夢のきらめき    2 

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カディオは自室の前の廊下に立ち、家の内部に根を下ろしている木をぼんやりと眺めていた。階下
からは、預かっている子竜たちがはしゃぎながら昼食の片付けをしている様子が時折聞こえてくる。

(シル・・・どうしてる? 理想の地は見つけられたのか・・・?)

立派な木を見ると、どうしても昔のことを思い出してしまう。
精霊術士として初めて臨んだ戦いの、相手は皮肉にも人間ではなく精霊だった。その精霊たちと戦って
いた国が滅んだと聞いたのは、ほんの数年前のことだった。

「・・・ほら言ったでしょ? カディオは長髪の方がカッコいいって。」
「ああ、そのようだな。」

廊下の反対側から聞こえてきた会話に、カディオは何気なくそちらを振り向き・・・目を見開いた。そこに
立っていたのはかつての精霊術の師と、最愛の水の精霊だった・・・どちらも、もうこの世にいない
はずの。

「ガートルード先生? それに、エリアル・・・?」
「息災か? カディオ。」
「久しぶりね。」
「あ、ああ・・・」

言葉が出てこない様子のカディオを見て、ガートルードは「まあ、いいだろう」と一つ頷いた。そして、
眼鏡を押し上げながら言う。

「精霊術士を・・・やめたそうだな。」
「はい・・・。申し訳ありません・・・」

エリアルをちらりと見て複雑な表情になるカディオ。

「それがお前の選択だったんだろう? ならば・・・私は何も言わないさ。」
「そうですか・・・でも・・・」
「今は『竜術士』なんでしょ? 大変そうだけど・・・楽しそうで安心した。」

にっこりするエリアル。カディオはそれを眩しそうに眺めていたが、やがて目を伏せた。

「でも、今でも時々分からなくなるんです。・・・あの日、先生に言われたこと・・・今でも俺は答えを
出せずにいます。本当に、良かったのかと・・・」

再び目を上げたカディオの前に、既に二人の姿はなかった。





「・・・カディオ、何やってんの?」

いつの間にか階段から顔を覗かせたロイがカディオに声をかける。呆然としていたカディオは、その
声で我に返った。

「あ、ああ・・・片付けは終わったのか?」
「うん。午後はどうするの?」
「そうだな・・・」

ロイの後から階段を下りる。階下では、残りの四人の子竜たちがカディオを待っていた・・・その笑顔を
見て微笑むカディオ。

(後悔など、していないさ・・・)

そうさ・・・今こうして、再び「家族」と暮らすことができるのだから。


  *


その頃、イフロフは深い森の中を一人歩いていた。季節柄の高い気温もあってか、疲労の色が濃い。

(いかんな・・・)

既に道らしい道を外れて半日余り。火竜の里を出発したのは朝早くだったが、午後も半ばを過ぎたと
いうのに一向にコーセルテルに到着する・・・それどころか、コーセルテルに近付いているという気配が
なかった。
手頃な切り株を見つけると、イフロフはそれに腰を下ろした。

(・・・やはり、メオについてきてもらうべきだったか・・・)

こうして自らの方向音痴のために苦労する度に、イフロフは愛娘アグリナ・・・そして今は亡き妻、
フィナのことを考えるのだった。
フィナは、何もかもがイフロフとは異なる人間だった。幸いにも、娘のアグリナは性格面では妻に似た
らしく、竹を割ったようなさっぱりしたその気性は慣れれば火竜とは上手くやって行けそうだった。
しかし、残念ながら方向音痴ぶりはイフロフ自身のものを受け継いでしまったらしく、将来火竜術士を
継ぐことになったらさぞかし苦労することだろう・・・



「何よ、相変わらず迷ってるワケ?」
「・・・・・・。」
「口下手もそうだけど・・・こればっかりはいつまで経っても直らないわね。ま、そこがいいんだけど。」
「・・・!?」

物思いに沈んでいたイフロフが驚いて顔を上げると、そこには妻フィナの輝くような笑顔があった。

「お・・・お前・・・」
「もう、仕方ないわね。コーセルテルはこっちよ、あと二時間も歩けば着くと思うわ。」
「あ、ああ・・・すまんな。」
「ふふ、今回は鍋一つで手を打ってあげるわ!」

指を一本立てて笑顔で昔のようにそう宣言したフィナは、次の瞬間踵を返し・・・そして、その場から
消え失せた。
しばらくの間フィナが立っていた場所をじっと見つめていたイフロフは、やがて微笑むとフィナが
指差した方へ向かって歩き始めた。・・・彼女の忘れ形見が待つコーセルテルへと。


  *


エレは自宅のテラスにいた。手摺にもたれ、夕日に染まる滝を眺めている。 思えば、あの日も夏の
終わりだった。こんな鮮やかな夕日の中、返り血で真っ赤になりながら、鬱蒼とした密林の中を
ひたすらに駆け抜けた記憶が今でも鮮やかに蘇る。

(夕日が苦手になったのは・・・それからだったかな)

そして、今でも思う・・・あの時、自分には何か他にできることがあったのではないかと。国を、そして
姉を守るために・・・。
我知らず手摺を握り締める手に力がこもる。

「まだ自分を責めておられるのか? 姫様・・・。」
「・・・!?」

ふいに背後から声をかけられ、振り向いて身構えるエレ。逆光の中立っていたのは、自分と同じ褐色の
肌の男性だった。見覚えのあるその鎧は、まるで―――――

「・・・将軍? ガラニュス将軍なの!?」
「あれは、仕方のなかったこと。わしは、誰も恨んだりしてはおらぬ・・・」
「うそ!!」

相手の言葉を激しい勢いで遮るエレ。

「将軍だって、本当は思っているはずよ!? 私たちの国は、精霊術士たちの思惑によって滅んだのよ
・・・精霊と秤にかけられて、私たちは捨てられたの! 恨んでないはずなんかない!!」
「姫・・・。」
「私のことだってそう! あの時、私はあなたとの約束を破ったわ・・・」
「・・・・・・」

手を握り締め、うなだれるエレ。その頬から夕日に染まった涙が一粒、二粒・・・と零れていく。

「ずっと・・・一言、謝りたかったの・・・。ごめんなさいって・・・。」
「姫の人生は、姫ご自身のもの。どうか、ご自由に生きられるがよい・・・」
「待って、ガラニュス・・・!!」

顔を上げ、手を差し伸べた格好になったエレの前で、微笑んだ相手はふっと掻き消えた。しばらく
そのまま立ち尽くしていたエレは、リリックの声に我に返ると慌てて涙を拭った。

「エレー、そろそろ晩ご飯にしようよー。ぼくもうお腹空いちゃって・・・あれ? どうかした?」
「い・・・いいえ、何でもないのよ。」
「そう? なんだか目が赤いみたいだけど・・・。」

テラスの入り口からは、クララ以下の子竜たちが顔を覗かせていた。この子たちの前で悲しむ様子を
見せるわけにはいかない。きっとまた、心配させてしまうから・・・。

「きっと、夕日のせいよ。さ、今日のメニューは何かしら?」
「えっと、今日はね・・・」

笑顔になったエレは、リリックの肩を押して家へと向かうのだった。


  *


夕食の片付けも済み、いざ寝よう・・・という段になって、マシェルの家のドアがノックされた。寝巻きに
着替え、子竜たちが寝る支度を整えるのを見ていたマシェルは、その小さな音に振り向いた。

「はーい? ・・・こんな時間に誰かな。」

返事をし、玄関へ向かいかけたマシェルの裾をナータが引き止める。

「何? ナータ・・・」
「だめだ・・・行くな。」
「だめだ・・・って、どうしてさ。急病人とかだったら・・・」
「ちがう。」
「でも・・・。」

とナータの方を見たマシェルは、ナータがいつもに増して真剣な瞳で自分を見つめているのに気が
付いた。

「・・・ナータ?」
「お前のいるべき場所はここだ。・・・夢の中じゃない。」
「・・・?」

他の子竜たちは、訳が分からずぽかんとした表情でマシェルとナータのやり取りを聞いている。しばらく
マシェルは迷っていた様子だったが、やがてにっこりするとナータの前にしゃがみこんだ。

「分かったよ、ナータ。僕はここにいるから・・・。」

その言葉を聞いて、普段滅多に見せない安堵の表情を浮かべると、ナータはようやくマシェルの
寝巻きの裾から手を離した。ふとマシェルが玄関を見やると、ドアの前にあった人の気配はいつの
間にか消えていた。

(何だったんだろう、さっきのは・・・)

「ねえマシェル、どうしたの?」
「え? ああ、何でもないよ。じゃあみんな、おやすみ・・・。」
「おやすみ!」
「おやすみなさい。」
「・・・・・・。」
「ほら、ナータも。」

サータの問いかけに、子竜たちの方に向き直るとお休みの挨拶をするマシェル。元気良く返事をする
子竜たちの中で、いつものように一人だけ黙り込んでいたナータをタータがつつく。

「・・・おやすみ。」
「うん、おやすみ。」

困ったような顔で渋々呟いたナータに、そして他の子竜たちに満面の笑顔で応えるマシェル。
それは、ありふれた・・・しかし貴重な、日々の幸せな一場面だった。


  *


それは、誰もが空を見上げた日。
その人なりの奇跡は、確かにそこに存在した。


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