My Sweet Home    2 

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「・・・やはり、ここに戻ってくるとホッとするな。今夜は、久しぶりにぐっすりと眠れそうだ。」

既に日はとっぷりと暮れ、夜空には大きな月がかかっている。
クーは、シェドと二人並んで舷側にもたれかかっていた。水面に映る月を眺めるその表情は、昼間とは
違い穏やかなものだった。

「揺れないベッドというものが、私は苦手でな。まあ、生まれてからずっと船の上だからな・・・実際
無理もない訳なんだが。」
「確かに、ありそうな話です。それで、どうしたんです?」
「宿舎では全く眠れなくてな、三日も経つとフラフラになってしまった。タンプーがハンモックを勧めて
くれなかったら、今頃どうなっていたことやら・・・。」

くすりと笑ったクーが、傍らのシェドをちらりと見上げる。

「私が留守の間の指揮、ご苦労だった。この荒くれ男どもを一つにまとめ、また海軍の追求をかわし
続けるのは並大抵の苦労ではなかったろうに。」
「何、どうってことないですよ。・・・親父さんの代から続く海賊団の象徴であるルナーテューム号、
それを俺が沈めたとあっちゃタダじゃ済みませんからね。」
「ふ・・・そうだな。」

一介の海賊船であるルナーテューム号が、マシュナ族の誇る海軍の追及を逃れられているのには、
もちろん訳があった。強力な“助っ人”の存在である。
いつの時代にも、科学と魔法は相容れない部分を持っている。その高度な科学力を背景に、
パンヤ島の各所を支配するマシュナ族に反発する魔法使いも多く、そのうちの何人かは同志として
この船に乗り込んでいる。その力によって、ルナーテューム号はレーダーによる索敵をかいくぐり、
敵の砲撃を無効化することができていた。

「ま、パンヤについちゃ誰も心配はしちゃいません。船長のことだ、すぐに腕を上げるだろうって
皆言ってますからね。・・・俺が心配してるのは、別のことです。」
「ほう・・・別のこと?」
「持っていった本、ちゃんと読んでます? そっちの話は、全然出てませんでしたからねえ・・・気に
なりましてね。」

シェドの言葉に、クーはたちまち苦い顔になった。苛立たしげに手を振ると、もたれていた舷側から
身を起こし、シェドを睨み付ける。

「わっ・・・私は、海賊船の船長だぞ! 海賊が勉学をして、何の得があるというんだ!?」
「全く・・・分かっちゃいないな、クー。」
「シェド?」

シェドの言葉遣いががらりと変わったことに気付き、驚いた顔になるクー。その瞳をじっと見つめ
ながら、シェドが言う。

「人の上に立つ者は、それ相応の学がなくちゃな。それは海軍の将軍だって、海賊船の船長だって
変わりはないはずだろ。」
「し・・・しかしな―――――」
「腕っ節だけじゃ、海は渡っていけない。お前だって、そのことはよーく分かってるはずだ。違うか?」
「・・・・・・。」
「俺には、お前を一人前の頭領に育て上げる義務がある。何たって、お前の親父さんにそう誓ったんだ
からな。」

口をへの字に曲げていたクーの頭を、シェドの大きな掌がぽんと叩く。問いかけるようなその視線に、
ここでクーも不承不承頷いた。
シェドは、その昔ルナーテューム号を襲撃した海軍空挺部隊の隊長だった。その左目は、クーの父と
一対一の戦いの際に失ったものだ。
敗れはしたものの、その能力・・・何より鋼の意志に父はいたく感銘を受けたらしい。父の説得を容れて
シェドが海賊団の一員となるには長い時間がかかったが、結果的に父の“眼鏡”は正しかったことに
なる。

「親父さんのこと・・・何か、分かったのか?」
「いや・・・何も。」

小さく首を振ったクーが、再び舷側に寄りかかる。見上げた視線の先には、満天の星空があった。

「噂だけでも・・・と思ったんだがな。結局、それらしいものは何一つ耳にすることはできなかった。」
「そうか。・・・残念だな。」
「私は、諦めてはいないぞ。しばらく休養したら、再び陸に上がるつもりだ。・・・必要とあれば、島の
隅々のコースを巡ってやるさ。」
「そうだな。その意気だ。」

小さく拳を握り締めるクー。にやりと笑ったシェドが、ここで不意にクーを抱き締めた。

「なッ・・・おい、シェド! 何を―――――」
「帰りたくなったら、いつでも戻ってくるといい。ここはお前の家なんだからな。」
「シェド・・・。」
「泣きたくなったら、いくらでも泣いていいんだぞ。俺の前では、“船長”である必要はないんだからな。」
「うん。・・・ありがとう。」

甲板からは、昼から続く宴会の様子が伝わってくる。そのざわめきに耳を傾けながら、微笑んだクーは
小さく頷くと静かに目を閉じたのだった。


はしがき

クーの「里帰り」の様子を書いてみました。ここに登場する副船長のシェドは、もちろん筆者の
オリジナルキャラでゲームには登場しません。