道なんだよね。前にアグリナさんが通った後があるから、通りやすくなってるんだよ」 あー、あの元気いっぱいの火竜術士見習いさんね。 アルルの脳裏に、目前の障害物を全てなぎ倒して猪突猛進するアグリナの姿が思い浮かんだ。 (たしか、ものすごい方向音痴のお嬢さんだったっけ) クスクスと笑いながら、今度会ったらこっそり道しるべを示してあげようかなと考えているアルルだった。 そう、水に属する彼もまた、リリックに輪をかけて筋金入りのフェミニストなのである。 もちろん、リリックより数百倍もスマートなのは言うまでもないが。 (ま、近道、ね...) 11時間なんて時間、僕には多すぎるくらいとか何とか言ってなかったかなぁと、ちょっと意地悪い笑みを 浮かべてみる。エレ達の反応に少なからず危機感を覚えたのだろう、隠そうとしても焦り始めている様子が 手に取るようにわかった。 「...なに笑ってんのさ」 「べつに何もー?」 さっきから上機嫌丸出しのアルルが気に食わないのか、リリックが拗ねた顔で突っかかってくる。 (その反応が可愛くてついつい苛めたくなっちゃうんだけどよねー) 自分の言動が更にアルルの悪戯心を煽っていることに全く気づいていない少年竜に、ちょっと肩を竦めて見せる。 当の本人はほっぺをぷっくり膨らませながら、ずんずんと枝葉を分け進んでいった。 と、突然ぐいっとリリックの腕が後ろに引っ張られた。 「ぅわっ?!」 「しっ」 いきなり強引に引き戻された上とっさに口を塞がれ、リリックの目が白黒する。 「...何か、聞こえない?」 耳元に届いたアルルの声が意外にも真剣だったので、不審に思いながらも耳を澄ましてみる。 ほどなく、右前方からかすかな複数の話し声が聞こえてきた。 (あれ?こんなトコロに誰かいるのかな...) ふっと束縛が解けたので振り返ってみると、さっきまで後ろでにこにこと陽気に歩いていた水の精霊の姿は なく。いつの間にかリリックを庇うようにして用心深く先の様子を探りながら歩を進めていた。 顔には緊張の色が見える。 (ど、どうしたの、アルル...) これまで一度として見たこともない厳しい表情に、リリックの脳裏に一抹の不安がよぎった。 滅多に人の踏み入らないはずの林に、複数の人の声。 そういえば、カディオさんが前に言ってた「外界からの密猟者」が入って来ちゃったのだろうか? 外の世界では、未だに竜の生き血で不老不死が手に入るなんて迷信が信じられているって言ってたっけ...。 不安に駆られながらも、とにかく彼から離れないようにリリックもそっと声のする方向へ足を向けてみた。 「...困った...」 「この時期...なんて予想外...」 音を立てないように慎重に近づいていくうちに、その声は次第にはっきりと耳に届いてくる。 (あ、この声は...) 「...ノイ?」 聞き覚えのある馴染みの声に、リリックはほっと胸を撫で下ろした。 「うわぁvこんなトコロでも会えるなんて、僕ってツイてるなぁ(^^)」 林の奥にいたのは、火竜術士イフロフの補佐竜メオ、そして木竜術士カディオの補佐竜ロイとノイだった。 どんな状況下でも女の子の名前を優先して呼ぶことを忘れないあたり、さすがリリックというべきか。 「げっ、リリックとアルルさん?!」 「え"?!」 向こうも2人にびっくりしたようで、ロイとノイなんかずざざざっと後ずさった程である。 「なんだいメオ、その『げっ』て。3人とも、こんなトコロで何してるのさ?」 素朴な疑問を口にする。木竜術士や火竜術士の家からここまでは結構な距離がある。 誰かの家か村にでも用事がない限り、補佐竜が3人も揃ってこんなトコロ(しかもアグリナくらいしか 通りそうにない獣道)を通ることは滅多にないはずなのだ。 「え、え〜と...」 「?」 何故かしどろもどろのノイに小首をかしげるリリック。 「そ、そうだ!ちょうど良かった、ちょっとコレ持ってて!」 「お、おい、ノイ?!」 メオが制する間もなく、ノイがポンっと何かをリリックに手渡した。 見ると、とてもいい香りのする香草らしきものが綺麗な緑のリボンで結わえられている。 (こ、これって...) リリックの目が輝く。 もしかして、ノイが僕の誕生日を覚えててくれてプレゼントを?! やっぱり女の子だなぁ、うちのエレやクララももうちょっとノイを見習って...と都合の良い解釈で妄想を 膨らませながらリボンを解いたリリックの周りに、突然すどどどどっと凄まじい勢いで集まってきたのは 歩く珍植物『あらよっと』。 「え、な、なに?!うわぁぁぁぁっっっ」 あっという間に取り囲まれ金色に光る粉をばふばふ振り掛けられたかと思った刹那。手に持たされた香草が 急速に蔓を伸ばし、瞬く間に天にそびえる大樹へと変貌したのである。 一瞬何が起こったのか理解不能のままポカーンとしてしまうアルル。が、はっと我に返ると、今しがたまで 目の前に居たはずの水竜が忽然と消えてしまったことに慌てて周りを見回す。 「リ、リリック?!」 「…こ〜こ〜だ〜よぉ〜」 何とも情けないその声の主は、アルル達のはるか頭上、そびえ立つ大樹の上方で蔓にひっかかったまま ぷらーんと風にあおられていた。 「何がどうなってるのさぁ〜っっ」 あちゃ〜と苦笑いするメオと邪笑い全開のロイとノイに、アルルも「…どういうこと?」とぼそっと 訊ねた。 「実はね…」 ロイによると、事のあらましはこういうコトだった。 ロイとノイ、そしてメオの3人は、この先にある『あらよっと』の巣窟にとある用があって来たのだが、 入り口付近には夜行性のはずのソレらが真昼間からわらわら。 ここコーセルテルでも珍種とされる『あらよっと』はとても大人しい性質で人を襲ったりしないものの、 その表面には絶えず漆のような樹液で覆われているため触ると思い切りかぶれてしまうのだ。 「それで誤って触ってしまっても持っているだけで皮膚を保護してくれる『あらよっと』の♀カブ (さっきリリックに(無理やり)渡した香草)を携帯してたんだけどね」 「問題は、あいつらが予想外に早く発情期に入っていたってことかー」 アルルの言葉に、3人がこくんと頷く。 普段は♀カブに決して接触しない性質を持つ(つまり平素は♂カブ除けになる)この不思議な植物も、 例年秋口になると一転して♂カブが我先に交配しようとよってたかって♀カブにひっつき回るのだ。 ♂カブと接触した♀カブは幼体から成体へと一挙に成長し、約半日ほど交配し続けるとやがて1つの種子 へと変化する。ロイ達は入り口に発情中の♂カブたむろっていることを知って、どうやってソレらの気を 逸らせようかと考えあぐねていたところだったというのだ。 「ひどいよぉ〜みんなぁ。早く下ろしてよアルル〜」 まんまと囮に使われてしまったリリックが、半べそ状態でわめいている。 「あ〜…ゴメン。『あらよっと』って、♀カブでも成長したのに触るとかぶれるんだよねー。幼体を 持っていたキミは一時的な抗体が出来ているから大丈夫だろうけど」 そういうワケだから、とりあえずパスね〜と言ったアルルの顔に木竜コンビに負けず劣らずの邪陰が みとめられたのは、ここだけの話。 「大丈夫、日没前には種になるはずだからv。さ、リリックが身を呈して(?)♂カブを引きつけて くれているうちに巣窟に入ろ!」 人身御供に突き出した張本人が最後のトドメをさす。 「日没って、日没って…みんな、薄情だぁ〜〜〜〜っっっ」 …ただ一人、赤い髪の少年竜だけは深い溜息と共に哀れみの目を遥か上空の同期に向けていた…。 ■ Scene 4 ■ 一方その頃。 「ん〜...おかしいなぁ...たしかこの辺に...」 ひんやりとした薄暗い石畳部屋の奥から、若い青年の声がする。 ここはコーセルテルの東、標高1,000メートルの高原に佇む風竜術士ミリュウの家の一角。 ガサゴソと何やら探し物をしているのは、ここの家主その人だった。 「ミリュウ師匠、どうしたの?」 ぴょこっと現れたのは、彼の補佐竜である風竜のジェン。 おいしい水を届けに来たエレとしばらくお茶の間で談話していたのだが、ちょっと席を外すと言ったきり なかなか戻ってこない師匠の様子を見に来たのだ。 「ねえジェンさん、アレどこやったかな」 アレと言われて一瞬考え込んだが、すぐに合点がいくとパタパタと中に入ってきた。 「この間のおもしろ風竜術で使っちゃったから、もしかしたら空っぽかもしれないよ」 奥の戸棚から茶色い小瓶を持ってきたジェンが、カパっと蓋を開けると中を覗き込む。 底を振ってみるが、中身がある感触はなかった。 「あ、そうだった」 思い出してミリュウが困った顔をする。 (アレがないと出来ないしなぁ) 今から採りに行けば間に合うかな? 思案を巡らせていると、今度はエレが様子を見に来た。 「ミリュウ、ジェン、いるの?大丈夫?」 勝手がわからないエレには、薄暗いこの蔵をジェンのように動き回ることは出来ず壁伝いに手探りで ゆっくりと階段を下りてきた。 夏とはいえ高原の、しかも石造りの地下室では気温10度にも満たなくなる。 前方でかすかに見える白い吐息が、まだ暗さに目が慣れないエレに2人の居場所を教えてくれていた。 「あ、ごめんエレさん。大丈夫だよ。いま戻るから」 目的の物が無いとわかれば、ここに長居は無用だ。 ミリュウとジェンは空気浄化の風竜術を施すと(こうしておけば、蔵の貯蔵物が傷まないのだ)、 冷えた両手にハァっと息を吹きかけながらその場を後にした。 「探し物は見つかったの?」 先に上で待っていたエレが、温かい紅茶を淹れ直しながら2人を迎えた。 エレ直参のおいしい水で淹れたそれは、何とも芳しい香りを醸し出している。 「それがね、なかったんだよ」 きっちり七分目に淹れたティーカップを渡しながら、「それじゃ、どうするの?」と尋ねる。 「ん〜...」 しばらく考え込んでいたミリュウは、ついと時計の方に目を向ける。 午後2時半。風竜術で飛んでいけば、2時間後には戻ってこられるかな。 頭の中で算段すると、ミリュウはテーブルの上に置いておいた愛用の帽子をかぶり直し席を立った。 「ちょっと出かけてくる。ジェンさんは、エレさんを送り届けてくれるかい?」 「出かけるって、一人で行くの?」 ミリュウが何を採りに行こうとしているのかはエレにもわかっていた。 それだけに、補佐竜のジェンを連れずに行くことに驚いたのだ。 「うん。行って帰ってくるぐらいだったら僕の風竜術でも出来るし」 それに、エレさんとジェンさんはやらなきゃならないことがあるでしょう? ミリュウに笑顔でそう言われてしまったら、反論する術はない。 恋する乙女の心境としてはちょっと複雑だった。 「じゃあ、ジェンさん。家の戸締りとうちの子竜達をよろしくね」 「はーい」 ジェンがいつもと変わらない明るい返事をする。 頼もしい補佐竜に小さく頷くと、かけていたメガネを内ポケットにしまい玄関へと向かった。 風竜術士の家の前はちょっとした発着場のように拓けており、地面には柔らかい芝生が敷き詰められている。 風の子竜たちが術練習をしても怪我をしないようにと、先代の風竜術士エカテリーナが改築の際そのように 設計したのだ。ミリュウも幼い頃ここで飛行練習をしたのだが、今となっては懐かしい思い出である。 すぅっと一呼吸置くと、風竜術士は意識を一点に集中した。 風が周りを取り巻き、芝生が煽られてさざ波を立てる。 ほどなく、ミリュウの体がふわっと空に舞った。 「気をつけてね、ミリュウ」 見送りに来たエレが、風になびく髪を右手で抑えつつ声をかける。 「うん。行ってきます」 振り返ってにこっと微笑んだミリュウの目は、風竜特有のそれに変化していた。 「いってらっしゃーい、師匠ー」 ジェンも手を振って送ったが、既に西の空高くへと上昇したミリュウの耳に届いたかどうか…。 主が発った後の広場は、また元の静けさを取り戻していた。 エレがふぅっと小さなため息をつくと、隣でにこにこしているジェンに笑いかける。 「それじゃあ、私たちも行きましょうか」 ジェンが笑顔で頷いた。 ■ Scene 5 ■ 蒼々と生い茂る緑陰のドーム下を、透き通ったせせらぎがとうとうと流れる。 その水面は天上から零れ落ちる光と反射し、キラキラと輝いていた。 そっと手を潜らせると、ぱぁっと波紋が広がる。アルルは少しだけ水をすくい上げると、指の隙間から 雫を滑らせ小さな水と光のマジック-虹-を作り出した。 「うん、この辺りの水脈は正常に営まれているようだね」 満足げに一人頷く。 コーセルテルの生命の源とも言える水脈を正常に保つことは、高位の水精霊であるアルルの大事な役目の 一つだ。水が穢れれば全てのサイクルが狂ってしまう。 精霊にとっても竜にとっても特別な地であるこのコーセルテルを守れる立場にあることを、アルルは 誇りに思っていた。 木々の間から流れる柔らかな風が、そっと頬を撫でる。 夏の午後の静寂なひとときを満喫するアルル--------を否応なしに現実に引きずり戻したのは、頭上から 降り注がれる或る不幸な少年竜のわめき声だった。 「ちょっとアルル、なに一人でくつろいでるのさぁーっっ」 何とかここから抜け出す方法でも考えてよぉ〜、と遥か上空で涙ぐんでいるのは、珍植物『あらよっと』の ♀カブに吊るされたまま動けずにいる水竜リリック。 その根元では、十数体の♂カブが相変わらずばふばふと金粉を♀カブに降り注いでいた。 「もう4時間もこのままなのに、一体いつになったら種になるのさぁ〜」 蔓にひっかかったまま足をじたばたさせているリリックを見上げ、やれやれと溜息をつく。 『蒼碧の王』と讃えられる水竜の現族長の息子としてはまだまだだねーと苦笑する。 (もう少しムードというものを大切にすることも覚えてもらわないとね) この状況下でムードも何もあったものじゃないというツッコミはオフレコで。 アルルは再び水面に手を潜らすと、巨大な水柱を創り出し自身をリリックと同じ目線まで持っていった。 「コレが種になるのは日没前って話だから、もうあと軽ぅく2〜3時間ぽっきりの辛抱だって」 4時間もこの状態でいて我慢の限界をとうに超えているのに、更にあと同じくらいこのままでいろって?! リリックは泣き出したい心境を通り越していっそのこと気でも失ってしまいたかった。 「ううっ…今日は僕の誕生日だっていうのに、何だってこんな目に遭うのさ〜」 それは、そういう星の下に生まれたから。とは思っても、さすがにほんのちょっぴり気の毒になり言葉を 飲み込むアルルだった。 ふと、自然のそれとは異なる一陣の風が2人の間を駆け抜けていった。 「あ、やっぱり。まさかと思ったんだけど…」 驚いて顔を上げると、アルルの後ろに浮かんでいる風竜目のミリュウがリリックの滲む視界に飛び込んできた。 「み、みみみ、ミリュウさん?!」 意外な遭遇者に目をぱちくりさせる2人。何でここに単身でいるんだという疑問が浮かんだが、それよりも まず絶望の淵に差し込む一筋の光明とリリックが歓喜の声をあげた。この機を逃してなるものか。 「ミリュウさん、ちょうどいいところに…っ」 「リリックくん、一体どうしたんだいその姿は?何か新しい遊びなのかな?」 ずこー。 言い終わらないうちに発せられた天然ボケが、振り絞ったリリックのなけなしの気力を根こそぎ萎えさせて しまった。思わぬ伏兵にアルルがたまらず大爆笑する。 「あっはっははははは!」 え?え??とワケがわからず『?』を飛ばすミリュウに、アルルがこれまでのことをかい摘んで手短に話す。 「…というワケで、リリックはもうずっとこの状態なんだよー」 「そうか…それは大変だったね、リリックくん」 大変だとわかるならそんなに嬉しそうに言わないでよぉ〜とカディオの代わりにツッコみを入れる瀕死 リリック。込み上げてくる笑いに涙目になっているアルルが、それでも語るも笑い…いやいや、涙な リリックのため風竜術士に助け舟を求める。 「何かいい方法はないですかねー、ミリュウ?」 「かまいたちで蔓を切ればいいかな」 蔓を切ればいいかな……いいかな……かな…… ミリュウの一言が、傷心のリリックの中へエコーとなって沁み渡る。 どれだけこの言葉を待っていたことだろう。今だけは、ユイシィの声よりもどんな美女のそれよりも、 ミリュウさんのこの甘美な響きが僕の心を満たしてくれる。リリックは、尊敬の念をたたえた眼差しで 自分の竜術士が仄かな恋心を寄せる相手を見上げていた。 「じゃあ僕が蔓を断ち切るから、アルルくんはそこでリリックくんを受け止めてね」 オーケーオーケーと片手をひらひらさせるアルルをみとめてから、ミリュウは一回深呼吸をした。 (ん〜…飛行しながら別の術をジェンさんなしでやったことはないんだけど…まぁ何とかなるかな) 口に出したらおそらくコンマ2秒の瞬速で「遠慮させていただきますっっ」ときっぱり断っただろうが、 幸か不幸かそれは2人の耳には届かずにいる。 結構な博打に晒されていることなど露知らず、リリックが期待の目でミリュウを見守る。 「それじゃあ、いくよ」 ヴ…ンっ。 ミリュウの手の中に、大気を凝縮した風の目が形成されていく。と、その時。 シュンッ! いきなりミリュウの目の前に何かが飛び込んできたかと思うと、視界が深緑の物体に覆われた。 「ぇえっ?!」 「うわっ、ミリュウ!!!??」 ドンッ!! 2つの体が、空中で交錯する。 ミリュウはとっさに両腕でガードしたものの衝撃でバランスを崩し、ついで力を凝縮させていた風の目を 暴走させてしまう。 「あっ!しま…っ」 しまったと思った瞬間には、時既に遅かった。 暴走した風の力はそのまま術者の方へと向かってしまい、ミリュウと------たまたまミリュウの前に 空間移動してしまった郵便屋さんもろとも、空の彼方へと吹き飛ばされてしまったのである。 「な…な…な………」 目前で起こった信じがたい一連の出来事に、残された水属性の少年達はしばらく呆然として空の藻屑と消えた 方向を見つめていた。 リリックの最初にして最後かもしれなかった脱出のチャンスが、一瞬にして塵と化してしまったのである。 西に傾き始めた太陽に「郵便屋さんのばかぁーーーーっっっ」と物悲しい哀れな声が吸い込まれていったのは、 それからまたしばらく経ってからだった。 ■ Scene 6 ■ すたすたすた。 ぺたっ、ぺたっ、...ぺたっ。 夕日で橙色に彩られた地面に、長く伸びた影法師が2つ。 片方は規則的でリズミカルに前進する。 もう一方は...何故か右によれよれ左によろよろ、全くもって心許ない。 「リリック、もうすぐ目的地だよ」 アルルが連れに声をかけるが、返事はない。 代わりに、やっとの思いで喉から絞り出されたぼやきが1つ。 「うぅぅ...なんでマシェルさん家なのにこんな遠いんだぁ...」 ...ぱたっ。目的地の軒先まで来たところで、身も心もずたぼろの少年竜はその場にヘタってしまった。 別に距離が遠いワケではない。 ただ、そこまでの道程にいろいろと(いや本当にもう、いろいろと)ありすぎたのだ。 ようやくマシェル家に辿り着いたのは、水竜術士の家を出てから実に8時間後のことだった。 「ほら、ノックしなきゃ」 アルルの言葉に、ノロノロながらも身を起こす。 そうだ。ここで何としても誰かに僕の誕生日を祝ってもらわなきゃ、これまでの苦労が水の泡になっちゃう。 リリックは当初の目的を思い出し、勝利の美酒を夢見て自分に鞭打った。 こんこん。 「こんにちは〜ぁ...」 木製のドアをノックし、反応を待つ。...しぃ〜ん...。 (あれ?聞こえなかったのかな。もう一度...) こんこんこん。 「こんにちはー、マシェルさーん?」 今度は少し大きめにノックし、お腹から声を出す。 が、やはり結果は同じだった。 「ん〜、留守かな?」 アルルが、しれっと空恐ろしいことを言ってのける。 留守?こんな夕食の支度時間に、マシェルさんだけでなく子竜全員で? いやいや、そんな筈はないと考え直す。 もともとマシェルは子竜たちの体力を考えてあまり遠出をする方ではない。 何かよほどの用事でもない限り、一家総出で留守にするなんてことは考えられなかった。 「き、きっと、みんなで地下の竜王の竜術士さんとかに会いに行ってるんだよ」 不安を払拭するように、リリックが声を上げる。 もし本当に留守だったりなんかしたら、それこそ一大事。 今までの自分の苦労が全て徒労に終わるだけでなく、アルルとの賭けに完敗してしまう。 これまでの戦歴599戦中0勝599敗0引き分け、よりによって自分の誕生日に600敗の大台に乗るのは どうしても避けたかった。これだけ負け越していたら599敗も600敗もそう大差ないような気もするが、 要は本人の気分的な問題なのだった。 さっきまでヘタレていたのはどこへやら、リリックは中の様子を覗おうと急いで裏手に回ったのだが。 「カーテンが...閉まってる...」 夜になれば大抵どこの家でもカーテンが引かれ明かりを灯すものだが、時刻はまだ4時半を回った頃。 西の空が赤く染まってきてはいるものの、まだ夜の準備をするには早すぎる。 ノックをしても誰も出てこない、カーテンは閉められている。 ...考えられることは、1つしかなかった。 「やっぱり皆でどっかに出かけたかなー」 600敗目がほぼ確定した水の少年竜は、身も心も真っ白になって燃え尽きていた…。 ■ Scene 7 ■ 「はぁ〜〜…」 カナカナカナ…と奏でるヒグラシの声が、日中の厳しい暑さから解放されてほっと息をつく人々の心に 一種の郷愁めいた思いを喚起していた頃。 コーセルテル最大の滝に通じる小径に、往きと変わらず軽快に歩く少年と、まるで鉛のように重い 足取りでとぼ、とぼ、と進む少年竜の姿。 そのあまりにも対照的なコンビに、すれ違う人々が不思議そうに何度も振り返る。 「いい若者が、なにジジむさいため息ついてるかなー」 外見はともかく、人間で言えば既に『ジジィ』と呼ばれてもおかしくない歳月を生きているアルルに 『ジジむさ』呼ばわりされたくないと思いはするものの、口には出さなかった。いや正確には、 あまりにも心身ともに打ちひしがれてしまっていて何かを言う気力さえ今のリリックにはもう残って いなかったのである。 今日一日で彼がアルル以外に逢えたのはエレ、クララをはじめ、メオ、ロイ、ノイ、ミリュウ、そして 一瞬だけではあったがウィルフの7人。マシェル一家とはすれ違ってしまったものの、前述した7人との 何かしらの交流は多かれ少なかれあった。にも関わらず、誰一人として自分の誕生日を覚えている人が いなかった現実にリリックは思いのほか沈んでいた。 「そりゃあさ。プレゼントが欲しいとか(←少なくともノイからは期待していた)アルルとの勝負に 勝とうとか(←かなり勝ちにこだわっていた)思っていたワケじゃないけど(←ウソつけ(笑))。 でも、自分の補佐竜や同期の誕生日くらい覚えていてくれたっていいじゃないかぁ〜っ」 文句をたれればたれるほど、リリックの背中は更に哀愁を帯びていく。 何ともはや、想像を絶するリリックの受難運にはさすがのアルルも実は舌を巻いていた。 たしかに、きっかけを作ったのはアルルだった。だが、こうも立て続けに稀に見る不運の偶然が連続する とは予想だにしていなかったのである。 (さすがというか、キング・オブ・ザ・不幸というか…) 苦笑しながらも、拗ねまくっている様子がついつい可愛くて嫌がるリリックのほっぺをつんつんぷにぷに するアルルだった。 「何するのさぁ〜、人が落ち込んでんのに」 「いや、つい可愛くて」 2人がじゃれ合いながら(?)歩いていくうちに、ようやく水竜術士の家が見えてきた。 あと50メートルで到着というトコロで、リリックが急にぴたっと立ち止まる。 「どうしたのさ、リリック?」 不思議そうに顔を覗き込むアルルから、ぷいっと顔を背ける。 身体は泥のように疲れていたし、本音は早くベットに潜りこみたかったのだが。 今朝のエレとクララとのやり取りが思い出されると、何となく気が重かった。 どうせ、今もまだ思い出していないに決まっている。 たかが誕生日、だけど、やっぱり彼女たちに忘れられているという事実が一番今のリリックには堪えていた。 「エレが手を振っているよ」 彼の指差す方を見上げると、窓から手を振っているのは確かに自分が補佐している水の竜術士。 いつもはそんなコトしたりしないのに一体どうしたんだろうと小首をかしげたが、すぐにその理由に思い 当たった。今日はミリュウさんのトコロに行ったんだもんね…上機嫌にもなるさ。 でも、そういえば何であの時間にミリュウさん一人で空を飛んでいたんだろう?疑問が次々と沸いてきたが、 同時にその時の数時間にも及ぶ吊り下げられ事件まで思い出され、どっと疲れが出てもうどうでもいいやと 自暴自棄になってしまった。 「時間切れの6時まで、あと2分はあるよ。リベンジしないの?」 くすくすと笑いながら言うアルルに「もう、どーでもいいよ」と答えようとしたその時。 むんず、とイキナリ襟首を掴まれたかと思うと、精霊術で地面に薄氷を張り「いっくよーっ♪」という掛け声 と共に氷の上をしゃーーーっと滑らされた。 「うわぁぁぁぁぁっっっっ?!!」 アルルが作りだした地表を覆う氷盤は一直線に家の入り口まで形成され、その上をリリックの体がボブスレー の如くもの凄い勢いでなぞっていく。 ずざざざーーっ! スライディングする恰好で見事に開いていた玄関のドアを潜り抜けたリリックを見て、「10.0だね♪」 と自画自賛するアルルに「おおっ」と拍手喝采が沸き起こった。 どきどきどきどき。 一歩間違えれば壁に激突し、骨折くらいでは済まなそうだったことに恐ろしくてリリックが固まったままに なっていると。 ぱぱーん、ぱーん! 何かが破裂する音と同時に、かすかな火薬の匂い。そして。 「ハッピーバースデー、リリック♪」 (…え?いま、何て?) はっぴーばーすでー。確かに、そう聞こえた。 驚いて顔を上げると。居間には、たくさんの顔なじみの竜術士たちや少年竜達、子竜達の姿が。 「…え?え、何で…」 何が起こっているのか今ひとつ飲み込めていないリリックの後ろから、にこにこしながら入ってきた アルルがぽんっと頭を撫で微笑む。 「今日はキミの13回目の誕生日でしょう?みんな、お祝いに集まってくれたんだよ」 みんな?お祝い?でも、だって…。 今日が僕の誕生日だってコト、みんなすっかり忘れてて…。 やっぱり事情がよく飲み込めないリリックに、エレが苦笑しながら話し掛ける。 「ごめんね、リリック。どうしてもみんなで驚かせたくて、内緒であなたのお誕生日の準備を進めてたの」 アルルには6時までリリックを外に連れ出しててくれるよう頼んだのよ。 そう付け加えると、もう一度エレは「黙っててごめんね」と手を合わせた。 …と、いうことは?もしかして、みんなしてグル? 謀りゴトの全貌が判明した途端、リリックはへなへなとその場に座り込んでしまった。 「り、リリック?」 急に力が抜けてしまった補佐竜にエレが驚いて駆け寄ると、ようやく彼がへろんへろんに疲弊しきって いるコトに気付く。 「…アルル、あなたリリックと何処まで行ったの?」 よほど遠出したのかと勘違いしたようだ。 聞かれて「さぁ〜ね〜」と楽しそうに言ったアルルの顔に邪陰が映っていたことまで、果たしてエレが 気付いたかどうか…。 「やぁリリック、無事に降りられたようだね♪」 そんな2人の後ろからぴょこっと顔を出したのは、リリックを半日も天日干しになる羽目に陥れた張本人の ロイとノイ、そしてただ1人貴重な同情心を向けていたメオだった。 「無事にって...もぉ、すっごく大変だったんだからねー!」 ここで会ったが百年目とばかりに、ぷんすか怒りながら今まで蓄積していた文句をまくし立てる。 それをちょっと離れた場所で見ていたカディオが、「...あいつら、また何かやらかしたな...」と深〜い ため息を漏らしたのはいつものこと。 「そう怒るなって。まぁちっとは悪かったと思ってるからよ。ほら」 照れくさいのかちょっとぶっきらぼうにそう言って、メオが何やらスっと差し出した。 手には、綺麗な包装紙でラッピングされた掌サイズの包みが乗っている。 「そ、それって―――――っ!」 昼間のこともあって、反射的にずざざざっと後ずさる。 さすがのリリックも学習したのか、木竜コンビが関わっている感のあるものはうかつに手を出さない。 「大丈夫、心配しなくても悪戯じゃないからv」 がしかし、次の瞬間ノイにそう言われ「そ、そう?」とコロッと考え直す。 ...やっぱり学習能力は身についていないようだ。 リリックはメオの手から包みを受け取り、がさごそと開き始めた。 子竜たちが「なにかな、なにかな」と目を輝かせながら集まってくる。 「あ、これ…」 現れたのは、取っ手の付いた控えめな茶と白のマーブル色の光沢を施されたマグカップ。 その表面には、あの見慣れたひょうきん…いやいや、味のある顔がデザインされている。 「ふっふっふ。なかなかいい出来だろ?前回の少年竜の寄り合いで使ったヤツよりだいぶ進化させて いるんだぜ」 メオが得意げに胸を張る。 たしかに、あの時のよりかなり形や厚みが洗練され、周りには綺麗に塗りものが施されている。 「へぇ、相変わらず(デザインは)素っ頓狂だけど薄くて更に頑丈そうだし、この塗りの光沢がまた何とも 綺麗……はうっ!」 「素っ頓狂は余計だっ」 余計な一言が災いして、奇しくもネオ・メオマグの強度を自らの体を呈して証明したリリックだった。 「やっぱりアレを塗っただけあって、かなり丈夫になったね♪」 2人のやりとりを見ていたロイとノイが、邪笑いを浮かべて喜ぶ。 (…アレ?あ、もしかしてこの塗りもの…茶色と白の光沢って…) そう。何やら見覚えのあるこの色のコントラストは、他でもないあの珍植物『あらよっと』の樹液 そのものだったのである。 「…これ、もしかして『あらよっと』の…?」 皆まで言い終わらないうちに、ノイが「そうなの〜」と頷いた。 3人は、ネオ・メオマグを完成させるカギとなる『あらよっと』の良質の樹液を採りにあの場所まで 出向いて行ったのである。やっぱり良質の樹液は光沢が違うわよね〜と邪笑いを浮かべるイタズラ大魔王 コンビに、リリックはプレゼントをもらえるのは嬉しいけど、さぁ…と複雑な心境になった。 「ミリュウさん、準備OKだよ」 そう言って居間に戻ってきたのは、結局今日会えずじまいだったコーセルテル一の竜術士マシェル。 そっかー、マシェルさんうちに来てたのかぁと留守の意味に納得したリリックは、同時にあの回覧は自分を 家から離れさせるためのエレとアルルの策だったのかと苦笑いする。 そしてそのマシェルの後から、数時間前に南の空の彼方に消えてしまったあの風竜術士ミリュウが続く。 「やぁリリックくん、また会えたね」 顔や手に小さなかすり傷を付けたミリュウが、ニコニコしながら話し掛ける。 ミリュウさんこそ(郵便屋さんも)大丈夫だったの?と危惧したが、いつも通りぴんぴんとした顔で 歩いているのであの後大事なかったのだろうと思った。 「?何かあったの、兄さん?」 コトのあらましを知らないマシェルが不思議そうに尋ねたので、ミリュウが「実は今日ウィルフさんとね…」 と昼間のことを面白おかしく話して聞かせる。えぇっ?!と驚くマシェルの足元で暗竜ナータがふー…っと ため息をついたのも、これまたいつもの光景だった。 「よし、んじゃ始めるか」 マシェルとミリュウが戻ってきたのを受けて、ランバルスが音頭をとる。 「何を始めるの?」 みんなががやがやと外に向かい、子竜たちが「ドキドキするねー」と言いながら後を付いていくのを見て 一人ワケがわからずきょとんとするリリック。 「今夜のメインイベントだよ」 「メインイベント?」 「外に出てからのお楽しみさ」 ミリュウが何かをポケットから出して楽しそうに言った。 「その輝石、手に入ったのね」 エレがミリュウの手の中にあるものに気づき微笑む。 リリックもつられて覗き込むと、そこにはコーセルテルだけでしか採れない竜輝石と呼ばれる珍しい石の 塊が収まっていた。 「うわぁ、こんな大きな竜輝石、僕初めて見たよ」 ミリュウの手の中で虹色に光り輝くそれは、それ相応の場所で磨いたらダイヤモンドよりも高価で取引 されるという、外の世界では稀有で貴重な石だった。 もっともここコーセルテルでは、主に術遊びで使用される以外あまり用途のないものではあったのだが。 「昼間はこれを採りに西の鉱山へ行ったんだけどね。あのアクシデントで南の方に飛ばされちゃったら、 こんな大きな竜輝石がごろごろ埋まった山を偶然見つけたんだよ」 これくらいデカければこれからやることもかなり華やかに演出できるだろうと言ったのは、木竜術士 カディオ。外界での値打ちを十二分に知っている彼だったが、今の生活の中にあってそんなコトは どうでも良かった。 「よぉし、みんな準備はいいな?」 ランバルスの合図に、その場の全員が「おー!」と応える。 「ふふ、楽しみね」 「うまくいくかしら?」 「うむ、問題なかろう」 「楽しみよね〜♪」 暗竜術士メリア、光竜術士モーリン、火竜術士イフロフ、そしてその見習竜術士アグリナも、いつでも 動けるようにスタンバイしていた。 「それではこれから、水の補佐竜リリックの13回目の誕生日を祝うメインイベントを開始します」 キビっと司会を務めるのは、真面目さと有能さで定評のある地の補佐竜ユイシィ。 「か、かたくねぇか?」 メオが苦笑しながら突っ込み、その傍らにいたジェンがきゃはははっと楽しそうに笑う。 …いつかどこかで見た光景だと思ったのは、果たして何人いただろうか。 「それじゃ、いきましょうかメリアさん。ナータ、力を貸してね」 マシェルが言ったのとほぼ同時に、まだ夕暮れの余韻を残す空に闇の帳が舞い降りる。 「暗竜術だね」 驚くリリックの隣でアルルが説明する。 2人の竜術士の傍らで、ラルカとナータが力を送っていた。 「次は私たちの番ね、イフロフ、モーリン」 「うむ」 「ええ」 続いて動いたのは、メオに力を借りたイフロフだった。 静寂の闇の中で、ごぉぉっと紅蓮の炎が際立つ。 次いでアグリナが、ようやく使えるようになった火を熾す術で参戦する。 モーリンもラスエルと光の力をゆっくりと注ぎ込んでいた。 「いつでも良いぞ」 合図を受けたエレが、クララに力を借りて炎の上にサァァっと氷霧を発生させる。 相反する力が交わり、互いの境界線がそっと接触したとき。そこには1つのマジックが生まれた。 「あ!」 声を上げたのは、リリックだった。 炎と水の交わる空間にぼぉっと現れたのは。 ここから遥か遠くの地にいるはずの、リリックの父と母-----水竜の族長夫妻。 「父さん、母さん?!」 なんでここに!? 数年ぶりに見た父と母は、幼い記憶そのままに穏やかに微笑んでいた。 よく目を凝らすと、口元がかすかに動いている。 「オ」「メ」「デ」「ト」「ウ」 たしかに、そう言っていた。 「やるなぁ、蜃気楼かー」 ぴゅ〜っ♪と口笛を鳴らす。 アルルのいう通り、イフロフとエレは自然の仕組みを利用して蜃気楼を作り出し、モーリンが光を屈折 させて水竜の里にいる族長夫妻の姿を投影したのである。 「あなたのお父様とお母様にね、この時間に表に立ってて下さるようお手紙で頼んでおいたの」 すぐに良いお返事をいただけたわ、とエレが楽しそうに種明かしをしてくれた。 「すごい…」 リリックがやっとの思いでその一言だけを口にすると、ランバルスがぽんっと背中を叩き「これだけじゃ ないぞ」と含み笑いをする。 「今度はみんなの力を貸してね」 わくわくしてマシェルのその言葉を待ってましたと言わんばかりに張り切る子竜たち。 そして、ロイとノイはカディオに、ジェンはミリュウに、ユイシィはランバルスに一斉に力を送り始めた。 それを受けた竜術士達が、ある1点に術を注ぎ込む。 そこには、ミリュウが持っていたあの竜輝石が鎮座していた。 7竜の力をいっぱいに集めた竜輝石が、やがて一段と眩い光を発したかと思った刹那。 ぱりーんっと光の雫となって、闇の帳に散っていった。 「な、なに?」 全く予測のつかない光景に驚きの声を連発する。が、すぐにそれは感動の声へと変わった。 「う…わぁ…」 暗竜の作り出した夜空には、7色の光をたたえる壮大なオーロラが姿を変え形を変え幕を下ろしていた。 「去年の分も含めて、お誕生日おめでとう」 エレが、その場にいた全員の気持ちを代表して祝辞を述べた。 リリックは。 こんな感動的な光景は生涯の中でも初めてだと心から思った。 誕生日を祝ってもらえたのも嬉しかったが、何よりこのコーセルテルにいる竜術士と竜全員が力を併せて 1つのことをやるという機会など滅多になかったのだから。 みんな忙しい身をおして、お祝いの準備をし駆けつけてくれた。 それだけで、リリックは疲労困憊の身も心もすっかり元気になれるような気がした。 「ありがとう」 思いのたけを込めて、今日また一つ年を重ねた水の補佐竜が仲間と、そして遠くで見守っていてくれる 父と母に感謝した。 ■ Scene 8 ■ パーティーはそのまま屋内へと場所を移し、夜遅くまで続いた。 まだ幼い子竜たちを預かるマシェルは8時ごろには帰ったが、残りはそのまま2次会、3次会へとなだれ こみ。11時になる頃には殆どがエレ宅をあとにし、後にはランバルス一家とメリア一家、そしてイフロフ 一家を残すのみとなった。 「先生、そろそろ私達も帰らないと。明日も朝早いんですからね」 テキパキと祭りの後片付けをこなしながら、ユイシィがいい感じに酔っ払っているランバルスに声をかける。 「ん…そうだなぁ〜」 「あら、もうおしまいなのランバルス?」 地竜術士とは対照的に、全くしらふ顔の暗竜術士が少し残念そうに言う。 テーブルの脇に並べられた空の酒瓶はざっと6,7本。酒量はランバルスのそれよりもはるかに上回って いるはずだった。 「…メリア母さん、もうお酒ないってエレさんが…」 ラルカが駄目押しの一言を告げる。 「あらそう、残念ね。それじゃまた一緒に飲みましょうねランバルス」 「おお、この次こそは必ず勝つからなぁ〜」 どうやら飲み比べをしていたようである。ランバルスさんも無茶するなぁとリリックが苦笑しながら 空き瓶を片付けているところへ、アルルが現れ手招きした。 「なんだい?」 まだ先ほどの一大連携術に興奮冷めやらない本日の主役はともかく、明け方5時に起きているアルルは 眠そうに目をこすっていた。 「そろそろ私も帰ろうと思ってね。その前に――――はい」 すっかり帰り支度を整えた高位の水の精霊が、懐から何やら取り出しリリックの掌に乗せる。 一見、葡萄色をした飴玉のように見える。 「これ…飴玉?」 「ううん。ほら、今朝言ったでしょ。水の精霊族に伝わる秘伝の逸品」 言われて、初めてリリックはアルルとの勝負のことを思い出した。そういえば、みんなにおめでとうって 言ってもらえたのってたしか…。 「約束の6時より少し前だったから。キミの初勝利を祝して…あげるよ」 間に合ったのは、アルルが術を使って僕を家の中に滑り込ませたからで…もしかして、最初からくれる つもりだったのだろうか。そうだとしたら。 「…性格悪ぅ〜」 「ん?何か言ったかい?」 しれっとして微笑む。まったく…彼にはとても適わないや―――リリックは心底脱帽した。 「でもこれ…秘伝って、どんなものなの?」 素直に尋ねるリリックに、アルルがよくぞ聞いてくれたと不敵な笑みを浮かべる。 「ふっふっふ、聞いて驚くなかれ。木の精霊も真っ青の、効果百発百中という『惚れさせ薬』さ」 惚れさせ薬?惚れ薬じゃなくて? それが本当だったら、もしかしてユイシィも…と彼女の方をちらっと見るが、はたと思いとどまる。 待てよ、そうは言ってもアルルのことだ。何か企んでいるのかも…。 思い出したように学習能力の欠片が復活するのか、訝かしんだ目で見るリリックに「本当だって」と 苦笑する。 「これを舐めて想い人に告白すれば、24時間はずっとラブラブでいられるという代物だよ。時間限定って ところが、まだまだ改造の余地ありなんだけどね」 24時間。想い人とラブラブ…。リリックの頭の中に、ユイシィがランバルスでなく自分だけを見つめて くれる…という妄想が一挙に膨れ上がる。 「24時間でも、自分のいいトコロを…あの地竜の女の子に見せるチャンスだろ?」 にっと笑って、リリックの背中をぽんと押してやる。 「ど、どどどどうしてそれを?!」 自分の密かな本命をずばり言い当てられ、驚き慌てふためくリリックにアルルがやれやれと小さくかぶりを 振る。 「見てればわかるって」 あんなあからさまにラブラブビームを送っていればたいてい傍目でも気付くって、ということを自覚して いない、妙に天然なリリックに微笑ましくなる。 あの女の子は別の人を見ているようだけど…まぁ誕生日だしね、少しくらいいい夢を見てもバチは 当たらないかなと思ったのだ。口にこそ出さないが、アルルはリリックの恋をこっそりと応援していた。 そして、思い切りフラれたらもちろんそれはそれで念入りに慰める腹づもりでもあったり(邪笑)。 「で、でも〜…」 使おうか、やめておくべきか揺れているのが手に取るようにわかる。 「ま、気が向いたら使ってみるといいよ」 後はリリックの判断に任せて、アルルは退散することにした。 結果が気にならなくもないが、とりあえず今はこの睡魔を何とかしたい欲求の方が勝っていた。 (結果はあとから聞くことも出来るしね〜) こっそり邪笑いの陰がアルルの顔に浮かんでいたコトを、リリックは知る由もはなかった。 「それじゃ〜ね〜」 ばいば〜いと手を振ると、そのままアルルは窓から外へ出た。 「あ、ちょっとアルル!」 慌てて後を追いかけたが時既に遅し。水精霊の身体は、滝壷の中へとすぅっと消えてしまった。 「なんだよ〜…」 ぽつんと立つリリックの掌には、月の光に照らされて妖しい光を放つ例の秘薬。 (どうしよう、これ…) 秘伝というくらいだから、間違いなく効力は抜群に発揮するのだろう。 ユイシィが、少しでも僕の方を向いてくれる。 それは、先日の少年竜の寄り合い以来リリックの切に望むところだった。 彼女が、誰を見ているのかはわかっている。でもそれでも―――――。 リリックは、思い切ってそれを口に含んだ。 ユイシィは、最後の洗いものをようやく終えるところだった。 「ふぅ、これで最後ね。終わったら先生を抱えて帰らないと…」 こうなることを予想はしていたものの、やはり大きなため息が出る。 ユイシィを待っている間に、いつの間にか人様の居間で寝こけてしまっている酔っ払いを抱えて帰るハメに なってしまったのだ。 「ユイシィ、布巾乾かしといたぜ。ここに置いておけばいいか?」 濡らした布巾を火竜術で片っ端から乾かしていたメオが顔を出す。 はっとして、「あ、ありがとう」とユイシィが礼を言う。 「あと手伝うコトねーか?」 「えぇ、もうこれを流したら終わりよ」 本来ならエレ宅の洗い物はリリックの担当なのだが、今日は誕生日ということでユイシィとメオが分担して 手伝ってくれていたのだ。 「ったく、リリックのヤツどこ行っちまったんだ?あいつがいねぇと勝手がわかんなくてよー」 ぼやくメオの、約10メートル後ろの壁の裏に。 そのリリック本人が、ドキドキしながら中の様子をうかがっていた。 (メオがいる…どうしよう?誰かの前で告白っていうのもなんかアレだし…) 考えあぐねていると、仕事を終えたユイシィがエプロンを脱いで帰り支度を始めた。 「それじゃ、私はそろそろ帰るわ」 「おう、気をつけてな」 まずい、ユイシィが帰っちゃう! リリックは意を決して飛び出し、2人の前に踊り出た。 「あ、リリック、一通り片付けは終わっているはずだから…」 「待って!実は…っ」 がしっと両手を取り、リリックが思い切って口を開く。 「ぼ、僕は…!キミのことが、好きなんだっ」 言った!ややロレツが回っていないきらいはあったが、ずっと言いたくても言えなかった言葉が思いのほか すらすらと出てきて、リリックは自分に満点をあげたい気分だった。 「リ、リリック…」 頭上で聞こえてきた彼女の声に、一瞬アレ?と違和感を覚える。なんか、いつもと声が違う…。 もしかして、ユイシィ風邪気味だったのかな? あれ、でも何か手も…やたらとゴツく…て… 「リ、リリック…?」 今度は、右前方から自分の名前を呼ぶやや驚愕の色を帯びた声。 あ、あれ?こっちは、間違いなくユイシィの声…で…?! 顔を上げると。 そこには、赤い髪に、照れたように赤く染まった火の補佐竜の顔が! 「め、めお??!!」 驚きのあまり思わずひらがな読みするリリックを、今度は逆にがしっと両手を握り締め返す。 「じ、実は俺もおまえのことを…!」 この世で最も恐ろしい告白を受けてしまったリリックは、メオの目が据わっていることと、よりによって ユイシィの目の前でこの信じがたい事態が展開されているという事実に気が遠くなりそうだった。 「リリック、俺はいまやっと気がついたぜ。このメオの『ばーにんぐ・ラブ』はおまえにこそ向けて 燃えるるべきだったってことが」 「む、向けなくていいよっっっ!いや、その…遠慮しまーす!!!」 13歳の最初に迎えた午前0時、リリックは今日も元気に受難を一身に受けているのだった…。 その後、夏の夜空に「アルルのばかーーーっ」と響き渡ったかどうかは…ご想像にお任せということでv。 |