記念日
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何気なく窓に目をやったグレーシスが、手にしていた紅茶のカップをテーブルに置いた。
「おや・・・どうやら、雨も上がったようですよ。そろそろ、行きませんか。」
「ええ。」
「・・・そうだな。」
グレーシスが立ち上がる。それにつられるようにして、パルムとヒューも席を立った。
三人で連れ立って、庭園へと出る。季節は晩秋であり、雨上がりであることも手伝って少し肌寒い。
小さく身震いしたヒューに向かって、パルムがからかうような口調で言った。
「もう、そんな格好しているからよ。いい加減諦めて、長老たちの着てるようなローブにしたら?」
「うるさい。オレは、これが気に入ってるんだ。・・・大体、あんなもん着せられたら飛ぶのが大変じゃ
ないか。」
「思えば、ユーニスもひらひらした服は嫌いだったもんね。似たもの夫婦・・・って、よく言ったものね。」
「だろう?」
庭園の南東。かつてユーニスが幾多の休日を過ごした木陰に、今は小さな墓標が立てられていた。
彼女が生前愛用していた、剣を模った術杖。それが、小さな石の台座の上に安置されている。柩に
収められた本人は、この下に眠っていた。
「おや・・・。どうやら、先客がいたようですよ。」
一足先にその前に立ったグレーシスが、後から歩いてきた二人を振り返ると微笑んだ。
墓標の前には、一輪の花が供えられていた。濃い桃色の花びらは、南国特有のものだ。木竜である
パルムが、すぐにその名前を口にする。
「ブーゲンビリアね。・・・そっか、アミアンからか。」
「パルム・・・お願いします。」
「ええ。分かってるわ。」
頷いたパルムは、胸ポケットから一粒の種を取り出すと目を閉じた。
次の瞬間、虚空から淡い朱色の花が現われた。見る見るうちに、それはグレーシスの腕の中に積み
重なっていく。
ノウゼンカズラ。ユーニスの誕生花である夏の花で、本来は今時期には見られないものである。
グレーシスが抱えた花を墓前に供え、そのまま三人は黙祷を捧げた。
(ユーニス・・・)
毎年、こうして三人でユーニスの「墓参り」に赴くたびに、ヒューの胸中を複雑なものが過ぎるの
だった。
ユーニスの最期を看取ったのは、グレーシスとパルムだったという。あの日は公務で宮廷に
いなかったのだから仕方なかったとは言え、ユーニスの死に目に会えなかったことはやはり
悔やまれる。できれば最期は、夫である自分が言葉を交わし、その顔を見守ってやりたかったと
思うのだ。
「・・・では、戻りましょうか。」
「ああ・・・そうだな。」
墓前に跪いていたグレーシスが立ち上がる。頷いたパルムとヒューは、踵を返すとゆっくりと宮殿への
道を戻り始めた。
しばらく行ったところで、ふと人の気配を感じた気がしたヒューは、後ろを振り返った。
(な・・・)
ヒューの目に映ったのは、墓前に供えられた花が風に運ばれて空へと舞い上がっていく光景だった。
今でも、ユーニスの子竜たちの同調術によって作られた“聖域”は健在であり、本来はあの木陰を風が
吹き抜けることはないはずなのだ。
「おい、あれ・・・!」
驚いたヒューは、大声を出すとその様子を指差した。しかし、とっくに異変に気付いているはずの
二人は、振り返ることなく歩いていく。
あの花は、一体どこへ運ばれていくのだろう。彼女の故郷だった北の地へか、彼女の憧れだった
南の地へか。それとも・・・今は世界中に散らばっている、かつて彼女が愛した者たちの許へだろうか。
(・・・大丈夫、まかせとけって!)
しばらくの間呆然としていたヒューは、やがてにやりと笑った。
彼女と作ったこの国。それを生かすも殺すも、これからの自分にかかっている。・・・ユーニスと再会した
暁に、胸を張って報告できるように。恥ずかしい思いをしないで済むように、全力を尽くさなければ。
小さくガッツポーズを決め、グレーシスとパルムの後を追う。その背後に、この季節には珍しい虹が
かかった。
はしがき
『約束』のはしがきで触れた「その後」の話です。ユーニスの子竜たちは、その死後国中に散らばって
いったんですね。