−プロローグ−

少女は、ぼんやりと空を眺めていた。
大きな木の、梢に近い枝の上である。両手をだらりと下げ、幹に寄りかかったまま身動きもしないその様子には、生気がまるで感じられない。時折の瞬きによって、辛うじて死んではいないことが分かるくらいだ。
見上げる先は、どんよりと曇った暗い空。心を占める思いは、ただ一つだった。
雨を。
今日こそ、雨を。

この地に雨らしい雨が降らなくなって、もうどれくらいになるだろうか。
本来、豊かな緑に覆われていたはずの大地。それが、雨の降らないまま二年経ち、三年経つうちに、次々に周囲の木々が枯れ始めたのだった。森の恵みを当てにしていた動物たちも、あるいは去り、あるいは死に絶え・・・今は、まばらに残る木々の間を、乾いた風が吹き抜けるだけだ。
仲間の精霊たちも、宿主である木の死と共に次々に消えていった。そして、自分がその後を追うのも、もうすぐだろう。

(・・・・・・)

気温が下がり、次第に風に水の香が混じるようになった。そんなことを感じるのも、随分と久しぶりだ。
もしかしたら、今日こそ雨が降るかも知れない。
その瞳に、少女が僅かに生気を甦らせたそのとき。辺りに、目も眩む閃光が煌き、同時に耳を劈く轟音が響き渡った。
落雷。
雷は、嵐の予兆である。この渇きから、遂に解放されるときが来たのか。
ゆっくりと大地に目を向けた少女の瞳に、輝く点が映る。

(あれは―――――)

火だ。
少女の見ている前で、紅く輝く点は一つ増え、二つ増えし・・・瞬く間に数え切れなくなった。
長年の旱魃で、からからに乾ききった大地。一度上がった火の手を阻むものは、何一つない。・・・自らの宿る木がその犠牲になるのは、時間の問題だろう。
恐怖に目を見開き、少女は迫り来る炎をじっと見つめた。
逃げることは、できない。