お買い物  1   

お買い物


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町の大通りは、人で溢れていた。外見は年齢や服装からして様々であり、真竜族であるロッタルクや、
魔獣族と人間族とのハーフであるレティシアが通りを歩いていても何の違和感もない。・・・敢えて付け
加えるならば、その多くがどことなく殺伐とした雰囲気を漂わせている。
きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回していたレティシアは、やがて感に堪えないといった様子で口を
開いた。

「しかし・・・すごい人出じゃな。」
「そうか? でも、ラトランドだって大きな町じゃないか。・・・ひょっとして、城下町には行ったこと
ないのか?」
「馬鹿にするな、当然あるに決まっておろう! ・・・じゃが、これほどの賑わいではなかったのう。」

ロッタルクのからかいを含んだ言葉に、レティシアは口を尖らせた。しかし、その目は通りの両側に
ずらりと並んだ店に釘付けになったままである。

この日、ロッタルクとレティシアはオノトア島の島都、ダイルートを訪れていた。
ナーガ諸島は、六つの島で構成されている。その島々と、北大陸の一部であるアヴォリア半島が、
水竜王イリュアスによってフェスタの保護領とされてから既に千年以上が経っていた。
「保護領」という名目の通り、ナーガ諸島についてイリュアスは積極的な統治を行おうとはしなかった。
各島の中心都市である“島都”に王国からの監察官を配置するに止め、元からあった行政組織の
自治に任せたのである。
結果的に、この方針が図に当たった。交易のために世界中からナーガを訪れる人々によって、通常の
税の代わりに貴重な“情報”や“技術”がフェスタにもたらされることになったのである。そうしたものが、
フェスタが世界の半分以上を統治するのに大きく役立っていた。

「しかしのう、ロッタルクよ・・・」
「おい、レティシア。その名前は人前では呼ぶなって言ったろう?」
「ああ、済まぬ・・・つい。」
「一応、オレは王国を脱走した元竜王なんだからな。素性がバレたら色々と面倒だ。」
「真竜族も、面倒なことをするものよ。名など、生まれたときから一つあれば良い。そうではないか?」
「まあ、そう言うなって。」

南北両大陸の狭間に位置し、また周囲を海で囲まれているという立地条件から、昔からナーガ諸島
では種々の交易が盛んだった。いつからか、例え自らの出身国やその種族同士が戦争をしている
場合でも、ここではそのことを持ち出さない・・・という暗黙の了解もできている。
その中の一つ、火の縁の地と言われるこのオノトア島の目玉は、武器を初めとした金属製品だった。
それを求めるためにこの島に足を踏み入れる各国軍関係者、冒険者の類も多い。通りにはそうした
商品を扱う店が並び、加えて島を訪れる人々を当てにした宿屋や酒場といったものもちらほらと
見受けられる。

「ところで、おぬしの言っておった店には・・・まだ着かぬのか?」
「ああ、もう少しだ。あの角を曲がって、五分くらいかな。」
「そうか。今から、楽しみじゃのう。」
「でも、あんたのお望みのものがあるとは限らないぞ?」

二人が南大陸を後にしてから既に一月。自らに必要なものとして、レティシアが一つだけ拘ったものが
「武器」であった。
レティシアはその出自からか、全く魔獣術を使うことができなかった。確かに、護身のためにも何か
手頃なものを手に入れる必要がある。・・・こうして意見の一致を見た二人は、レティシアの初めての
「お買い物」のためにこの島を訪れることにしたのだった。


  *


「えーと・・・あったあった。ここだ。」

大通りを外れ、細い路地に入る。奥まった一角に、目立たない佇まいの小さな建物があった。外見は
みすぼらしく、武器屋であることを示す看板も出ていない。

「・・・本当に、ここなのじゃろうな。」
「心配するなって。・・・おう、邪魔するぜ。」

にやりと笑ったロッタルクは、先に立って建物の中に入っていった。後から、心配そうな表情を浮かべた
レティシアがそれに続く。
店内は薄暗かった。ロッタルクの訪いの声に、店の奥から中年の男が姿を見せた。立派な髭を蓄えた
長身の相手は、ロッタルクの姿を見ると僅かに驚いたような表情を浮かべた。

「おや、これは・・・誰かと思えば竜王様ではありませんか。」
「おい、シェバ。その“竜王様”はやめてくれ。・・・オレが竜王を辞めたことくらいは知ってるんだろう?」
「はい、それは存じております。グレイス様が後を継がれたとか・・・ですが、私にとっての竜王は
ロッタルク様、あなたしかおりません。」
「参ったな・・・。ああ、レティシア・・・こいつはシェバといってな。一時期、オレたちのために王宮で
武器を作ってくれてたことがあってな。一応、オレの武術の師でもある。」
「・・・レティシアと申す。よろしく。」
「ほう・・・これはお美しい方だ。私はシェバ・・・お近付きになれて光栄です。」
「・・・ッ!!」

シェバの言葉に、レティシアは耳まで真っ赤になった。故国で、魔獣族としては不細工だと言われて
育ったためか、面と向かってその容貌を褒められるのにはまだまだ照れがあるらしい。そんな
レティシアを、ロッタルクはにやにやしながら眺めている。

「しっかしよう、シェバ。相変わらず時化たところに住んでるんだな。・・・お前ほどの腕があれば、どこに
行っても引っ張りダコだろうに。」
「ロッタルク様・・・私の性癖をご存知でしょう? 私は、自分の思うままに武器を作りたいのですよ。
人から色々と言われるのは、性に合いません。」
「ま、そうだな。お前が王宮を去ったのも、それが理由だったんだし・・・。」
「ところで、ロッタルク様。まさか、ここまで昔語りをするためにいらしたのではないのでしょう? 本日は
どのようなご用件で?」
「ああ、そうだったな。武器を見せてもらおうと思ってな。」
「ほう・・・これはどうした風の吹き回しで? 武術の鍛錬でよく音を上げられていたロッタルク様の
お言葉とも思えませんが。」
「抜かせ。オレのじゃないんだよ。」
「では、お連れ様の・・・?」

頷いたロッタルクは、シェバの視線の先・・・レティシアの方をちらりと振り返った。当の本人は、店の
中に所狭しと並べられている武器に目を奪われている。

「そうでしたか。では、護身用のナイフなど・・・」
「いや、槍だ。槍を見せてやってくれ。」
「は・・・? しかし、女性に槍などそうそう扱えるものでは・・・」

訝しげな表情を浮かべるシェバ。その時、二人に向かって店の反対側からレティシアが声をかけた。

「おい、ロッタルク。これは、何という武器なのじゃ?」
「それか? そいつは“斧”だ。」
「そうか・・・ふむ、なかなかよく切れそうじゃの。」

刃渡りが優に三リンクはありそうな、巨大な戦斧を片手で軽々と振り回すレティシア。その様子を、
シェバは唖然とした様子で見守った。

「な・・・何というお力の持ち主なのですか・・・。」
「な、分かったろ? ・・・あんな見かけだが、多分あいつはお前より強いぞ。」
「一体、あの方はどちらの出身なのです? 見たところ人間族のようですが・・・」
「それは言えないな。まあ、色々あるんだ・・・察してくれよ。」
「ほう。・・・もしかして、あの方はロッタルク様のこれですか?」

真面目な顔で、小指を立ててみせるシェバ。再びレティシアの方をちらりと振り返ったロッタルクは、
舌打ちをすると慌てた素振りで手を振った。

「んなこと、どうだっていいだろう。それより、早いとこ気合いの入ったやつを見せてやってくれよ。」
「承知いたしました。はてさて・・・あの様子では、普通の槍ではとても物足りないでしょうな。ご満足して
いただけるものがあるといいのですが・・・」


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