夏の恋
夏。真竜族の国フェスタの首都ロアノークでの、とある若者のお話です。
ロアノークには、竜王様のお住まいでありお役所でもあるお城が建っています。お城では色々な方が働いていますが、その方の中に若い水竜がいました。彼―――――仮にニュースンスとしておきましょう―――――ニュースンス君はお城で水の管理をしていて、夏の盛りである火竜の月は大忙しです。
夏が苦手な水竜ですが、ニュースンス君は頑張って働いています。お城には麗しい女性、可愛らしい女性、気さくな女性なども働いていましたので、彼にとってのお勤めは苦しいばかりではありません。
「宮仕えなんて・・・って思ってたけれど、捨てたもんじゃないよ。何たって、他の種族の女の子と会えるんだから! この間、火竜族の女の子と喋ったけれど、さっぱりした良い子だったよ」
相手にされていないと考えないのが、彼の強さです。仕事の合間にナンパしているのか、その逆なのかは非常に判断に悩みますが、両立させるのはさすが水竜といったところでしょう。
火竜の月のある日、ニュースンス君は森で水の見回りをしていました。この森はお城が建つ前からあったものがそのまま残されているので、とんでもなく広いのです。かなりくたびれるお仕事ですが、彼はできるだけ木陰を選びながら、水の巡りを確認していきます。小川だけでなく、土の中、大気の中、木々の中・・・森には様々な形の水が溢れています。足は棒になりそうですが、森が元気なのは喜ばしいことです。
「うん。上等、上等。皆元気だねえ。お陰で葉が茂って涼しくて助かるよ・・・ん?」
ふと空を見上げた彼の視界に見慣れない影が入りました。それは、大木の枝に腰掛けた女性のように見えます。もしかして降りられないのかもと、とりあえず下心抜きで女性らしき影を心配した彼は、急ぎ足で大木に近づいて声をかけました。
「おーい!」
その声に影がゆらぎました。聞こえているようです。
「そんな所でどうしたの?もしかして降りられないのかい?」
手を貸そうかと続けようとした途端、
ザッ・・・
とん・・・
彼の前に影が舞い降りました。
人間族でした。これまでに彼が見かけたどの人間よりも小柄で、つむじが彼の肩に届かないくらいです。鉄色の髪と一重の瞳、両頬に入れられた紫色の刺青が目立ちます。服も彼が見たことがないもので、上着の袖口が大きく空いているのは火竜族の服に似ているのですが、色が全然違います。
その人間は、あんまりびっくりして口を開けたまま突っ立ていた彼を一瞥すると、
「涼んでいただけだ」
表情の読めない顔立ちにふさわしい淡々とした口調で告げて、踵を返してお城へと行ってしまいました。薄者の上着は藍と白、髪に挿した簪は金。夏の日差しに鮮やかに、ニュースンス君の目に焼き付けられました。
数十分後、庭師が大木の根本で目を回した彼を見つけ、医務室へ担ぎ込みました。暑気あたりでした。
その日から、ニュースンス君の様子がおかしくなりました。1日10人の女性をナンパしていたのが1日4人になったのですから、普通ではありません。そもそも1日10人が多すぎる、節操なしにも程があるという真っ当なご意見はちょっと横に置いてください。ナンパは彼の習性なのです。ニュースンスという竜が生まれつきもっている性質なのです。その回数が半分以下に激減したのは、例えるなら睡眠時間が1日14時間から5時間36分になったようなものなのです。
彼を心配した友達の地竜が、医者である木竜に相談してみました。
「夏ですから」
「は?」
「春の方が多いんですけどね、ま、夏にもああいう水竜は増えます」
「はあ」
「親しい水竜は彼だけですか? 珍しくもない事例ですが、まあ勉強だと思って観察日記でもつけてみるんですね。面白いですよ」
真面目な友達は、医者の助言通りにニュースンス君の観察日記をつけるようにしました。抜き書きすると、こんな感じです。
=地竜君のニュースンス君観察日記=
火竜の月某日
ニュースンス君が転んだ。広い回廊を歩いている時に、突然表情を変え、猛然と走り出そうとしてつまずいたのだ。特に段差もない所で転ぶとは、神経系統に異常があるのではないかと不安になる。彼が見ていた方向を見遣ると、数人の子竜が廊下の角を曲がるところだった。
火竜の月某日
ニュースンス君がむせた。庭園を望む食堂の一角で昼食をとっている時に急に立ち上がり、野菜の辛味炒めを口に入れたまま叫ぼうとしたのだ。顔のあらゆる器官から液体を流す様は・・・いや、よそう。その時彼が見ていた方向では地竜の女性が人間族と連れだって、宮殿奥へと歩いていく所だった。
火竜の月某日
ニュースンス君が入院した。先日の誤飲が原因で呼吸器に炎症を起こしてしまい、治療が必要となったのだ。
毒竜の月某日
ニュースンス君が復職した。月をまたいだが、入院と自宅療養を合わせても10日程で住んだのだから何よりだ。
毒竜の月某日
ニュースンス君がたこ踊りをした。何かの発作かと焦って声をかけたが、彼はしごく嬉しそうにしているだけだった。何が嬉しいのか、両手両足をフラフラさせながら踊る彼。「やっぱり綺麗だったあ。次こそは声をかけるぞ。最初が肝心だ! まずは友達からだ!!」目が血走っていた。
毒竜の月某日
ニュースンス君が長期休暇を申請した。しばらくロアノークを離れて里に戻るという彼に、何か悩み事ではないかと尋ねると、ぽつりと彼は呟いた。「お医者様でもクサツの湯でも治らないってさ。・・・とりあえず、男として何か大事な物が壊れそうなんで、しばらくそっとしておいてくれよ・・・」
=地竜君のニュースンス君観察日記(おわり)=
残暑も収まってきた毒竜の月の末頃、お城に噂が流れました。お城には沢山の方がいるので噂もたくさんありますが、この時はちょっと珍しい方が的になったのです。その方は竜王様と、ずっと昔に亡くなられた王妃様の間にお生まれになった方で、普段はチェルヴィアという所でお仕事をされています。その方がわざわざお休みをとってロアノークに戻って来たのに、お城でご家族に会うのではなくて、町で「デート」をしていたというのです。
男 性 と。
「一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆる」と言いますが、その騒ぎに目を回してしまう者もいる・・・というお話でした。
『Rendezvous』関連の継紙作品「疑惑」の姉妹編です。宮廷ではこんな騒動(?)が持ち上がってたん
ですね(邪笑)。