Happy Flight 1   

Happy Flight


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パンヤ島の各所に散らばる、数多くのパンヤコース。それぞれのクラブハウスには、パンヤを楽しむために訪れる人々のために、様々な設備が併設されていた。コース毎の“名物料理”を提供するレストランや、クラブやアズテックといった各種の用具を購入するための店舗やレンタルのための窓口。そして、コースを回るために欠かせないキャディと契約を交わすための「キャディギルド」もその中に含まれる。

「毎日来てもらって悪いが、今日も指名は来てないな。」
「そう・・・ですか。」
「まあ、そう気を落とすなよ。登録した情報は島中に流れてるんだから、そのうち声がかかるさ。」
「・・・・・・。」

島の最北に位置する、ホワイトウィズのクラブハウス。慰め顔のキャディギルドのマスターの言葉に、寂しげに微笑んだミンティは小さく頭を下げた。愛用の箒を抱え、隣にあるレストランへとゆっくりと歩いていく。

「いつもの・・・お願いします。」
「かしこまりました。」

午後の半ばという中途半端な時間とあって、レストランは閑散としていた。窓際のいつもの席に腰を下ろし、注文を済ませたミンティは、手元に目を落とすと小さく溜息をついた。
ギルドに自分がキャディとして正式な登録を済ませたのは、およそ半年ほど前のことだった。当時は毎日、期待に胸を膨らませながらギルドを訪れたものだったが・・・今となっては、その頃のことが遠い昔のように感じられる。

「お待たせいたしました。」

しばらくしてテーブルに運ばれてきたのは、ホワイトウィズのクラブハウス名物として名高いコーンポタージュだった。たっぷりのタマネギとトウモロコシが入ったこのスープが、ミンティは特に好きだった。家でも暇を見付けては色々と試してみているが、未だにこの味を再現することには成功していない。

(・・・・・・)

本来は、身も心も温まるはずのスープ。しかし、ミンティの冷え切った心は、スープを飲み終わる頃になってもそのままだった。
一体、いつまでこんな毎日が続くのだろう。
ふと目を向けた窓の外。見かけた数多くの選手の傍らには、例外なくキャディの姿がある。
ずきん、と胸が痛んだ。
自分がしたいのは、ここで一人寂しくスープを飲むことではない。キャディとして、選手の助けになりたいのだ。しかし、その願いは今日も叶えられないままだった。
かといって、家に帰りたいとも思わなかった。
姉も妹もいない、閑散とした家。一年中雪の降り止むことのないホワイトウィズにおいて、たった一人で過ごす家は恨めしくなるほど静かで、いたたまれない気持ちになってしまう。
しかし、一人でなければいいというものでもなかった。姉や妹・・・そして、パンヤ大会のシード選手であるアリンが帰ってくれば、どうしても日々の会話はパンヤについてのものが多くなる。一人だけ実際の大会に出場できておらず、話題に入れないミンティにとっては、それはやはりひどく居心地の悪いものだった。

(・・・・・・)

スープを飲み終えたミンティは、再び窓の外に目を向けた。
全てが、物憂かった。
やるからにはきちんとしたいと思い、猛勉強の末にキャディ検定一級さえ取得したのだ。それでも声がかからないということであれば、自分がキャディになるために出来ることは、もう何もない。
しかし、家に戻って自分一人だけのための食事の支度をする気にもならない。炊事だけではない。掃除に洗濯といった全ての家事もまた、同じだった。

(ふう・・・)

こうして、ミンティは毎日薄暮が迫る頃までレストランで時間を潰すのが日課になっていた。そして、クラブハウスが混雑し始めるのを合図のように、一人家路を辿るのだ。・・・選手とキャディの間で盛り上がる会話など、聞きたくもなかった。


  *


ミンティがいつものように、小さな溜息をついたときだった。バタバタという騒々しい足音と共に、クラブハウスに駆け込んできた男がいた。まだ若い。人間であれば、三十になるかならないかといったところだろう。

「おーい、マスター! 悪い、頼まれてくれないか。」
「よう、アル。どうしたんだ、こんな時間に・・・。今日は確か、仕事だったろ? まさか、サボって打ちにきたのか?」
「んなわけないだろ! なあマスター、誰か空を飛べる奴を知らないか? 選手でもキャディでも、誰でもいいんだ。」
「はあ? 何だそりゃ?」
「色々あって、どうしても必要なんだよ! 顔の広いあんたなら、心当たりがあると思って・・・最後の頼みの綱だと思って来たのさ。なあ、誰か―――――」
「悪いが、お門違いだな。大体、俺はキャディギルドのマスターなんだぞ? キャディが空を飛べるかなんて情報、登録時に聞くわけないだろうが。当然、俺だって知らんよ。」
「じ・・・じゃあ、個人的な知り合いとか―――――」
「そちらの該当もなしだ。悪いことは言わん、男らしくすっぱりと諦めろ。」
「―――――ッ!」

にべもなく断られた男が、がっくりと項垂れた。とぼとぼとクラブハウスの入り口に向かいかけた相手を、ミンティは思わず呼び止めていた。

「あ、あの・・・」
「・・・?」
「よろしければ、お話を・・・聞かせてくれませんか?」
「何だって?」
「すみません。さっきの話、聞こえちゃったんです。それで、気になってしまって・・・。」
「あのな! あんたに話したところで、何も―――――」

苛立たしげな様子でここまで捲し立てかけた男が、不意に黙り込んだ。次いで、苦笑いを浮かべると小さく肩を竦める。

「いや。それも、いいかもな。ずっとカリカリしてたんじゃ、いい案も浮かばないし・・・少し頭を冷やすとするか。」
「はい。こちらにどうぞ。」
「おう。・・・あ、俺はコーヒーでな。」

ミンティの向かいの椅子に腰かけた男が、やってきたウエイトレスに向かって言った。
間近でじっくりと眺めると、相手はかなりの美形だった。澄んだ声に歯切れの良い喋り方、そして豊かな表情。俳優でもやらせれば、さぞかし人気が出るに違いない。

「俺は、アーロン。この見てくれで分かると思うが、デュアルマジックに勤めてる。」
「私は、ミンティといいます。」
「ミンティちゃんか。・・・なあミンティちゃん、今日は何月何日だか知ってるよな?」
「今日ですか? ・・・はい、十二月二十四日ですよね。」
「その通りさ。つまり今日は、異界の祭日・・・“クリスマスイブ”ってわけだ。」

運ばれてきたコーヒーに口を付けたアーロンが、手にしていたスプーンを空中でくるくると回してみせた。

「実は、ウチの会社で立ち上げた新しいプロジェクトがあってさ。今日がその本番なのさ。俺はその責任者で、実行の全責任を負ってるってわけだ。」
「プロジェクト・・・ですか?」
「ああ。企業秘密ってやつでさ、全部は話せない。ただ、確かに言えることは・・・それが今、大ピンチだってことだ。」
「え!?」
「プロジェクトの実行には、どうしても空を飛べる奴が必要でさ。・・・もちろん、準備万端人材の確保はしておいた。ところがだぜ? 今朝方から、それが全部ダメになったってんだから驚きだろ。」
「そんな・・・。何があったんです?」
「急病、怪我、身内の不幸。取り立てて珍しいものじゃないが、それがこう立て続けに起こるとなるとなぁ・・・何か呪われてるんじゃないかと思っちまうな。」
「あの・・・。それで、ここに来た理由は?」
「あんたも聞いてたろ? ここのマスターとは長い知り合いでさ。誰か、人材の心当たりがないかと思って聞きに来たのさ。ギルドマスターは、どこにいっても顔が広いからな。・・・結果は、こうやって君に愚痴ってることからも明らかなんだけど、な。」
「・・・・・・。」

小さく肩を竦めるアーロン。苦笑いしたミンティが、先を促す。

「それで、これからどうするつもりなんですか?」
「プロジェクトの本番は夜だ。まだ、少し時間がある。・・・心当たりを、もうちょっと回ってみるさ。」
「あの、もし・・・。そのプロジェクトが、上手くいかなかったら?」
「んなもん簡単だ。天下のデュアルマジックが赤っ恥をかくだけさ。・・・俺はいい。こんな経緯で詰め腹切らされるのは納得いくわきゃないが、責任者ってのは責任を取るのが仕事だからな。・・・ただ―――――」
「ただ?」

言葉を切ったアーロンが、ミンティをじっと見つめる。その瞳に浮かべられていた真剣な光に、思わずミンティは軽く居住まいを正した。

「なあ、ミンティちゃん。・・・デュアルマジックのスローガン、君は知ってるかい?」
「あ、はい。『夢を両手に、笑顔を君に。』でしたよね。」
「その通りだ。デュアルマジックの本業は、各種魔法薬の生産さ。文字通り、患者の笑顔のためにみんなが頑張ってるわけだ。・・・そんな標語を掲げてる会社が、約束を破っちまう。俺は、そっちの方がうんとまずいと思うんだよ。そんな会社が、夢や笑顔を客に届けられると思うかい?」
「・・・・・・。」
「だから、さ。もうちょっと悪あがきしてみるよ。・・・明日になったら、俺の席は会社にないかも知れないけどな。」

再び肩を竦めたアーロンが、中身を飲み干したコーヒーカップをソーサーの上に置いた。立ち上がった相手に向かって、思いつめた表情のミンティが言う。

「あ、あの・・・。それって・・・私じゃ、お手伝いできませんか?」
「何だって?」
「空を飛べる人が、必要なんですよね。この箒を使っても良ければ、私も空を飛べるんですが―――――」
「本当か!? ・・・しかし、それでもなあ。未成年の相手に対して、保護者の了解を取り付けずに働いてもらうってのは―――――」
「あ、あの! 別に、雇ってくれっていうわけじゃなくて。ちょっと、お手伝いをさせてもらう、というのは・・・ダメでしょうか?」
「・・・・・・。そういうことなら、善は急げだ。一緒に来てくれ!」
「あ・・・は、はい!」

しばらくの間考える風だったアーロンが、勢いよく頷く。駆け出した相手を追って、箒を抱えたミンティは慌ててその後を追ったのだった。


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