再会    2 

 −2−

(・・・?)

ふと、闇に沈んでいた庭園の木陰で、何かが煌いた気がした。それに気付いたトレントは、
バルコニーの手摺から身を乗り出した。
月明かりの下、彼の目に映ったものは小さな人影だった。よろめくような足取りで木陰から出て、
月の光に照らされたその姿を目にした瞬間・・・トレントは身を翻すと自分の居室に駆け込んだ。
そのまま廊下へ出ると、突き当たりにある螺旋階段を大急ぎで駆け下りる。途中で出会った侍中や
不寝番を務める衛兵の制止の声も無視し、トレントは夜の庭園へと飛び出していった。
まさか。そんなはずはない。そう何度も心の中で否定の言葉を呟きながらも、期待に胸が打ち震える。
庭園に通じる小路に立ったトレントは、彼方に先程の人影を認めた。

「ライラー!!」

大声で叫びながら、庭園の中央に向かって走る。その声に、月明かりに照らし出された人影が、
ゆっくりとトレントの方を振り向いた。駆け寄ったトレントは、有無を言わさず相手を抱き締めた。

「トレント・・・?」
「ああ、そうだ・・・僕だよ、ライラ!」
「ああ・・・やっと、逢えた・・・」

トレントの腕の中で微笑んだアルファライラは、トレントに向かって震える手を差し伸べた。その様子に、
トレントは相手の異常に気が付いた。

「ライラ! もしかして、君・・・目が・・・!?」
「コーセルテルを出て、随分になるの・・・。その間、力を・・・得られなかったから・・・」
「僕の・・・僕のせいだ!!」

精霊は、司る場所を離れれば長くは存在できない。そして、時が経つにつれ・・・その五感を少しずつ
失っていくのだ。アルファライラの体が衰弱し切っていることに気が付き、トレントは愕然とした。

「でも、どうして・・・どうしてこんなことを!!」
「トレントは・・・あの日、おらに・・・言った。・・・おらに、言うことがある・・・と。」

荒い息の下、それでも微笑みながら・・・アルファライラは一言一言をはっきりと口にしていった。

「それを、ただ一言・・・あなたの口から・・・聞きたかった。・・・だから・・・」
「言う! 今ここで言う!! だから、ライラ・・・消えないでくれ!!」

相手の言葉を途中で遮ると、トレントは大きく息を吸い込んだ。アルファライラに向かって叫ぶように
言う。
本当は、輝くような笑顔で言いたかった言葉。しかし、自らの頬を伝う涙を、トレントは止めることが
できなかった。

「君を、愛している! あの日、本当は・・・そう言うつもりだったんだ!!」
「おらの・・・ことを・・・?」
「ああ、そうだよ! この世の誰よりも・・・愛してるって!!」
「ああ・・・。・・・ありがとう、トレント・・・」

光を失ったアルファライラの瞳から、涙が一筋その頬を伝って流れ落ちた。

「そうだ!! 水の力があれば、君は元に戻れるんだろう!? 待ってて・・・今・・・!」

泣き笑いの表情のまま、トレントは自らの水竜術を発動させた。虚空から生み出された清らかな水が、
見る間にアルファライラの全身を潤していく。月明かりの下、飛び散った滴に無数の虹がかかった。

「嬉しい・・・トレントの、・・・トレントの・・・」
「そうさ、竜王イリュアスの作り出した水さ! 世界で一番、力のある水なんだからね! すぐに、
元気に・・・」

「ありがとう・・・。でも・・・もう・・・」
「ダメだ、ライラ! 逝かないでくれ!!」
「もう・・・これ・・・で・・・」

トレントの腕の中でにっこりと微笑んだアルファライラは、最後の力を振り絞るようにしてその上体を
僅かに起こした。トレントに向かって、消え入るような声で呟く。

「おらも・・・、・・・あい・・・し・・・て・・・」

しかし、その言葉の終わらぬうちに、アルファライラの体はその場からふっと消え失せた。トレントが
贈った髪飾りが、とさり・・・という音を立てて夜露に濡れた草の上に落ちる。

「―――――ッ!!」
「陛下・・・何事でございますか!!」

騒ぎを聞きつけた廷臣たちが、このときになってやっとその場に駆け付けてきた。宮廷に詰めている
衛兵たちにも招集がかかったらしく、辺りは物々しい雰囲気に包まれた。

「陛下・・・お気を確かに!!」

跪くような格好でその場に座り込んでいたトレントは、やがてゆっくりと立ち上がった。背後で自分の
ことを心配そうに見守る廷臣たちの方は振り返らずに、静かな声で言う。

「・・・宮廷には、確か建築関連を担当している者がいたな。」
「はい。それが、何か・・・?」
「明日の朝一番で、宮廷に出仕するよう使いを立てよ。 この庭園に、大きな泉を造らせる。」
「へっ・・・陛下! そのようなご無理を・・・」
「言うな!! これが、僕の・・・最初で最後のわがままだ!!」
「陛下・・・。」

途中から肩を震わせていたトレントは、この時になって初めて大きな声を出した。そのただならぬ
様子に、顔を見合わせていた廷臣たちも気圧されたように頷いた。

「はっ・・・かしこまりました! ですから、陛下もお早く部屋に戻られますよう・・・」
「今、行く・・・。」

足元に落ちていた髪飾りを拾い、それにそっと口付けする。
幸せだったあの日。でき得るならば、これは自分の手で彼女に渡したかった。しかし、それはもう
叶わぬ望み。それならば―――――
トレントは、月を見上げた。涙で滲んだ目で見る月は、まるで暈がかかっているようだった。

(・・・・・・)

明日からは、また雨だろう。髪飾りを握り締めたトレントは、何となくそんなことを思った。


はしがき

再会というか、別れというか・・・。当初は、トレントの水竜術で元気になったアルファライラが数年間は
宮廷で共に暮らす・・・という話の予定だったんですけど、気が付けばこんな結末に(苦笑)。