喧嘩!  1   

喧嘩!


 −1−

「古来より、責任ある立場の者は由緒あるローブと相場が決まっておる! そのように、
普段着に毛の生えたような恰好で宮殿をうろうろするなど・・・一体貴様は何を考えて
おるのじゃ!! 大概にせい!!」

「バカ言うなよ!! そんなもん着てたら、気軽に術が遣えなくなるじゃねえか! いつも地面に
へばりついてるあんたら地竜とは違うんだよ!!」

「何じゃとお!? もう一度言ってみい!!」

フェスタの宮殿には、いくつかの“名物”がある。
預かった子竜を抱えて宮殿内を歩き回る、竜王の竜術士ユーニスの姿もその一つ。そして、彼女の
竜術の師のうちの二人・・・地竜族の長老であるデュラックと、風竜のヒューによる“喧嘩”もその一つ
だった。もちろん、ユーニスの場合と違ってこちらには微笑ましさの欠片もない。

「悔しかったら、あんたも一度空を飛んでみるんだな! そうすりゃ、そのビラビラしたローブが
どんなに邪魔かわかるだろうよ!!」

「減らず口を叩きおって!! 全く・・・貴様ら風竜はいつもこうじゃ!! 軽いのは尻だけかと
思えば、頭もか!?」

「なんだと!? 聞き捨てならねえな!!」

顔を触れ合わんばかりに近付け、唾を飛ばして罵り合う様はまさに“壮絶”という形容こそが相応しい。
自らの喚き声が、廊下はおろか大広間の中まで響いていることにもお構いなしだ。
二人の言い争いに対する、周囲の反応は様々だった。眉を顰め、難を避けようと踵を返す者。二人の
様子を指差して小さく笑う者、呆れたように肩を竦めて立ち去る者。ただ一つ共通していたのは・・・
二人の“喧嘩”を誰も止めようとしないことだった。

「かーっ、この小僧めが!! 日がな一日ふらふらと飛び回りおってからに、気付かんうちに
頭の中身をどこぞに落としておるのだろう!! 一度、医者に見てもらったらどうじゃ!」

「この、クソジジイめ!! そっちこそなあ、いい加減そのコチコチの脳ミソにカビでも生えて
るんじゃねえか!? 医者がいるとしたらそっちだろ!!」

「何じゃと!?」
「なんだよ!!」
「ちょいと!!」

今にも掴み合いを始めんばかりの様子だった二人が、ばっと振り向く。
そこに立っていたのは、腕組みをしたガレシャだった。火竜族の長老の一人であり、二人と同じく
ユーニスの竜術の師でもある。

「いい年した大人が、真っ昼間から喧嘩かい。恥ずかしいと思わないのかい!?」
「で・・・でもよ、ガレシャ。これは、じいさんの方から難癖を・・・」
「ヒュー!」
「あでっ!!」

がつん。
口を尖らせたヒューの頭を、ガレシャは拳骨で派手に引っぱたいた。

「な・・・なにすんだよ!」
「あんたも懲りないねえ! 年長の者には敬意を払い、その言葉には素直に耳を傾けるもんだ。それが
世間の常識ってもんだよ!」
「けどよ―――――」
「ほら、今日は竜術の授業の日だろうが。庭園でユーニス様がお待ちじゃないのかい。」
「え? ・・・あ、やべっ!!」

ガレシャの言葉に我に返った様子のヒューが、慌てて駆け去っていく。その後姿を苦々しげに眺めて
いたデュラックが、盛大に溜息をついた。

「全く、近頃の若い者は・・・。」
「デュラック、あんたもだよ。大人気ないとは思わないのかい。」
「何じゃと? 儂はただ、あやつの余りに型破りな恰好を注意しようと―――――」
「あれが注意って代物かね。それならそれで、やり方ってもんがあるだろう? こんなところで人目も
憚らず大声で罵り合うなんて、二百歳を超えた長老のすることじゃないだろう。」
「しかしだな―――――」
「卵から孵りたての子竜じゃあるまいし。若さをアピールしたいなら、もっと他の方法で頼むよ。」
「あ・・・おい!」

言うだけ言ったガレシャは、デュラックの返事も聞かずすたすたと歩き出した。赤い顔でその後姿を
見送っていたデュラックは、ややあって自らの仕事場へと向かうべく踵を返したのだった。


喧嘩!(2)へ