みちびき


「パンヤー!」

パンヤ島には、パンヤを楽しむためのコースが数多く設けられている。島の南部、リベラ村近くに
位置する『ブルーラグーン』もその一つだった。難易度が低く、また美しい南海の景色を楽しむことが
できるため、パンヤ初心者層を中心にこのコースのファンは多い。

「おみごとです! これで、二桁に乗りましたね!」
「おう! 今日はいつにもまして絶好調だ!」

9番ホールでバーディーを奪い、ガッツポーズを決めたダイスケが、傍らに置かれていたゴルフ
バッグを担ぎ上げた。慌ててその傍らに駆け寄ったキャディのロロに向かって、笑顔でそれを
押し止める仕草をする。

「あ、わたしがお持ちします!」
「ん? あ、いいよいいよ。俺は体だけが資本なんだから、これくらいは自分でするさ。」
「でも・・・」
「ロロちゃんは、俺の心の支えだからな。それだけで充分だよ。」
「・・・はい!」

親指を立ててニッと笑ってみせるダイスケ。その様子に、ロロも笑顔で頷いた。

「さてと、後半行く前に・・・少し休んでいこうか。」
「そうですね。どこがいいでしょうか。」
「・・・よし、あの木陰がいいか。」

ダイスケが指差したのは、コース脇にある小さな木立ちだった。周囲にはほどよい広さの木陰が
広がっており、木々の間を心地よい潮風が吹き抜けていく。
木の幹に寄りかかり、タオルで汗を拭っていたダイスケに、ロロがカップを差し出した。

「はい、ダイスケさん。」
「・・・ん? おう、ありがとよ。」

中に入れられていたのは、ブラックのアイスコーヒー。それを口にしたダイスケが、驚いた顔になる。

「これ、どうしたんだ? よく冷えてるじゃないか。」
「え? あ、はい。もちろん、水筒を魔法で冷やしていたんですよ。」
「へえ、そんなことができるのか・・・。なるほど、これが本当の“魔法瓶”ってワケだな。」
「?」

小さく笑ったダイスケを、ロロがきょとんとした表情で見つめた。
ブルーラグーンは、このパンヤ島で最も人気の高いコースだった。勢いコースをラウンドする
プレイヤーの数も多く、その中にはダイスケの知り合いも数多く含まれる。そうした相手と時に声を
掛け合い、時に相手に手を振り返しながら、ダイスケがのんびりした口調で言った。

「もう、ここに来て一年か。考えてみれば、早いもんだなあ。」
「そうですね。ダイスケさんのパンヤの腕も、見違えるように上達しましたね。」
「ありがとうよ。ま、俺が本気を出せば、ざっとこんなもんだ。」
「ふふっ・・・。」

くすっと笑うロロ。いつの間にかその場に寝そべっていたダイスケが、何気なく言った。

「なあ、ロロちゃん。・・・実は、前から訊こう訊こうと思っていて、そのままになってたことが一つ
あるんだ。」
「はい。なんでしょう?」
「この島には、外の世界から招待された奴が結構いるだろ。かく言う俺もその一人なワケだが・・・
実際、どうやって相手を決めてるんだ?」
「相手・・・ですか?」
「そうだ。招待しても相手に断られたり、嫌がってるのを無理やり引っ張ってきたり・・・じゃ、何かと
問題があるだろう。」
「それが・・・わたしにも、よく分からないんですよ。」
「分からない?」

頷いたロロは、僅かに表情を曇らせた。

「確かに、このパンヤ島の住人には、異界の人たちをここに招待する力が備わっています。コロス
クロノス族のピピンさんみたいに、時空を越える能力がないわたしやキューマにも、です。」
「ふむ。」
「わたしにとっては、ダイスケさんが初めての招待でした。でも、今思い返せば、特に何かを意識して
した覚えはないんです。気が付いたときにはダイスケさんが目の前にいた・・・というのが本当
なんですよ。」
「そうなのか・・・。」
「お父様は、昔から“純粋な強い想いがパンヤ島への道を拓く”と仰ってます。でも、それが具体的に
どういう意味なのかは、まだわたしには・・・。」
「純粋な、強い想い・・・ねえ。・・・招待された後、元の世界に帰っちまった奴はいないのか?」
「そう言えば、聞いたことがありませんね。たくさんの方がこちらにいらしているはずですから、そういう
方がいらしても不思議はないはずですが・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・ダイスケさん?」

二人がいる木陰に、穏やかな潮騒の響きが届く。
途中から難しい顔をして黙り込んでしまったダイスケの様子に、ロロが不思議そうな顔で小首を
傾げた。エメラルドの海面に目を向けていたダイスケが再び口を開いたのは、随分経ってからだった。

「・・・さっきの、話なんだけどな。」
「さっきの? ・・・招待の話ですか?」
「ああ。俺の場合を、考えていたんだ。・・・少なくとも俺は、このパンヤ島のことを聞いたことも
なければ、もちろんここに来たいと願っていたわけでもない。大体、ここに来るまで“魔法”なんて
眉唾なもんだと、ずっと思っていたくらいなんだからな。」

手元のカップに入れられたコーヒーを見ながら、ダイスケはゆっくりと喋っている。

「・・・俺には、家族がいた。人より少し遅い結婚で・・・娘はまだ、三歳になったばかりだった。」
「じゃあ・・・今お二人は、異界に?」
「いや。一年前に、死んじまった。・・・そう、俺がここに来る直前にな。」
「!」

二人の命を奪ったのは、無免許運転のスポーツカーだった。やがて逮捕された犯人は、こともあろうに
とある省の大臣の一人息子だった。
当然のように、上からは圧力がかけられた。事を公にせず、内々に示談で済ませるようにという指示
だった。猛反発したダイスケだったが、一介の警察官にできることは限られていた。

「俺は、全てを恨んだ。妻と娘を殺した相手を、そして何もできなかった自分を。そこに現れたのが
ロロちゃん・・・君だったんだよ。」
「そう・・・だったんですか。」
「あのとき、君が俺の前に現れなかったら。・・・俺は間違いなく復讐に走るか、絶望して自らの命を
絶っていただろう。ロロちゃんは、俺の命の恩人なのさ。」
「いえ、そんな・・・」

慌てた様子でロロが小さく首を振る。

「おかしいと、思っていたんだ。いくら本人が望んでいた場合でも、ある日その人間が突然姿を
消したら、周囲は大騒ぎになるはずだ。・・・しかし、俺のいた世界ではそんなことはなかった。
つまり、消えてもいい人間・・・いや、元の世界にいられない、いてはいけない人間だけがここに
招待される。そう考えれば辻褄が合うんだよ。」
「・・・・・・。」
「今は明るくパンヤをやっちゃいるが、ケンもエリカも・・・いや、ひょっとして外の世界から招待された
奴はみんな、脛に何か傷を持っているのかもしれないな。・・・そして、招待してくれた相手との絆が、
ここでの“第二の人生”を支えている。帰りたくなるワケがないのかもな。」

考え考えここまで言ったダイスケは、ロロを見つめるとふっと微笑んだ。

「もちろん、俺の場合もそうだ。さっき言ったろ? ロロちゃんが俺の心の支えだって。ロロちゃんが
いてくれるから、俺は俺でいられる。・・・そんな気がするんだ。」
「ダイスケさん・・・。」
「悪いな、オジサンの愚痴を聞かせちまって。・・・だが、これは君に一度聞いてもらいたかった。俺を
救ってくれた、君に。」

自分に言い聞かせるように呟いたダイスケは、最後に一つ頷くと立ち上がった。大きく伸びをしながら、
コースの方に目を向ける。

「さあ、そろそろ行こうか。あまり長い間休んでると、体が冷えちまうからな。」
「あ・・・はい。」
「今日こそ、−20の壁を越えてみせるからな。期待しててくれよ。」
「はい! お供します!」

ゴルフバッグを担いだダイスケが、笑顔でロロに手を差し出した。

「これからも、末永くよろしくな・・・ロロちゃん。」
「はい、こちらこそ!」


あとがき

公式HPのストーリーを読んだとき、最初に浮かんだ疑問がこれでした。パンヤ島が実在するのは
いいとして(え?)、じゃあそこに招待された人たちの日常は果たしてどうだったのか、どうなって
しまうのか・・・ということです。ダイスケについては「元警察官」とだけプロフィールに書かれて
いましたが、そこからこんな過去を想像してしまいました(爆)。
・・・ちなみに、僕の一番のお気に入りキャディであるロロがダイスケにくっついている理由ですが、
もしかすると彼女は「マッチョ好き」なのかも知れないなと思っているところです(大笑)。