My Sweet Home 1   

My Sweet Home


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「野郎ども! 今帰ったぞ!!」

この日、パンヤ島にその名を轟かす海賊船ルナーテューム号の甲板は、出迎えの男たちで黒山の
人だかりだった。それも、久方ぶりの“船長”の帰還とあれば無理もない。
舷側を乗り越え、ひらりと甲板に降り立ったのは、まだ年端もいかない少女だった。わっと上がった
歓声の中、その少女に向かって一人の男が進み出ると頭を下げる。左目に掛けた眼帯、体中にある
傷痕がいかにも百戦錬磨の海の男・・・といった風情だったが、その仕草はあくまで上品である。

「無事のお戻り、何よりです・・・艦長。」
「おい、シェド!」

笑顔で自分を迎えた副船長の頭を、少女が容赦なく引っ叩いた。

「何度言えばよいのだ! ここは海賊船ルナーテューム、海軍の軍艦ではないぞ! 私のことは
“お頭”か、せめて“船長”と呼べ!」

「は・・・これはついうっかり。」
「全く、いつまでも海軍気分を引きずって・・・お前にも困ったものだな。次に言ったら、縛り上げて
海に放り込んでやるからな!」

「そ・・・それは勘弁してくださいよ!」

慌てて両手を挙げ、シェドは自分を睨みつけている少女・・・クーに向かって、後退りながら首を振って
みせた。その情けない様子に、周囲から大きな笑い声が上がる。

「さて、では・・・船長。パンヤ祭のことなど、色々と聞かせてもらいたいんですがね。その前に一つ、
いいですか?」
「ふん。改まって、何だ。」
「ありゃあ一体・・・何なんですか。」
「あれ?」

シェドの言葉に、クーが振り向く。それに倣った男たちの視線の先、先程クーが乗り越えた舷側の
近くには、小山のような人影があった。
身長は三メートル程になるだろうか。美しい白い毛並みで覆われた外見は、まさに熊という形容が
相応しい。あたかも人間のように服を着て鞄を背負ったその“熊”は、物珍しそうに周囲を見回して
いるところだった。

「まさか、あの白熊が大会の賞品だった・・・なんてオチじゃないでしょうね。」
「馬鹿者!!」

ぞっとしない表情でこう言ったシェドに、再びクーが怒声と鉄拳を炸裂させる。どうやらこの主従の
間では、こうした遣り取りは日常茶飯事らしい。

「私のキャディに、無礼を働くと許さんぞ。」
「キャディ? ・・・ということは、この熊が―――――」
「タンプーはティタン族だ。熊ではない! これからも末長く私のキャディを務めてもらうのだ、くれぐれも
丁重にもてなすのだぞ!」
「はあ・・・なるほど。」

頭を掻いたシェドが、肩を怒らせたクーに向き直った。

「しかしですね、船長。失礼を承知で言わせてもらいますが・・・」
「何だ。言ってみろ。」
「なんでまた、そのティタン族とやらをキャディにしたんです? まさか、キャディってみんなティタン族・・・
ってワケじゃないんでしょう?」
「何、簡単なことだ。私とタンプーの求めるものが、それぞれ一致したからだ。」

シェドの言葉に、クーが得意げに胸を張る。

「お前が言うように、普通のキャディは確かに現地の人間が多い。ギルドに足を運んだとき、私も
ティタン族のキャディとは珍しいと思ったのだ。それも、何と雇用料が七万パンという高額だ。」
「七万!? そりゃまた・・・」
「だろう。興味を覚えた私は、本人に直接会って事情を聞いたのだ。」
「その通りです。」

いつの間にか二人の傍らに立っていたタンプーが、ここで初めて口を開いた。その声は、外見とは
裏腹に驚くほど静かで落ち着いたものだった。

「ルナーテューム号の皆様、お初にお目にかかります。私はタンプー、故あってクー殿のキャディを
務めることに相成りました。どうぞ、以後お見知り置きを。」
「あ・・・ああ。俺はシェド、この船の副船長だ。」
「おお、貴方が。噂はかねがね、クー殿より聞いておりますぞ。」
「おい、タンプー! 余計なことを言うな!」

頬を染めたクーが、タンプーにくってかかる。そんなクーに頓着せず、タンプーはゆっくりと言葉を
継いだ。

「私の仕事は、パンヤ祭で使われるクラブを作ること。それ以外に、普段から趣味でクラブの試作を
しています。・・・ご存じの通り、性能の良いクラブセットを作るには大変な費用がかかります。雇用費を
高く設定したのは、主にこうした事情によるものですかな。」
「ふーん。」
「しかし、クラブは作るだけでは意味がありません。実際にそれを使い、その良し悪しを教えてくれる
相手が必要なのですよ。」
「なるほどな。でもそれは、船長でなくても良かったんじゃないか?」
「仰る通りです。しかし、長いパンヤ経験をお持ちの方ほど、高い技術を身に付けられている反面、
往々にしてご自分の譲れない“こだわり”をお持ちです。そうした方々と、私との間で口論になることも
少なくありませんでな。・・・しかし、これからパンヤを始められるところだったというクー殿は、私の
アドバイスを全て素直に受け入れてくれました。クー殿は、私にとって全てが理想だったのですよ。」
「と、いうわけだ。」

にんまりと笑ったクーが、タンプーの言葉を引き取って続ける。

「幸いにも、私にはこのルナーテュームが生み出す、無尽蔵の富がある。多少の費えは問題では
ない。」
「しかしですね、船長。俺たちが海賊をしているのは―――――」
「分かっている、皆まで言うな。私がタンプーをキャディとして雇ったのは、何も彼がキャディとして
優秀だったからだけではない。他にも考えている事があるのだ。」
「へえ・・・。そりゃ、一体?」
「それはだな―――――」

シェドが先を促すように首を傾げる。したり顔でクーが説明を始めようとした瞬間、甲板に食事時を
知らせる鐘が鳴り響いた。

「何だ、いいところなのに。」
「それを言っちゃかわいそうですよ。コック長も、船長の帰りを首を長くして待ってましたからね。きっと
船長の好物を用意してるんじゃないですか。」
「何、本当か!」

シェドの言葉に、クーは目を輝かせるとその場で跳び上がるような仕草をした。普段は荒くれ男たちの
上に立つ必要性からか大人びた言動の目立つクーだったが、こうしたときには年齢相応の反応が
出てしまうらしい。

「どうします? 食堂に行きますか?」
「いや、ここでいい。今日は皆と共に過ごす時間を多く取りたいからな。・・・食事と酒はこっちに
運ばせろ。」
「承知しました。とは言っても、船長はまだ未成年。酒は遠慮してもらいますよ。」
「シェド、そんな殺生な! 今日はせっかくの日なのだ、少しくらい―――――」
「また船を“破壊”されては敵いませんからね、これは譲れません。今日は俺がつきっきりで監視させて
もらいますよ。」
「うぐ・・・」

クーの“酒乱”ぶりはつとに有名だった。情けなさそうな顔で俯いたクーの様子に、甲板はまた大きな
笑いに包まれたのだった。


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