Anniversary


静かに、雪だけが降っていた。
一面の銀世界の中、少女は一人立ち尽くしていた。明るい栗色の髪、それを束ねる空色の髪飾りの 上に雪が降り積もるのも構わずに、ただ舞い落ちてくる雪片を見つめている。

「ピピンさーん!」

不意に、背後から名を呼ばれる。しばらくして、ピピンと呼ばれた少女の隣に立ったのは、箒を手にした藤色の髪の少女だった。

「もう、ピピンさん・・・こんなところにいたんですね。探しましたよ。」
「・・・・・・。」
「ほら、ずっと外にいるから・・・こんなに雪が積もっちゃってますよ。」
「・・・・・・。」
「・・・ピピンさん?」

ピピンの頭の雪を払った少女・・・ティッキーが、訝しげに小首を傾げた。凍えかけたピピンの唇から小さな呟きが漏れたのは、そのときだった。

「人間って、不思議だよね・・・」
「はい?」

鉛色の空を相変わらず見上げながら、ピピンが誰にともなく言う。

「今日は、クリスマスイブって言うんでしょ。異界の・・・確か、大昔の偉い人の誕生日。だから、ケンたちはみんなで集まってお祝いをしてる。」
「はい、そうですね。」
「クリスマス、お正月、それにバレンタインデー・・・だったっけ。そのたびに大騒ぎをするけどさ、実際・・・他の日と、どこが違うのかなあ。単なる冬の一日だってだけじゃない。」

ピピンは、時空を越えて旅することのできる妖精・・・コロスクロノス族の一員だった。
コロスクロノス族の定めは、別次元に存在する数多くの“異界”から、パンヤ島を守る「勇者」の候補を探し、この島へと導くことだった。・・・平和を取り戻した島の姿は穏やかだが、いつまた悪の手がこの島へと伸びてくるかは分からない。いつ事が起こってもいいように、アズテックを意のままに扱うことのできる勇者の候補を、常に確保しておくことが必要なのだった。
そのために、一族は時間と空間を越えて旅をする。望めば、いついかなる時間、いかなる場所へも自在に行くことができるのだ。そもそも、誕生日を初めとする“一年に一度の記念日”の概念、その貴重さを理解しにくい種族なのである。

「去年も、一昨年も・・・何も変わらなかったよ。ただ集まって、バカ騒ぎするだけ。・・・ホント、くだらない。」

例外なく、羨望の視線を向けられてきた。時間や場所に縛られずに生きられるとは、夢のような話だと・・・自らがこの地に導いた人間たちの多くは言ったものだった。実際ピピン自身、昔は自らの人生について何の疑いも持たなかった。しかし、歳を重ねるにつれて・・・ピピンの中には、様々な疑問が生まれるようになっていたのだった。
自分は、一体いつ、どこで生きたらいいのか。このまま、世界を当てもなく漂いながら、一生同じことを繰り返すのだろうか。そこに、どんな意味があるのか。・・・実際、パンヤ島を守るという大義名分は得られるだろう。しかし、代わりに自分自身のためには一体何が残るのか、何を遺せるのか。

「あの・・・。」
「・・・なに?」

途中からずっと困ったような顔で黙り込んでいたティッキーが、ここで遠慮がちに口を開いた。

「だったら、ピピンさんは・・・どうして今、ここにいるんですか?」
「え・・・?」
「さっき、言ってましたよね。クリスマスとか、お正月とか・・・そのたびに騒ぐのはくだらないって。それなら、どうして今日・・・ここに来たんですか?」
「それは・・・」

言葉に詰まったピピンは、ここで僅かに俯いた。その隣で微笑んだティッキーが、代わりに空を見上げる。

「ピピンさんの気持ち、私・・・ちょっぴりわかる気がするんです。」
「・・・・・・。どういうこと?」
「私のお姉ちゃんは、その昔・・・このパンヤ島を救うために、アズテックやエアーナイトを作った魔法使いのうちの一人でした。」

かつて、このパンヤ島が悪の結界によって滅亡の危機に晒されたとき。それを打ち砕くべく立ち上がった、偉大な魔法使いたちがいた。ティッキーの姉であるカディエはそのうちの一人であり、異界から招かれた名もない勇者と手を取り合い、悪の企みを打ち破ることに成功したのだった。

「あのとき、この世界を救ってくれた勇者さまのことが・・・お姉ちゃんは好きだったんです。でも、私たちと異界の人たちの寿命には差がありすぎました。」
「・・・・・・。」
「それでも、お姉ちゃんは幸せだったって言ってます。たとえ短くても、かけがえのない時間を共に過ごせたのだから・・・それが一番だって。」

遠くを見るような目でここまで言ったティッキーが、ここで振り向く。ピピンを真っ直ぐに見つめる紅の瞳には、驚くほど真摯な輝きがあった。

「・・・ピピンさんが、これからいつ、どこに行ったとしても。そのせいで、ピピンさんがこの島に招待した人たちとの絆が、消えるわけじゃありません。・・・それだけで、いいんじゃないですか?」
「ティッキー・・・あんた―――――」
「生意気なことを言ってしまって、ごめんなさい。でも、ピピンさんの悲しそうな顔を見ていたら、私・・・」
「いや、あたしは別に―――――」
「こらぁー!!」

ピピンがそう言いかけたときだ。背後から大声を浴びせられて、二人は思わず首を竦めた。そこに立っていたのは、愛用のスパイクハンマーを握り締めたクーだった。その頬は、ほんのりと桃色に染まっている。

「おいピピン! くりすますパーティーの最中にティッキーと二人でシケ込むとはいい度胸だ! 今すぐ根性を入れなおしてやる、そこに直れぇー!」
「こらクー、危ないからそんなものを振り回すんじゃない。離しなさい。」
「止めるなダイスケ! こういうヤツは、トマホークの一発もお見舞いしないとわからないんだぁー!」
「やれやれ、すっかり出来上がっちまって・・・海賊にはこんな習慣でもあるのかね。」

じたばたと暴れるクーを羽交い絞めにしながら、苦笑したダイスケが戸口に姿を見せた相手に言った。

「カディエさん、俺は未成年に飲酒の許可を出した覚えはないんだが?」
「私だって、注意して見ていたつもりよ? まさか、ちょっと目を放した隙に、ワインの瓶を一本空けてしまうなんて・・・」

小さく肩を竦めるカディエ。その隣で、腰の後ろで手を組んだエリカが、にこにこと笑いながらクーの顔を覗き込んだ。

「うふふ。クーちゃんって、酔っ払ってもやっぱりかわいいね。」
「おいエリカ、何ノンキなこと言ってるんだよ。・・・まさか、クーに酒を飲ませたのは―――――」
「さあ、何のことかしら。さ、クーちゃん行こ。」
「えーい、はなせ! はなさんかぁ―――――!!」

ダイスケとエリカに引きずられるようにして、クーが屋内へと戻っていく。その様子を苦笑いしながら眺めていたケンが、二人の方を振り向いた。

「さ、僕たちも戻ろう。ティッキー、ピピン。」
「はい。そうですね。」
「ほら、ピピンも。早くしないと、ピピンの分のケーキがなくなっちゃうよ。」
「あたしの?」

途中から俯いていたピピンは、ケンの何気ない一言に弾かれたように顔を上げた。そこにあったのは、陰りのないケンの笑顔だった。

「ロロに頼んで、腕によりをかけてもらった特製のクリスマスケーキだよ? 放っておいたら、間違いなくダイスケさんが全部食べちゃうと思うよ。」
「でも・・・。あたしも・・・いいの?」
「何言ってるのさ、当たり前だろ? 大体、僕をここへ呼んでくれたのはピピン、君だったろ。言わば、ピピンは僕の恩人みたいなものなんだからさ。」
「・・・・・・。」
「さあ。行こう。」

その言葉と共に、ピピンの前にケンの手が差し出される。

(・・・!)

思えば、こうして自分は数多くの異界の人間たちに手を差し伸べてきた。
初めて自分に向かって差し伸べられた、手。しばらく躊躇い、ピピンはそっとその手を握り返した。

「なんだか、今日のピピンはちょっと変だね。・・・ティッキー、何かあったの?」
「いいえ。・・・ね、ピピンさん。」
「・・・うん!」

ティッキーににっこりと笑いかけられ、ピピンも明るく笑い返した。それはいつもの、彼女らしい輝くような笑顔だった。


あとがき

いやまあ、ちょっとした出来心で・・・つい書いちゃいました。えへv(←殴)
ちなみに、原作にはこんなエピソードは微塵も出てきません。どうしてあのほのぼのした世界からこんなネタが出てきてしまうのか、我ながら不思議です(爆)。