Happy Flight    2 

 −2−

少年は、じっと窓の外を見つめていた。
もうじき、日が変わる。保育所の夜は早く、他の子供たちは全員、それぞれのベッドの中で眠りに就いていた。
ともすれば閉じそうになる瞼。眠気と必死に戦いながら、少年は昼間耳にした言葉を心の中で繰り返していた。

(・・・!)

窓を揺らす、一陣の風。
少年がハッとしたときには、既にバルコニーには新たな人影があった。
大きな袋を担ぎ、赤字に白の縁取りの衣装。・・・間違いない。先生たちの言っていた通りだ。
期待に高鳴る胸。寒さも忘れ、窓を開けてバルコニーへと出た少年に向かって、袋を足元に置いた相手がにっこりと微笑んだ。

「こんばんは。寝ないで、待っていてくれたの?」
「うん。・・・あの、お姉ちゃんが・・・サンタさん?」
「ええ。」

笑顔で頷いた相手が、袋の中から大きな包みを取り出した。

「はい。今年いい子でいたごほうびに、私からのプレゼント。明日の朝になったら、みんなで分けてね。・・・どう、任せてもいいかな?」
「も・・・もちろんさ!」
「そう。じゃあ、お願いね。」

包みを受け取る際に、触れ合った指先。それはとても温かく、少年の胸の鼓動が一層速くなる。

「おねえちゃん! その・・・来年も、来てくれる?」
「そうね・・・。君たちが、いい子にしていたら・・・きっと、ね。」

にっこり笑った相手に頭を撫でられて、少年は頬を染めて頷いた。その場から飛び去っていく相手の後ろ姿に向かって、大きく手を振りながら叫ぶ。

「きっと・・・きっとだよ! 約束だよ!!」


  *


「ごめんな。他に人が見つからなかったせいで、君に全てを任せる形になっちまってさ。」
「いえ、いいんです。とても、楽しかったですし・・・。」
「ありがとな。そう言ってもらえると、気が楽になるよ。」

全てのプレゼントを配り終え、デュアルマジック社に戻ってきたミンティを、アーロンが出迎えた。
プロジェクトのために用意されていたスペースは、倉庫の立ち並ぶ一角にあった。屋外に張られたパイプテントの下に必要な機材が並べられ、辺りをプロジェクトのメンバーが行き交っている。

「でも、こんなお仕事だとは思いませんでした。頼まれたところへ、サンタクロースとしてプレゼントを届けにいくだなんて・・・。」
「ああ。クリスマス自体はパンヤ島でも珍しくなくなったが、肝心のサンタがいないからな。子供たちに、ちょっとした“夢”のプレゼント、ってわけだ。」
「そうですね。子供たち、どこへ行っても大喜びでした。」
「そりゃ、そうだろうな。何たって、こんなかわいい女の子からプレゼントをもらうんだからな。」
「もう・・・アーロンさん!」
「はっはっは、冗談だよミンティちゃん。」

頬を染めたミンティが、困ったような顔をした。その様子を微笑ましげに眺めていたアーロンが、ここでふっと真面目な顔になる。

「ところで、君の家はどこだい? 一休みしたら、家まで送らせてくれ。ご両親には、きちんと事情を説明しないといけないからな。」
「あ、いいんですよそんな―――――」
「そうはいかない。俺だって、一応は企業人の端くれなんだからな。」
「そうじゃ、ないんです。・・・今帰っても、家には誰もいないから・・・。」
「何だって?」

首を傾げるアーロン。くすっと笑ったミンティが、上目づかいにアーロンを見上げる。その瞳には、いたずらっぽい光があった。

「すみません、アーロンさん。ちょっとだけ、私のわがままに付き合ってもらっても、いいですか?」
「わがまま・・・?」
「もうちょっと、ここでお話をしたいんです。どうでしょうか?」
「ああ・・・まあ、それくらいはお安い御用だが。」
「ありがとうございます。」

プロジェクトメンバーによる喧騒の中、向かい合って座ったテーブル。手渡された紅茶のコップを両手で持ったミンティが、立ち上る湯気を見つめる。

「私は、三人姉妹の次女なんです。上にちょっと歳の離れた姉がいて、それから双子の妹がいます。二人とも、キャディをやっているんですよ。」
「ああ・・・そうか。今は、ブルーラグーンで今年の最終戦をやってるんだったな。」
「はい。ですから、二人とも選手と一緒に現地に行っていて、家に残っているのは私一人なんです。」
「なるほど、キャディ一家ってことだな。・・・でも、それならどうして、君はキャディにならなかったんだ?」
「・・・・・・。」

アーロンの言葉に、ミンティはふっと微笑んだ。

「本当は、私もキャディになって、パンヤ祭に参加する選手の方をサポートしたい。そう思って、キャディの資格もきちんと取って、ギルドにも登録したんです。・・・けれど、誰も私を指名してはくれなかった。」
「ミンティ・・・。」
「ずっと昔からキャディをやっていた姉はともかく、一緒にキャディの勉強をして、一緒に資格を取った妹は・・・すぐに選手と巡り合えたんです。それが羨ましくて、悔しくて・・・。」
「・・・済まない。悪いこと、言っちまったみたいだな。」
「いえ、気にしないでください。」

微笑んだミンティが、首を横に振った。満天の星空を見上げて、小さく息をつく。

「私・・・今日、ここでお手伝いをしていて、思ったんです。やっぱり自分は、中途半端だったんだろうなって。・・・自分では真剣に考えて、キャディになるための準備も、しっかりしたつもりでした。でも、今思えば・・・もしかして“覚悟”のようなものが足りなかったのかなって。妹は、失敗も多いですけど・・・そうしたところは本当に一生懸命で、一途ですから。」
「・・・・・・。」
「だから。今日、私が誰かの役に立てた。誰かが私の力で、喜んでくれた。それが、とても嬉しくて・・・」
「ミンティ―――――」

一瞬泣きそうな顔をしたアーロンが、気を取り直したように居住まいを正した。胸元に手を入れ、手帳を取り出す。

「そうだ。まだ、君にプレゼントを渡してなかったな。」
「はい?」
「今日は、クリスマスイブだぞ。良い子は、サンタからのプレゼントがもらえる日だ。そうだろう? ・・・ほら、手を出して。」
「あの・・・アーロンさん?」

首を傾げたミンティの掌の上に、小さな紙片が載せられた。

「あの・・・これは?」
「俺の名刺だ。・・・これでも、社内外じゃちょっとした有名人なんだぜ? 何せ、CMに出たこともあるんだからな。」

名刺の肩書には、デュアルマジック社・広報部長とあった。
しかし、部長とは・・・民間企業、それもデュアルマジック社のような大企業であれば、相当に高い地位のはずだ。目を丸くしているミンティに向かって、アーロンが真面目な顔で言う。

「なあ、ミンティ。・・・どうだ、ウチの会社で働いてみないか?」
「・・・・・・。ええっ!?」
「何だよその反応。言っておくが、俺は本気だぜ?」
「でも、そんな・・・。私なんかが―――――」
「それだよ、ミンティ。多分君が、今まで認められなかった理由さ。」
「!」
「俺は魔法使いじゃないから、魔力がどうとか魔法の巧拙についてはよく分からない。けどさ、日頃からたくさんの人間に接してるからかな・・・相手の能力については、見抜く力があると自負してる。ミンティ―――――君には、間違いなくその力がある。」
「ええっ!? その、私が・・・ですか!?」
「そうだ。言っておくが、そう思ってるのは多分、俺だけじゃない。このプロジェクトに関わった、全ての社員がそう思っているはずだ。文句を言う奴なんて、いるはずがないさ。」

デュアルマジック社は、パンヤ島に本社を置く企業の中でも五指に入る人気だった。特に、魔法使いたちの間ではデュアルマジック社に就職することが最高のステータスであり、その競争は想像を絶する厳しさなのだと、かつてミンティはアリンから聞いたことがあった。

「今すぐ、とは言わないさ。もし、いずれその気になったら・・・いつでも俺を訪ねてきてくれ。俺の助手の席は、ずっと空けておくからな。」
「そんな・・・いいんですか?」
「もちろんだ。・・・もっと、自信を持てよ。君なら、きっとできる。」
「・・・はい!」
「そう、その意気だ。」

しばし躊躇った後、力強く頷くミンティ。その様子を目を細めて眺めていたアーロンが、ここでにやりと笑った。

「さてと、そういう事情なら気兼ねは要らないな。遠慮なく、朝まで付き合ってもらおうかな。・・・正直言って俺も、今夜はパーっと騒ぎたい気分なんだ。」
「はい! ご一緒します!」
「おう! よーしみんな、打ち上げいくぞ! 今夜は俺のおごりだ!!」

アーロンの気前のいい台詞に、周囲から大きな歓声が上がった。

こうして、この年のクリスマスイブは、ミンティにとって忘れられない一日になったのだった。そして、この年以来・・・「パンヤ島のサンタクロースは箒に乗った女の子」という言い伝えが広まることになったのである。


はしがき

久しぶりのパンヤ小説は、過去を離れて現在のに関する話となりました。主人公はキャディ一の「薄幸キャラ」であるミンティで、彼女の抱える日々の悩みについて想像しながら書いたものです。偉大な姉、そして当初からキャディとして活躍している妹を持つミンティの心境は、実際にはかなり複雑なのではないかと。
なお、この話の中でミンティの「相方」として登場しているアーロンは、当然のことながら僕のオリジナルキャラクターでゲーム内には登場しません(笑)。これまた意味深な展開で話が終わっていますが、この後の二人の関係も気になるところですね(邪笑)。

タイトルの『Happy Flight』は、ICのBGMとして流れる曲です。話のイメージは曲想から得た部分が多いので、もしよろしければ曲を聴きながら読んでいただけると味わいが深まるのではないかと思います。