Present For You
(↑クリックすると音楽が流れます)


「ねえ隊長、一体いつまでこんな仕事が続くんですかねぇ。」
「・・・・・・。」
「最近じゃどこぞを雪で埋めたなんて話も滅多に聞かなくなったし・・・。」
「・・・・・・。」
「大体、こんなところで検問張ってたって誰も引っかかりゃしませんって。」
「うるさい・・・つべこべ言わずに、仕事しろ。」

腕組みをして周囲を見回していたカシは、後ろでぼやく部下のヒバを睨みつけた。
闇竜の月もそろそろ終わりに近付き、冬軍は本格的な活動のために、冬の都から前線の南大陸
上空へと進出しようとしていた。その本隊の設営のため、カシの率いる寒波隊もまた、周囲警戒の
ための検問任務に駆り出されているのであった。

「俺、冬軍ってもっと華やかなもんだと思ってましたがね。もっとこう・・・ん?」
「何かあったな。・・・戻るぞ。」
「あ・・・へい。」

ヒバが再びぼやき始めたとき、検問所の方が騒がしくなった。
カシとヒバがそこへ戻ってみると、ちょうどイブキとクロベが妙ちきりんな格好をした女の子を相手に
悪戦苦闘しているところだった。

「こらっ、おとなしくしろ!」
「何をするのだ、離すのだ!」
「その袋の中身を見せろと言ってるだけだろ!」
「ダメなのだ! これは『良い子』にしか開ける資格はないのだ!」
「『良い子』だぁ!? よく言うぜ、てめーもガキのくせに。」
「な・・・失礼なのだー! これでも、君たちの十倍は生きているのだー!!」
「えっ・・・本当かい?」
「そ・う・な・の・だっ!!」
「うぶっ!」

顔に大きな雪玉をぶつけられてひっくり返るイブキ。

「や・・・やったな!?」
「うるさーいのだ!」
「おごっ!」

カーン。
思わず腰の刀に手をやったクロベの顔面に、今度は女の子の持っていた杖が命中する。杖に
付けられていたベルの澄んだ音色が場違いに響き渡った。

「やめろ! おい、どうしたんだ?」
「あっ・・・隊長!」

この騒ぎを呆気にとられて見守っていたサワラが振り返る。

「いやどうも、あの女が検問を強行突破しようとしましてね。どうしてもあの袋の中身を見せようと
しないので、押し問答になりまして・・・。」
「フン・・・。」

カシは、騒ぎの張本人の方に目をやった。
大きな丸いメガネをかけたその女の子は、腰まである青い髪を三つ編みにしていた。右手には
クロベを殴りつけたベル付きの杖、左手には大きな丸い袋を提げている。赤地に白い縁取りという
いわゆる「サンタスタイル」の服で身を包んだその女の子は、冬軍である彼らにしてみればどこから
どう見ても「妙ちきりん」だった。怪しいことこの上ない。

「あなたが隊長?」
「そうだ。お前は?」
「あたしは、ベル。雪の精霊なのだ。」
「雪の精霊・・・なるほどな。」

サワラに介抱されているイブキにちらりと目をやって、カシは頷いた。

「で・・・その雪の精霊さんが、こんなところに何の用なんだ?」
「今日は、年に一度の仕事の日なのだ。」
「仕事?」
「うん。世界の『良い子』に、プレゼントを配って回るのだ。」
「ほう。・・・一人でか?」
「そうなのだ。だから、時間が足りなくて大変なのだ! できれば、ここを通してもらえると嬉しいん
だけど・・・。」
「事情は分かった。だが、それは俺の一存では決められん。上に話をしないと・・・。」

カシのこの台詞を聞いた女の子・・・雪の精霊ベルは、頬を「ぶー」と膨らませる。

「そんな時間はないのだ! ・・・大体、こんなところでサボってる暇があったら、ちゃんと仕事を
するのだ!」
「サボってるだとぉ!?」

雪玉をまともに顔に食らって以来カッカ来ているイブキが噛み付くように怒鳴る。まぁまぁ、とイブキを
宥めるサワラ。

「だってそうなのだ! 闇竜の月と言えばもう立派な冬軍の支配時期なのに、この数十年は雪の
一つも降らないのだ! ほんの百年前は今頃はもうどこも真っ白だったのに・・・。」

痛いところを突かれ、うっとなる冬軍の面々。

「し・・・仕方ないだろ、そういう命令なんだから。」
「命令? 冬の精霊なのに、『雪を降らせるな』って?」
「うっ・・・そ、そうだ。」
「他に、色々とやることがあるんだ。・・・分かってくれ。」
「・・・・・・。」
「な、なんだ。何か文句があるのか!?」

後ろめたさを押し隠すように、大声を出すヒバ。だが、先程までの喧嘩腰のやりとりとは打って
変わって、ベルは目を伏せると静かにこう言っただけだった。

「雪が降れば、みんなも喜ぶのに・・・。寂しいのだ・・・。」

妙にしんみりする場。その沈黙を打ち破るように、それまで黙っていたカシが口を挟む。

「・・・もう行っていいぞ。引き止めて悪かったな。」
「た・・・隊長! まだ袋の中身が・・・!」
「こいつは雪の精霊・・・俺たちの同族だ。そうだな、イブキ?」
「あ・・・ああ、はい。」
「じゃあ、何も問題はないだろ。」
「しかしですね・・・」
「そうだ・・・おい、女。」
「ふにゃあっ!?」

担いでいた袋を後ろからカシに掴まれ、飛び去ろうとしていたベルは盛大にのけぞった。

「何なのだ、まだ何か文句があるの!?」

腰に手を当てて、カシに詰め寄るベル。すわとうとう流血の事態か、と息を呑む部下たちの心配とは
裏腹に、カシは決まり悪そうに鼻をかくとこう言った。

ベルとカシ(戦部龍二さん作画)

「あのな、さっきお前が言ってたこと・・・あれは本当なのか?」
「さっき? ・・・ああ、『雪が降るとみんなが喜ぶ』って?」
「そうだ。」

頬を膨らませていたベルは、次の瞬間輝くばかりの笑顔になった。

「もちろんなのだ! 普段は雪や寒さが嫌いな人も、今日は特別。何といっても、今日は『クリスマス』
なのだ!!」
「く・・・くりすます?」
「あー、冬の精霊のくせに、その年でクリスマスを知らないなんて犯罪なのだ!」
「な・・・犯罪だと!?」
「そうなのだ! ・・・あーっ、もうこんな時間!!」

懐から取り出した懐中時計を見て悲鳴にも近い声を上げたベルは、一目散に西へと飛び去った。
その後姿をしばらくの間呆然と見送っていたカシは、振り返らずにそのまま背後の部下たちに声を
かけた。

「おい、・・・お前ら。」
「何でしょう? 隊長。」
「すまんが俺は今晩、やることができた。この検問所はお前らで何とかしろ。」
「はあ? ・・・あの、許可は・・・」
「もちろん、取ってない。何たって今決めたんだからな。」
「隊長・・・。」

呆れ返るサワラ。もちろん、カシの奔放な行動は今に始まったことではなかったが。

「もちろん、お前らに迷惑はかけん。事情を訊かれたら、『隊長が何も言わずに突然消えました』とでも
言っておけ。」
「・・・・・・。」
「返事はどうした?」

とカシが振り返ると、そこには部下たちの笑顔があった。
ヒバがニヤニヤしながら一歩前に進み出る。

「もう隊長、水臭いことは言いっこなしですぜ? 俺たちは隊長に惚れてこの寒波隊を志願したん
ですから、一緒に連れてってくださいよ。」
「いや、それはだな・・・。」
「どうせ、あの子と一緒に世界を巡って、雪を降らせて回るつもりなんでしょう?」

とにっこりするサワラ。

「いつか隊長言ってたじゃないですか、『どうせ冬軍は嫌われ者だ』って。たまには感謝されてみるのも
一興・・・ですよね?」
「あ、ああ・・・まあ、な。」

魂胆を見透かされてたじたじとなるカシ。

「ふん・・・あんな凶暴なやつの手助けなんて気が進まねーけど、隊長がやるって言うんなら、オレも
お供させてください!」
「カシ隊長のお力なら、確かに雪を降らせることくらいは簡単だと思います。でも、一晩中となると
やっぱり大変では・・・僕らだって、そのお手伝いくらいはできます!」

と、イブキとクロベも口々に言う。

「いいのかお前ら。任務放棄の上に命令無視なんだからな・・・処分は確実、下手すれば除隊だって
あり得るんだぞ?」
「隊長と一緒なら、本望です!!」

口を揃える部下たち。一瞬びっくりしたような表情を浮かべたカシは、次の瞬間にやりとした。

「フン・・・勝手にしろ。おい、行くぞ!」
「はい!!」



こうして、この年のクリスマスは、近年稀に見る「ホワイトクリスマス」になったのだった。
これは、カシがマシェルと出会う数年前の物語である。


あとがきへ