−あとがき−
「音楽元ネタ小説」第10弾、「ずっとそばに」これにて完結です。・・・おお、気が付くとこれで「絵巻物」にアップした小説が二桁に乗ったわけですね。作者自身、ここまで続くとは思ってもいませんでした(爆)。
さて、ではここから例によって元ネタになった音楽の解説や内容の補足などをしていきたいと思います。
この小説は、松任谷由美さんの『ずっとそばに』という歌を聴いて思い付いた話でした(『春よ、来い』に
続いて松任谷さんの曲をネタにしたのは2回目ですね)。これはアニメ映画にもなった景山民夫さんの
『遠い海から来たCOO』の主題歌として使われたので、ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんね。
この歌、歌詞がかなり深い内容なんです。今回は全文掲載してしまいますが、こんな歌詞です:
揺れる海に潜るような 何も聞こえない一人ぼっちの時
君は狩人 もがきながら 宝物見つけきっと戻ってくる
代わってあげられぬ痛みが悲しいわ どんなに想っていても
たなびく夕映えの雲 私に涙溢れさせてくれた代わりに
そっと呼んで 辛いならば 時を駆けて行くわ
人は勝手ね 寂しいからよ 君らしい姿でゆっくりと泳いで
疑うこともなく 知り合う人々を「友達」と呼べた日々へ
降り注ぐ八月の雨 私を裸足で笑わせてくれた代わりに
そっと呼んで 胸の奥で ずっとそばにいるわ
今日も 明日も ずっと・・・
決して長い歌詞ではないのですが、特にサビの部分の歌詞は泣けます(余談ですが、第4話でフェルテ
が心にもないことを言うシーンあたりから、僕も泣けてしまって困りました)。その他にも「人は勝手ね
寂しいからよ」や「疑うこともなく 知り合う人々を「友達」と呼べた日々」など考えさせられるフレーズが
多くて、この曲を聴いた瞬間、昨日までまったく構想になかったこの小説を発作的に書きたくなって
しまった、とこういうわけだったんです(結果はご覧の通り(笑))。
実際フェルテの記憶はどこまで消されていたのか、そして里に戻ったノアに付けられた新しい名前と
彼のその後。本文で明らかにならなかったこうした部分については、皆さんのご想像にお任せしたいと
思います。
さて、この話ができあがるきっかけになったのは、実は単行本3巻の『晴れたよい日に』のエピソード
でした。この話の中に、アグリナが自分には資質のない光竜の子の命名をさせられそうになるシーンが
ありますが、あの部分を読んで作者が思ったのが「術資質がない人間に命名されてしまったら、その
竜はどうなるんだろう」ということでした。そのことを念頭に置いて、その後の展開は『カントリー・ロード』
を意識しながらの執筆になりました(『カントリー・ロード』で故郷に戻ることになったのは術士でしたが、
今回は逆に竜の場合を書くことになったわけですね)。
それから、この話の中には一つ重い命題が含まれています。本文でノア自身が口にしている「一人前に
なれなくてもいい」という部分がそれです。
確かに、竜術士や同族と共に暮らさなければ竜術を使いこなすことはできないわけで、竜本来の能力
からすればまさに「卵同然」ということになるわけですが、もし本人がそれを望まない場合があったと
したら・・・それは許されるのでしょうか。そう、ノアのように。
生まれたときから術士や同族のそばで暮らせば、術を学ぶことは「当たり前」として認識されるはず
ですね。また、個体数が少なくなってしまった種族の場合は、子孫に何かを伝えていくことが難しく
なっていきますから、そういった意味でも皆が術を身に付ける必要性があるのかも知れません
(もちろん、自身の身を守るため・・・という、あまりありがたくない必要性も存在すると思います)。
もし、この世界に竜が多数存在し、そして「竜狩り」が行われていない状況だったら・・・。二人は離れ
ばなれにならなくてすんだんじゃないかな、と書き上げてから思いました。
最後に、作中に出てきた「風鈴草」について。
これは別名釣鐘草(『スコットランドの釣鐘草』という有名な民謡がありますね)・カンパニュラまたは
ベルフラワーとも呼ばれる花で、その名の通り風鈴のような形の花を咲かせます。フェルテの誕生日は
雷竜の月9日(太陽暦の7月10日前後)で、花言葉は「感謝」そして「不変」です。植物としては高温
多湿を嫌うので、南の地であるウロアでこの花を咲かせることができたのは、ノアの水竜としての能力
(室内の湿気の調節くらいはできたようです)の賜物だったというわけです。
以上で、「ずっとそばに」あとがきはおしまいです。
機会があったら、ぜひ原曲の方も聴いてみてくださいね!