手紙


季節の変わり目には、必ず手紙が届く。

それを運んでくるのは、郵便組合の配達員ではない。
懐かしい気配の風。ふとファルサラがそれに気付いた時には、家のどこかに手紙が届いているの
だった。
机の上、枕元、玄関前・・・手紙の在り処は様々だったが、ファルサラがそれを見落としたことはない。

初めのうちは、中を見るのが辛かった。
勇気を出して封を開けるまで、一月かかったこともある。
抵抗なく手紙を読めるようになったのは、ごく最近のことだった。
中には、この数ヶ月の近況と某かの土産。それを納めるために用意した宝石箱は、既に一杯になって
しまっている。

今まで、返事を出そうと思ったことはない。
平穏過ぎて、取り立てて書くことも見付けられないでいる日々。
こんな日常を放り出して、逢いに行きたいという気持ちを抑えられなくなってしまうことが分かって
いたからだ。
・・・そんなことが、もう十年以上も続いている。


  *


その年二通目の手紙が届いたのは、風竜の月に入ってしばらくしてのことだった。

「あ・・・。」

いつものように、家に吹き込む風。今回の手紙は、暖炉の上にあった。
それを手にして戻ってきたファルサラに向かって、居間から顔を出した当代の風竜王グレイスが
笑いかける。

「また、手紙が届いたの?」

毎年、風竜の月一日から五日まで続くコーセルテル創立記念祭。その一年で最も多忙な公務を
終えた後、竜王グレイスはエルミーク丘陵にあるファルサラの家を訪ね、数日間に亘ってそこに
滞在するのだった。
ロッタルクとファルサラ、そしてグレイスの三人は、里でごく親しく育った幼馴染の間柄だった。
そのこともあり、この数日間だけはグレイスは竜王という肩書きから解放され、昔のように気ままに
過ごすことができた。また、ロッタルク出奔の責任をとる形で術士を辞め、その後は訪ねてくる者もない
毎日を送っているファルサラにとっても、この数日間はかけがえのない楽しみになっているのだった。

「毎回、楽しみなのよ! ロッタルクの手紙。」
「そう? ふふ、今回は一体何が書かれているのやら・・・」

ロッタルクからファルサラに手紙が届いていることを知っているのは、本人たちを除くとグレイスだけ
だった。中に入っていた便箋に目を走らせたファルサラは、くすりと笑うとそれをグレイスに手渡した。

「まあ、ロッタルクったら!」

グレイスも笑い声を上げる。
ロッタルクの想い人、エリオットの王女だったレティシアの母はエクセールの出身だった。この春二人は
そこを初めて訪れたらしく、手紙には同国の特産品である氷菓の話などが書かれていた。

「氷菓・・・って、どんな味がするのかな。今度、エクセールに注文しちゃおうかな。」
「おや、個人的な興味で国家予算を流用するつもりですかな、竜王様?」
「もう、サラったら・・・冗談よ! でも、冷やすことなら水暗同調術でなんとかなるんだし。・・・作り方
教えてくれたら、試してみるんだけどなー。」
「でも、これって国が管理してる特産品なんでしょ? 多分、作り方は口外無用なんじゃないかなあ。」
「そっかあ。残念・・・。」

ひとしきり他愛のない話に花を咲かせた後、居間のテーブルに突っ伏したグレイスが呟いた。

「でも、残念だなあ・・・。」
「・・・どうしたの?」
「ロッタルクがこんなに楽しいことをしてるってのに、みんなはそれを知らないなんてね。これって、
国民的損失だと思わない?」
「まあ・・・みんなにこの手紙を貸し出すわけにも行かないしね。・・・ロッタルクはそもそも脱走したって
ことになってるんだし、今いる場所とかレティシアさんのこととかが分かっちゃうのもまずいと思うし。」
「そっか・・・。そうだよね。」

しゅんとしてテーブルに頬杖をついたグレイスは、しばらくするとにまーっと笑った。訝しげに自分の
ことを見やったファルサラに向かって、笑顔で提案する。

「じゃあ、こうしない? この手紙を元に、あなたが話を書くの。」
「あたしが?」
「そう! ロッタルクのその後って、気にしてる人が多いのよ? 知られちゃまずい部分は省いてさ・・・
きっとベストセラーになるわよ!」
「でも、本なんか書けるかなぁ。昔から、あまりこっちは得意じゃなかったし・・・」
「大丈夫、大丈夫! 裏であたしがこっそり手を回しちゃう。」
「まあ、悪いんだ!」

顔を見合わせた二人は、楽しそうに笑い合った。

「そうだ、せっかくだから子竜たちに読ませるものも作ってみない? 絵も多めに入れて・・・」
「名前は? 本の題名。」
「そりゃもちろん、『六代目風竜王の冒険記』しかないわよ。・・・って、ちょっと安易かな?」
「いいんじゃない? 分かりやすくて。」

もし、この本が世界で読まれるようになったら。旅先の書店で、自分の名前が冠された物語を見付けた
時・・・一体、彼はどんな反応をするのだろうか。そのことを考えるだけで、ファルサラはおかしくなった。
にやにやしているファルサラの顔を、グレイスが横から覗き込む。

「お。その顔は、やる気ですな?」
「ええ! こうなったら、ロッタルクの赤っ恥を世間に公表してやらなくちゃ! それが、術士だった
あたしの義務よね。」
「あはははは! ロッタルク、かわいそうにねー!」
「もちろん、あなたも共犯よ。本を書くように勧めたのはそっちですからね!」
「えー!?」

そうだ、今度はあたしが手紙を書く番だ。
口を尖らせたグレイスに向かって、ファルサラはここ十年来忘れていた・・・輝くような笑顔を浮かべて
みせたのだった。


はしがき

「六代目風竜王の冒険記」が書かれることになったきっかけについて書いてみました。個人的には、
本の内容がとっても気になります(笑)。