髪を切る


しゃきん。

「・・・しっかしよう、竜ってのも物好きな種族だよな。」
「何ですか師匠、藪から棒に。」

しゃきん。

「だってよ。確か竜ってのは、わざわざ術を遣ってこの人間に近い姿になってるんだろ?」
「ええ、そうです。私たち竜は元々、動物よりは精霊に近い存在ですから・・・こうして人化術の助けを
借りれば、人間の姿になることも可能だったわけですね。」

しゃき、しゃきん。

「そこだよ。どうせ竜人化するんなら、髪だの爪だのがのびないようにしときゃよかったじゃねえか。
いちいち切らなきゃいけねえなんて面倒くせえ。」
「それはまあ、そうですが・・・。」
「オマケにメシも食わないですむようにしときゃ、炊事の心配もなけりゃ腹痛だの食中毒だのになる
こともねえ。それにかこつけた木竜どもに、“薬”と称して毒を盛られることもねえしさ。」
「・・・最後の話は、私も全く持って同感です。」
「だろ? ・・・ったくあいつら、いい加減に―――――」

しゃき・・・

「ッ!!!」
「あ、悪い。耳にひっかかっちまった。」
「さ・・・散髪では、お願いですから耳ではなく髪を切ってください! 毎回毎回、どうして必ず
―――――」
「だよなあ。考えてみればこの耳もジャマなんだよ。なんでまた、耳は人間とそっくりにしなかったん
だよ。ああ?」
「・・・私に凄まれても困りますが。」
「じゃ誰に言えってんだよコラ。大昔の長老様か? ・・・あー、このッ、角もジャマだ! いっそのこと
切り落としちまうかこの野郎!」


じゃきじゃきじゃきじゃき・・・

「・・・あの、師匠。お腹立ちはお察ししますが、感情のまま鋏を動かすのは止めていただけませんか。」
「あんだと!? お前、髪切ってもらってる身でそんな―――――っくしょい!!」

じゃこん。

「―――――ッ!?」
「・・・あ、やべ、鼻水垂れた。・・・っくしょう、寒いってのはこれだからアタシは―――――」
「師匠・・・! 悠長にそんなことを言ってる場合では―――――」
「ほれ、鏡。」
「・・・〜〜〜!!」
「おー、こりゃ前衛的だ。遠目にも誰だか丸わかりだな、よかったじゃねえか。」
「冗談はやめてください師匠! こんな髪型じゃ、明日から外に出られませんよ!」
「冗談じゃねえぜ。海賊ってのは、こうやって髪型やら服装やらで他人との違いをアピールすんだぞ。
それができねえ奴は、一人前と認めてもらえねえんだ。」
「ここは海賊船じゃありませんし、私は海賊じゃありません。半人前で結構ですから、早くこの髪型を
何とか―――――」
「いいじゃねえか、固いこと言うなよ。地竜ってのは男も女も年がら年中暑っ苦しい被り物をしてるだろ。
つるっパゲになったって、誰も気付きゃしねーよ。」
「師匠・・・。」
「お、何ならそうするか? そうすりゃアタシも、しばらくおまえの髪切らなくてすむしな。・・・こりゃ、
意外と名案か?」
「・・・・・・・・・師匠に散髪をお願いした、私が馬鹿でした。」


はしがき

「漉嵌の間」最短記録を更新!(笑) 夜中に爪を切りながらふと浮かんだ疑問(?)を形にして
みました。会話以外の記述がない話は初めてですが、もちろんこれはひだりさんの書かれた小ネタ
『髪』に影響を受けてのことです。この場を借りてひだりさんに感謝(邪笑)。

・・・あ、この話の登場人物は皆さんお分かりですよね?(爽笑)