喧嘩!
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(全く・・・けしからん!)
自らの持ち場である書庫。カウンターの内側に座り、新たに持ち込んだ本を目録に留めながら、
デュラックは心の中で毒づいた。
書庫は本殿一階の南側に位置している。蔵書こそ多いが、仕事を除くと趣味のために本を借りに
わざわざここへ足を運ぶ者は稀であり、その内部は常に閑散としていた。どちらかと言うと、本を
貸し出す“図書館”としての機能よりは、本を保管する“保管庫”としての機能を果たしているのだ。
(それもこれも・・・全てあやつのせいじゃ!!)
手慣れた作業のはずだったが、気が昂ぶっているせいかその効率は極めて悪かった。苛々は募る
ばかりで、おいそれと収まりそうにない。
「・・・デュラック様。」
「何じゃ!!」
噛み付きそうな勢いで怒鳴ったデュラックは、ばっと顔を上げた。その目の前に、どさり・・・という音と
共に大量の本が積み上げられる。カウンターの前に立っていたのは、まだ年端も行かない子竜
だった。
地竜ヴィスタ。竜王の竜術士ユーニスの四番竜として、一年前に彼女に預けられた女の子である。
「今日は、この本をお借りしたいのですが。」
「・・・・・・。」
書庫にある本の帯出手続きは、その管理を受け持っているデュラックの担当だった。憮然とした様子
ながらも手続きにかかったデュラックに向かって、カウンターの傍にある椅子にちょこんと腰掛けた
ヴィスタが口を開いた。
「デュラック様。また、ヒュー様と言い争いをされたのですね。」
「何? そのような話、どこで・・・」
「あれだけの大声を出されているのですよ? その気がなくても、周囲にいる者の耳には否応なく
入ってしまいます。」
「・・・・・・。」
「そうでなくても、風竜は聞き耳が得意です。長姉のエリカなど、お二人の真似をしては小一時間笑い
続けていましたよ。」
「うるさいわい。あやつが、あまりに強情じゃから・・・」
苦々しげにこう口にしたデュラックに対して、ヴィスタが小首を傾げた。
「なぜですか。なぜ、ヒュー様のことにそれほど拘られるのです。」
「どういう意味じゃ?」
「この宮殿には、ヒュー様の他にも多くの風竜の方がいらっしゃいます。しかし、デュラック様が他の方と
言い争いになったという話は、これまで聞いたことがありません。」
「決まっておろう。あやつの言動、そして装いが他の風竜たちに比べて飛び抜けて軌を逸しておるから
じゃ。そのままにしておけば、宮廷の風紀にも乱れが出よう。」
「そうでしょうか。確かに、ヒュー様には品位に欠ける言動が見られることもありますが、ユーニスに
対する術の手解きは確かなものです。多少言動や装いに個性が出ていても、それは枝葉末節のことと
して許容されるべきではありませんか?」
「それが甘いのじゃ! 仮にも、竜王の竜術士に竜術を授けるために一族からただ一人選ばれたの
じゃぞ? 言わば、種族を代表すると言っても差し支えない。・・・そうした立場の者は、自らの責任の
重さを自覚し、それに相応しい態度をとるべきであろう。」
「しかし、それはデュラック様のお考えでしょう。それをそのままヒュー様に押し付けることには、無理が
あるとは思われませんか。」
「・・・・・・。」
デュラックは、ヴィスタのこの問いには答えなかった。帯出のための手続きを終えた本の山を脇に
よけると、改めてヴィスタに向き直る。
「それはそうと。そなたの術士、ユーニスのことじゃがな。」
「はい。ユーニスが、どうかしましたか?」
「滞りなく、ユーニスの周囲には目を配っておるのじゃろうな。不審な言動に気付いたことはないか?」
「・・・・・・。それは、どういう意味でしょうか。」
「そなたも知っておろう。そなたの師、ユーニスは今極めて重要かつ微妙な立場におる。」
ヴィスタが、強い光を帯びた瞳でデュラックのことをじっと見つめてくる。
臆することなくその視線を受け止めながら、デュラックは努めて冷静に言葉を継いだ。
「ユーニスをこの地に迎えるに当たって、最後まで我等地竜族は反対の姿勢を貫いた。この宮廷でも、
また里においても・・・人間であるユーニスのことを未だに白い目で見ている者も多いのじゃ。その
理由は、そなたもよく存じておろう。」
人間であるユーニスを「竜術士」として宮廷に迎えるか否か。最後まで反対の姿勢を崩さなかった
のが、地竜及び暗竜の二つの種族だった。元々他者との交わりを拒む傾向にある暗竜族とは異なり、
このときの地竜族には「前里長の人間による殺害」という、人間を敵視する明確な理由があったので
ある。
「当然、我等からも子竜をユーニスに預けなければならぬと決まった際には、一族の議論は沸騰した。
しかし、今更子竜を預けぬ・・・という選択などできようはずもない。それは、真竜族内での孤立を
意味するからの。・・・結局、苦肉の策として、“人間である竜術士を監視するため”という理由で、
そなたの両親を・・・そして里の皆を納得させるしかなかったのだ。」
「・・・・・・。」
「ヴィスタよ。そなたは、こうしてユーニスに最も近しい地竜となった。事実、儂もユーニスのことに
ついては一抹の不安を覚えておる。・・・ユーニスのことを見張り、必要があればそれを我等に報告
するのが、そなたの当然の義務ではないか。」
「デュラック様。」
デュラックの言葉を遮るようにして、強い調子でヴィスタが言った。
「これだけは、はっきりと申し上げておきますが・・・」
「う・・・うむ。」
「私は地竜族の一員である前に、竜王の竜術士ユーニスの四番竜です。それは私の誇りであり、私の
全てです。・・・何かあれば、私はユーニスを守るために自らの身を擲つでしょう。例えそのために、
デュラック様を初め・・・一族全てを敵に回すことになっても。」
「・・・・・・。」
「そしてこれは、私の兄弟姉妹たちも同じはずです。滅多なことは、仰らないでください。」
デュラックの目を真正面から見据え、ヴィスタははっきりとこう言い切った。その瞳に宿った強い光は、
その言葉が紛れもない真実であることを物語っていた。
(ヴィスタよ・・・それほどまでに、ユーニスのことを・・・)
先に目を逸らしたのは、デュラックの方だった。決まり悪そうな様子のデュラックに向かって、小さく
溜息をついたヴィスタが言った。
「デュラック様。いい加減、認められたらいかがですか。」
「認める? 何の話じゃ。」
「確かに今、ユーニスが極めて微妙な立場にいることは、間違いないでしょう。そんな中、ユーニスが
奇抜な恰好や言動をとるようになれば、私たち地竜族の反感を必要以上に買うことになります。
真竜族の国・・・このフェスタを現在のような形に整え、それを維持してくるに当たっては、私たち
“知恵の竜”、地竜族の力が大きかったと言われています。そんな私たちを敵に回すことは、
ユーニスにとって決して得策ではありません。」
「それは、その通りじゃな。じゃが、それと今の話とは―――――」
「ですから。ヒュー様の素行に目を光らせているのは、そこからユーニスが悪い影響を受けないように
するためなのだと。そのために、ユーニスが宮廷で孤立しないか心配なのだと・・・そうお考えなので
しょう?」
「なっ・・・な、何を―――――」
図星を指されたデュラックは、顔を真っ赤にした。慌てて否定の言葉を口にしようとしたところへ、
ヴィスタが追い討ちをかける。
「デュラック様は、私たち地竜族と、人間である竜術士たちが円満な関係を築かれることを望まれて
います。そのために、自らが憎まれ役になられることも厭われていません。・・・ヒュー様の一件は、
その一つなのでしょう?」
「なっ・・・何を申すか! わっ・・・儂はただ、あの若造が気に食わんだけじゃ!!」
「・・・そうですか。では、そういうことにしておきます。」
腰掛けていた椅子から飛び降りたヴィスタは、カウンターの前に立った。デュラックを見つめる瞳には、
いたずらっぽい光がある。
「私から申し上げるのも何ですが・・・。もう少し、素直になられた方がいいと思いますよ。ユーニスにも、
ヒュー様にも。」
「―――――ッ!!」
「では、失礼いたします。」
ぺこりと頭を下げたヴィスタは、山のような本を抱えて書庫を出ていった。
「・・・どうやら、おまえの完敗のようだな。」
書庫の入り口の方を向いたまま立ち尽くしていたデュラックに、笑いを含んだ声がかけられた。
カウンターに程近い書架の陰から姿を現したのは、木竜のジルフェだった。木竜族の長老の一人で
あり、ユーニスの木竜術の師でもある。
ばつの悪そうな顔になったデュラックが、自分の椅子に腰を下ろした。
「聞いて・・・おったのか。」
「ああ。最初から最後まで、じっくりとな。・・・おまえを言い負かすとは、将来が楽しみな子じゃないか。」
「相変わらず、人の悪い奴じゃの。」
「まあ、そう言うなって。」
にやりと笑ったジルフェが、手にしていた本をカウンターの上に置いた。そのタイトルを目にした
デュラックが、軽く眉を上げる。
「全く・・・。毎度、どこからこのようなものを掘り出してくるんじゃ。」
「そうだな。ま、敢えて言うなら“木竜の勘”といったところか。」
「・・・・・・。」
苦笑いを浮かべたデュラックが、帯出の手続きにかかる。その様子を眺めていたジルフェが、何気なく
言った。
「そんな本でもさ。それが今ここにあるってことは・・・昔、この本をこの書庫に持ち込んだ地竜が
いたってことだろ。」
「・・・何が言いたい?」
「同じ地竜でも、“変わり者”はいるってことだよ。それは、他の種族でも同じだろ。」
「・・・・・・。ジルフェよ、もしやそれは・・・ヒューのことを申しておるのか?」
「別に。ただ、あまり青筋ばかり立てていても、仕方ないんじゃないか? あの子の台詞じゃないが、
もうちょっと素直になったらどうだ。」
「ふん! 要らぬ世話じゃ!!」
鼻を鳴らしたデュラックが、ジルフェの胸に本を押し付けた。
「あんたももう、いい歳なんだからな。あまり興奮ばっかしてると、ある日ぽっくりいっちまうぜ?」
「うるさい! さっさと去ね!」
「わかったわかった。じゃあ、またな。」
得意のにやにや笑いを浮かべたジルフェは、小さく手を振ると書庫から出ていった。その後姿を一瞥
したデュラックは、小さな溜息をつくと椅子に座り直した。
「皆して、勝手なことばかり抜かしくさって・・・」
唇から、小声のぼやきが漏れる。しかし、その横顔は・・・言葉とは裏腹に満更でもなさそうだった。
はしがき
今まで名前だけの登場だった、地竜デュラックの話を書いてみました。
こういう不器用なキャラクター、個人的には大好きです(大笑)。