夢のきらめき  1   

夢のきらめき


 −1−

夏も終わりに近いある日のコーセルテル。
その日、かの地は奇跡に彩られていた。


  *


風竜たちは早起きだ。風竜術士の家では、朝7時には家族全員が揃っての朝食になる・・・その
席上でのこと。

「・・・『里帰りの日』?」
「そうなんだ。六十年に一度巡ってくる日らしいんだけどね。」

食後のお茶の席でミリュウが言い出した何気ない一言に、風竜たちは興味を示したのだった。

「で、誰が帰ってくるのよ。」
「えーと・・・『会いたいけど会えない人』と言ったらいいのかな。」
「? よく分かんないよ師匠。」
「つまり・・・もうこの世にいない人、かな。」

口を尖らすグレイスに、ちょっと困った表情になったミリュウが説明する。

「まあ、ここには誰も来ないと思うけどね・・・。」
「あ、そうか! でもそれって、師匠のお父さんも無事ってことでしょ?」
「そうだね。」

補佐竜ジェンの言葉に、ミリュウはにっこりした。
ミリュウは父の顔を知らなかった。母によると、ミリュウがまだ物心つく前にコーセルテルを追放されて
しまったのだという。

(父さんが見つかったら、母さんはここへ戻ってきてくれるのかな・・・)

母さんがここにいないのは、父さんのせい。でも、自分がここにいるのは父さんがいたお蔭。・・・正直
言って、会いたいような会いたくないような複雑な気持ちだった。

「そんなことより、ボクは本物の母さんにもっと帰ってきてもらいたいよ。」
「本当!!」

あははは、と明るい笑い声が台所に響き渡った。


  *


魔獣術の気配を感じ、メリアは編み物の手を止めると顔を上げた。

(変ね・・・ウィルフはまだ寝ていると思ったけど)

メリアの実の息子ウィルフは、その魔獣術を活かして郵便組合で働いていた。昨日、久しぶりに取れた
休暇で家に戻ってきた息子に、メリアはある頼み事をしていたのだった。

「ウィルフ? ・・・随分早起きなのね。まだ寝ててもいいのよ・・・?」

席を立ち、台所へ向かうメリア。確か、先程の術の気配はこちらの方だった。

「・・・?」

ふと窓から外を見たメリアは、そこに見慣れない人影がいるのに気が付いた。
立派な角、額にある第三の目・・・最初は幻獣人かと思ったその相手は、紛れもない魔獣族だった。

(まさか・・・あなた!?)

カディオに頼んでおいた果実酒入りとおぼしき樽を地面に下ろした相手は、メリアが自分のことを見て
いるのに気が付くと、少し照れ臭そうに微笑んだ。そして、片手を軍隊風にちょっと挙げ・・・ふっと姿を
消した。

「・・・ふあぁぁ。・・・あれ、母さん。どうしたの?」

しばらくして、寝ぼけ眼をこすりながら起き出してきたウィルフが、台所の入り口で外を見たまま立ち
尽くしていたメリアに気付いて声をかけた。振り向いたメリアは、なぜか嬉しそうだった。

「あら、おはよう。今起きたの・・・?」
「うん。ごめん・・・ちょっと寝坊しちゃった。」
「いや、いいのよ。」
「ご飯食べたら、すぐに行ってくるから・・・あれ? 誰が持ってきてくれたの?」

自分が持ってくるはずだった樽を見つけて目を丸くするウィルフ。

「昔の・・・遠い昔の、知り合いがね。」
「知り合い?」
「ええ。・・・今夜は祝杯よ、あなたも付き合いなさいね。」
「え゛・・・あ、あはは・・・」

メリアの酒豪ぶりはコーセルテルでも有名だった。一晩じゅう付き合わされたら、普通の人間なら次の
日は一日じゅう二日酔いで寝込むハメになる・・・そうなっては大変と、ウィルフは何とか笑ってごまか
そうとする。
その様子を、メリアはにこにこしながら眺めていた。

(そう、あなたと三人で・・・)


  *


「あれ、どうしたんだいそれ・・・。」

外から戻ってきたマリエルは、その髪に珍しく赤いリボンをつけていた。それに気付いたラスエルの
問いかけに、マリエルは嬉しそうに答えた。

「さっきそこで、女の人からいただきました。」
「女の人? ・・・知らない人かい?」
「はい。・・・でも、まるきり知らない人・・・というわけでもなかったような気がします。」
「はあ?」
「どうしましたの?」

マリエルの要を得ない返答に首を傾げるラスエル。そこへ、居間からモーリンが顔を出した。モーリンの
姿を見たマリエルは、ぽん、と一つ手を叩いた。

「そうだ、モーリンに良く似たおばさまでした。」
「おばさま・・・ねぇ。」
「一体、何の話ですの?」
「いや、マリエルがさっきそこでリボンをしてもらったって・・・」

事の次第を聞いたモーリンは、にっこりするとマリエルの前にしゃがんでその髪を撫でた。

「それならば、心当たりがありますわ。」
「本当かい? それならいいんだけど・・・。」
「マリエル、きっとそれは私の母だったと思います。・・・初めに『ごきげんよう』と挨拶されたでしょう?」
「はい。ああ、ちゃんとご挨拶しておいて良かった。」

にこにこするマリエルとは対照的に、ラスエルは驚いた顔になった。

「あれ? でも、君のお母さんは確か・・・」
「ええ。・・・ラスエル、今日は何の日か忘れたんですの?」
「今日? 六十年に一度の・・・あ、そうか!」
「そうですわ。今頃、光竜の里は大変だと思いますわよ。」

立ち上がり、遠い目になるモーリン。

「赤は、母の好きな色でしたわ・・・。直接お会いできなかったのが少し残念ですけど、致し方ありません
わね。」
「そうか。じゃあ、君と僕の馴れ初めは・・・君のお母さんのお蔭ってことになるね。」
「え?」
「あの時、君を見つけたのは・・・あの赤いドレスのお蔭だったんだからね。」

当時のことを思い出したのか、にこにこしながらラスエルが言う。微笑み返すモーリン。

「そうですわね。お母様には、感謝してもし切れませんわ・・・。」


  *


その頃、ランバルスは珍しく自分の机で大量の本に埋もれていた。
昨日の遺跡の探索で、新しく壁画と古代文字を発見したランバルスはそれを描き写してきた。だが、
解読を進めるうちにどうしても一箇所意味が通らない所が残り、それが彼を悩ませていたのだった。

  

(これだ・・・なんでここでこれが出てくるんだ? ・・・受付でもあったってのか?)

ペンを手に眉を寄せていたランバルスはあちらこちらと文献をひっくり返していたが、やがて盛大に
溜息をつくと、座っていた椅子にもたれかかった。

「あーあ、分からんな。・・・こんな時、あいつがいてくれたらな・・・」

ランバルスの妻ウィンシーダは考古学者で、特に古代文字の権威だった。遺跡の探索で古代文字が
発見されると彼女の出番だった・・・お蔭でランバルスたちはどれだけの隠された宝物を手に入れ、
またどれだけのトラップを避けることができたか知れなかった。

「・・・もう、相変わらず鈍いわね。これはね、六文字目がおかしいのよ・・・ほら。」
「ん?」

ふと懐かしい声がした。ランバルスの背後に立った誰かが、机の上に転がされていたペンを拾うと
ノートに写されていた古代文字に一本の斜線を書き加える。

  

身体を起こしたランバルスが改めて当該箇所に目をやると、先程の単語は全く違うものとなっていた。
これなら、意味がすっきりと通る。

「・・・そうか! 上に何かあるってことだな?」
「そうよ。『受付』だなんて、後ろで見てて思わず吹き出しそうになったじゃないの。」
「悪かったな。」

背後でくすくすと笑う気配がして、ランバルスは苦笑いした。

「案外、君の写し間違いだったんじゃないの?」
「言ってくれるな。お前と違って専門じゃないんだから・・・」

ここまで言ってハッとなったランバルスは、肘掛に手を置いて後ろを振り向いた。しかし、そこには
いつもの窓があるだけだった。晩夏の鮮やかな風景が窓を通して目に入り、微風がカーテンを静かに
揺らしている。
しばらくその様子を見つめていたランバルスは、やがてぽつりと言った。

「・・・夢だったのか?」


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