事情    2 

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「一年は十二ヶ月あるけど、長い月と短い月が交互に来るわよね。その理由は分かる?」
「二つの月の、みちかけの長さが違うからでしょ? この前話してもらったよ。」
「そう言えば、そうだったわね。それでね、この月の長さみたいに、曜日の決め方にも決まりがあるの。
二つの月・・・イルベックとコーセルテルが満月になる、風竜の月五日が“葵風”になるようにして
曜日を決めているのよ。だから、例えば命竜の月一日はいつも水曜日になるのね。」
「きふう?」

耳慣れない言葉に首を傾げるヴィアンカ。その様子に、ウィンシーダは額をぱちんと叩いた。

「ああ、そっか。今は、これは一般では使わなくなった言葉なんだっけ。」
「ねえママ、その“きふう”ってなんのこと?」
「昔はね、今とは少し曜日の決め方が違っていたのよ。・・・ヴィアンカは、竜って知ってる?」
「うん! この本にも出てきたよ! すっごい大きな動物で、人間を食べたりするんでしょ?」
「それは、物語の中の話よ。実際の竜はそんなことはしなかったみたいよ。」
「え!? じゃあ、竜って本当にいたの!?」
「そうよ。今でも、その竜たちが残した遺跡にママやパパはよく行ってるんだし・・・ママが大学で研究
している古代文字も、元々は竜が作ったものだって言われているんだから。」
「へえ・・・竜って、すごいんだなあ。」
「・・・それで、その竜には全部で七つの種族があったの。“天の二竜”である暗竜・光竜と、“地の五竜”
である火竜・風竜・水竜・木竜・地竜ね。」
「火竜、風竜、水竜・・・あ!」

指折りしていたヴィアンカは、ここでばっと顔を上げた。

「もしかして、今の曜日って!」
「そうよ、今の火・風・水・木・土という曜日は、そもそもこの“地の五竜”の種族の名前から取られたもの
なのよ。」
「でも、暗竜と光竜は・・・? その曜日はないの?」
「そっちは、週の名前になっていたのよ。週には表と裏があって・・・表の週が光竜、裏の週が暗竜に
対応していたのね。それぞれの曜日の呼び方も今とは違って、表の週は赤火・葵風・青水・緑木・
黄土、裏の週は紅炎・紫空・藍海・翠森・金地。この十日間で一まとまりだったの。・・・今の一週間は
五日だけど、それは正式な暦を簡単にしたものなのよ。」
「ふーん・・・」

初めて聞く言葉の洪水に、途中から口をぽかんと開けていたヴィアンカは、ここで気を取り直したように
ウィンシーダに向かって尋ねた。

「それで、さっきの“月曜日”は? どこに出てくるの?」
「そうだったわね。・・・今は一年が正確に三六〇日だけど、昔は実はそうじゃなかったみたいなのよ。」
「えーっ!? うそ!!」
「遺跡で発見された文書を解読してみたらね、どうも十日くらいは今よりも一年が長かったみたいなの。
だけど、使っていた暦は今のものと同じ・・・ってことになると、毎年半端な日が出るでしょう? それを
放っておくと季節がどんどんずれていっちゃう。」
「うん。」
「だから、その半端な日を時々“閏日”として暦に入れる必要があったの。それが月曜日。表の週に
入るときは白月、裏の週に入るときは銀月という呼ばれ方をしてたみたい。」
「ふーん。・・・でも、なんで一年の長さが変わったのかなあ。」
「そうね・・・。これは、まだ証明されたことじゃないんだけど・・・」

ここで、ウィンシーダはヴィアンカに向かっていたずらっぽく笑いかけた。

「さっき言った“天の二竜”はね、この星の外に出ることができたらしいの。」
「星の・・・外?」
「そうよ。この空のずっとずっと向こう・・・宇宙って呼ばれているところにね。光竜なんか、月に住んで
いたって言われてるくらいなの。」
「月に!?」
「そうよ、それについて描かれたんじゃないかっていう壁画も発見されているんだから。・・・それで、
この暦のことだけど、一年が正確に三六〇日になっていた方が何かと便利でしょう。半端な日のことを
考える必要もないし・・・だから、暗竜たちが力を合わせてこの星や月の動き方を変えたんじゃ
ないかって。この前、ママの大学でそう言ってた人がいたわ。」
「そんなことが、本当にできたの?」
「本当のところは、分からないんだけどね。だけど、この暦に“真竜暦”って名前がついてるところを
みると、もしかしたらそうかも知れない・・・って思ってみるのも、悪くないと思わない?」
「男のロマンってやつ?」
「あら、パパの受け売り? ・・・言っておきますけど、女にもちゃーんと“ロマン”はあるんですからね。」

いかにもランバルスの言いそうなことだ。ヴィアンカの言葉に、ウィンシーダはにっと笑ってみせた。

「ところで、ヴィアンカ。・・・さっき“何をしても起きない”って言ってたけど、一体パパに何をしたの?」
「大声出したり、いろんなところをつねったりひっぱったりしたの。・・・でも、どうしても起きないから・・・」
「?」

ヴィアンカはランバルスのベッドの傍らへ歩み寄ると、その布団をめくる。そちらに目をやったウィン
シーダは、思わず吹き出した。

「何それ・・・ヴィアンカが描いたの?」
「うん!」
「ひどいわ・・・あはは、傑作ね!!」

どうやら、ヴィアンカがその寝巻きを脱がせたらしく、ランバルスは尻を丸出しにして寝ていた。
それだけでも滑稽なのに、ご丁寧にそこには鮮やかな赤で大きく落描きがしてあったのだ。何で
描いたのか知らないが、ランバルスが起きたらさぞかし大騒ぎになるだろう。

(・・・って、・・・・・・・・・まさか!!)

ひとしきり大笑いをしていたウィンシーダは、ここである可能性に思い当たった。慌てて二人のベッドの
間を覗き込む。測らんかな・・・そこに落ちていたのは、ウィンシーダのとっておきの口紅だった。

「ヴィアンカ!」

母親の様子が変わったことに気付いていたヴィアンカは、既に寝室の入り口まで逃げていた。

「あなた・・・私の口紅使って落描きしたの!? これじゃ、もう使えないじゃないの!!」
「でもママ、口紅なんてほとんど使わな・・・」
「それとこれとは話が別!! あーもうどうしてくれるのよ、この口紅高かったのに!!」
「きゃー、ごめんなさいっ!!」
「こらっ、待ちなさい!!」

本を抱えて逃げ出したヴィアンカを、寝巻き姿のウィンシーダが追いかける。当のランバルスが起き
出してウィンシーダの予想通りの“大騒ぎ”が巻き起こるのは、このさらに一時間後のことである。


はしがき

「絵巻物」で使用している暦について書いてみました(詳しくは「用語辞典」の「真竜暦」の項を参照)。
土曜日が休日なのは、もちろん「知恵の竜の日」(=この日は家で勉強しましょう、ってこと(笑))だから
です。