−あとがき−

「音楽元ネタ小説」第35弾、「私の人生」はこれにて完結です。久々に「晩年が書きたい病」が発病
しまして、今回選ばれたのは「Boarding Pass」シリーズの木竜術士トレベス。気が付けば、晩年の
物語としては「終わらない物語」以来の長編になりました。

では、ここからは元ネタになった音楽の解説や内容の補足などをしていきたいと思います。
この小説は、ポール・モーリアさんの『私の人生』という曲を聴いて内容ががらりと変わった話でした。
タイトル通り、晩年に自分のこれまでの人生を振り返る・・・というイメージを彷彿とさせる曲で、切ない
メロディーをピアノ・オーボエ・ストリングスといった僕の大好きな楽器が交互に奏でます。現在手元
にはカセットテープの音源しかないのが非常に残念です(CD屋を巡って探してはいるんですが、
収録されているものが見当たらないんですよ(苦笑))。
プロローグ、及び第1話の内容から気付かれた方がいらっしゃるかも知れませんが、実はこの話は
当初、「漉嵌の間」の338番目のお題「真っ白な切符」として書き始めたものでした。予定では10kB
程度の短編サイドストーリーとして収めるつもりが、この曲に出会ってしまったために本文が約3倍に
増え、本伝作品へと格上げとなりました(笑)。元ネタ曲の影響は、第4話のトレベスの台詞「これは、
俺の人生だからな」に集約されています。
また、この話はこのシリーズの冒頭を飾る「Boarding Pass」との対比を心がけた話でもありました。
“Boarding Pass”は乗船券のことですが、コーセルテルに来たばかりのラスカの持つそれと、死を
迎えようとするトレベスの持つそれは、たとえ同じ「真っ白な切符」であっても、その持つ意味が全く
違うものになるわけですね。

僕が今までこの「絵巻物」の中で数多くの晩年話を書いてきたのは、読者の皆さんもご存知の通り
です。しかし、このトレベスの話はその中でも、極め付きの“問題作”になったのではないか・・・という
気がしています。トレベスのように、自らの人生の幕引きを自分自身の意思で行うことは、果たして
是か非か。その手段である「安楽死」も含めて、この問題については賛否両論があることは承知して
いますし、それについてどうこう言うつもりは僕にはありません。
現在の日本では、医療技術の進歩もあって「死」は日常から追いやられ、いつの間にかタブー視される
存在になってしまいました(翻って考えると、そのことが「命」の尊さを感じられない遠因になっているの
ではないかという気がします)。しかし、この「絵巻物」のように「死」がある程度身近に存在する世界
では、それは人生における選択の一つとして、常に人々の意識にあったのではないでしょうか。
だからこそ、人はその限られた人生を懸命に生きようとする。・・・これは「漉嵌の間」の『命』という短編
でも書いた内容ですが、だから“人生”とはかくも豊かで、味わい深いものになり得るのではないで
しょうか。僕は、そう考えています。

最後に、文中では語られていない人物関係について少々解説を。
第5話の「自分の愛した相手は、この船に乗っていない」についてですが・・・これは、外界時代の恋人、
モニカ、そしてリアの三人を指す言葉です。「Boarding Pass」ではモニカと両思いということになっている
トレベスですが、なぜそれがこんな結末を招くことになったのか。その点については、このシリーズの
続編をお待ちいただくことにしたいと思います。
トレベスと親友だったという暗竜トト。トレベスに託された通り、その後彼はカレル以外の竜術士たちとも
付き合いをするようになります。特に木竜術士家、及び光竜術士家との関係は深く、トトの晩年
(『フラッシュバック』)にリアやチェスター(光竜術士スプラの息子)が登場しているのは、こうした
事情によります。
文中にちらっと名前だけ登場している“竜王の竜術士”チャオ。彼女はラスカ・モニカ編が一段落した
後の“Boarding Pass”シリーズの主役となる予定のキャラクターです。詳しい設定は、いずれ追加する
予定の真竜暦四一八四年の『CIAO!!!』脱稿で明らかにできると思います。

以上で、「私の人生」のあとがきはおしまいです。
機会があったら、ぜひ原曲の方も聴いてみてくださいね!