−あとがき−
「音楽元ネタ小説」第36弾、「EARTH BEAT」はこれにて完結です。原曲に惚れ込んで構想に及んで
から一年以上、単品の小説としては最長を記録した今回の話の主題は、「竜と人の出会い」という
壮大なものになりました。
では、ここからは元ネタになった音楽の解説や内容の補足などをしていきたいと思います。
この小説は、ジャズピアニスト塩谷哲さんのオリジナル曲『EARTH BEAT〜大地の鼓動〜』という曲を
聴いて思い付いた話です。その昔、まだ僕が大学のエレクトーンサークルに所属していた際、後輩の
一人にこの曲の大ファンがいまして。彼の演奏によってこの曲を知った僕は、その壮大な曲想に
すっかり虜になってしまったのでした(笑)。
その後、長い間構想のみで埃を被っていたこの話がこうして日の目を見ることになったきっかけは、
映画『ラストサムライ』と出会って深い感銘を受けたことでした。その影響は、全編を通じてティエンと
ガリアティードの遣り取りなどに垣間見ることができ、そういった意味ではこの『ラストサムライ』を
“第2の元ネタ”と呼んでもいい気がします(笑)。
なお、今回の話では、竜側の主人公として地竜を選んでみました。よくよく考えてみると、「夏の手紙」
シリーズのジークリートの影響が強いためか、「絵巻物」の中で地竜が主人公格として登場したのは、
実は今回が初めてのこととなります。これはもちろん、元ネタとなった曲の主題が“大地”であることに
よるものです。
この話を書くに当たって主題として据えたのは、このあとがきの冒頭でも触れたように「竜と人との
出会い」でした。第17弾の『PURE AGAIN』では「竜術士誕生」の経緯が描かれていますが、その
前提条件―――――すなわち、異種族でありかつ(「絵巻物」内では)領土を巡って仇敵の間柄で
ある竜と人間がいかにして出会い、そして「竜術」という業、延いては「竜術士」という存在を作り
上げていったのか・・・について書いてみたかったというわけです。
「竜術」とは一体、どのようなものなのでしょうか。『コーセルテルの竜術士』本編では頻繁に竜術の
シーンが登場しますが、それが実際にはどのように習得され、具体的な手法としてどのようにすれば
遣えるものなのかという記述は見受けられません。このことについて、個人的な見解ながら一つの
可能性を示してみたのが、この話の第4話の内容に当たります。
本編に登場する竜術行使のシーンでは、術者および竜はしばしば目を閉じた姿で描かれます。これは
何も『コーセルテルの竜術士』に限らず、“魔法”およびそれに類する行為の描写で多く見られるもの
ですが、その理由について僕はこう考えました。すなわち、人間にとって主な刺激の受容体である
視覚(実に外界からの刺激の7割以上は視覚で処理されていると言われています)を自ら遮断する
ことで集中力を高め、術によって到達させるべき「イメージ」を強く頭の中に描き出すことで、術を
発動させるのではないか、と。程度の差はあれ、これは人化術を用いて「人型」をとっている竜にも
当てはまると思われますので、ある程度の信憑性を持たせることができたのではないか・・・と考えて
います。
「竜と人の出会い」と並んでこの話で書いてみたかったのが、「人間の世を治めるための手段」について
でした。
僕が中高6年間を過ごした学校には、週1回の「倫理」の授業がありました。これは一般の「道徳」
よりもさらに踏み込んで、人のあるべき姿について学ぶことが目標の授業だったんですが、ここで
教わった内容の中に、大人になった今でも鮮明な記憶として残っているものがあります。その一つに、
「モラルとルール」の話がありました。
たとえば、何故この日本には法律があり、それを犯した者に対する刑罰が定められているので
しょうか。それは、人々の良心―――――つまりモラルに頼っているだけでは、今の世の中を
平穏に保つことができないからです。そこで、外的な強制力(刑罰)を伴う法律―――――必要悪と
してのルールが必要になるというのです。初めてこの話を聞いたとき、中学生ながら大いに
感心したことを昨日のように思い出せます。
こうした「世の中を平穏に保つための思想的な努力」は、古今東西を問わず行われてきました。西洋に
おいては「哲学」と呼ばれる一連の学問がそれに相当し、そして隣国の中国では古代の思想家である
孔子と韓非子の思想にこの流れを見出すことができます。
『論語』の著者である孔子は、人間を本来善なるものと考えていました(人間性善説)。そこで、人々が
“礼”(道徳)を尊ぶようになれば世は安定するとし、その考えを「儒教」と呼ばれる思想体系にまとめ
ました。それに対し韓非子は、人間は本来悪なるものと考え(人間性悪説)、それを“法”によって
縛るべきだと考えていました。法治国家に暮らす我々にとって、今では当たり前である韓非子の
この考え方は、当時としては非常に斬新なものでした。しかし、この考え方に則った国作りを
推進した秦が中国を統一したことで、その有効性が証明されることになったのです。
僕自身は、文中でティエンに語らせているように「人間性悪説」の立場でいます。それは、今自分が
暮らしている日本という国の姿一つを見ても容易に知れることです。・・・ただ、それでもなお「理想」と
して「人間性善説」を信じたいという気持ちもどこかにあり、その葛藤が人間を題材にした様々な
ドラマを生み出すのではないかな・・・と考えているところです。
後は、細かな時代背景や設定などについて少し書いて、このあとがきを終わることにします。
今回登場した「神聖タイラント帝国」。この国の象徴は言うまでもなく古代中国の「漢」であり、順番は逆
ですが『PURE AGAIN』のアルバ帝国が秦ということになります。ただ、どちらの国にも共通していた
のは、若く有能な部下を信じ切ることができなかった君主の存在でした。
なお、タイラントの初代皇帝―――――“神皇”についてはこの話で伏線を引っ張ったままになって
います。一体三百年前に何があったのかについては、もしかしたらどこかでお目にかけることができる
かも知れません。
文中に登場した「坤元五三年」という記述。当時はまだ「真竜暦」は正式には成立していなかったので、
年を表すにはこのように「まとめ役の尊号+在位年数」という形式(早い話が、日本の元号と同じ
表記法です)が用いられていました。ちなみに、『PURE AGAIN』シリーズで登場する水竜グレーシスに
対する尊号は“水鏡”、初代竜王となったヒューのそれは“旋風”でした。
登場キャラクターのネーミングについて。ティエンを初めとするタイラントの面々は、リアンを除き
“中国〜中東のイメージを持つ名前”というコンセプトで考えました。ガリアティードはその昔
『タクティクスオウガ』をプレイしていたときのティアマット(暗黒属性の最強竜)の名前から
(そのせいか、ちょっと血の気の多い地竜になってます(邪笑))。他のキャラは大体、イメージに
合わせた名前をその都度考えました。
以上で、「EARTH BEAT」のあとがきはおしまいです。
機会があったら、ぜひ原曲の方も聴いてみてくださいね!