二人組    2 

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「それにしても・・・今日はまた、随分な剣幕だったな。」
「けっ。・・・おまえが向こうに行ってる間は、どうしてもこっちは不穏な感じになるからな。アタシが
あれくらいかましときゃ、他のやつらもすっきりするだろうさ。」
「・・・なるほどな。」

もう、夜も更けている。
部屋にいるのは二人だけ。小さな卓を挟んで、略装のアヤメの向かいに座っていたのは・・・誰あろう、
昼間帝の面前でアヤメのことを罵倒した丞相のカンナだった。
胡坐をかき、袖を捲り上げたカンナの様子に目をやったアヤメが苦笑する。

「しかしなあ、カンナ。・・・お前、酒が入ると地が出るのは相変わらずなのだな。」
「ふん、いいじゃねえか。こっちだってよ、これでも毎日涙ぐましい努力してんだからよ。・・・今でもさ、
陛下の前でしゃべるときは、時々舌かみそうになるんだぜ?」
「ふ・・・。昔から、お前は豪快な性格だったからな。」
「だからよ。たまにはこうやって、思いっ切り酒飲んだってバチは当たらねえだろ? それこそ、
おまえの前だけなんだしよ。」
「それにしてもだな。さすがにその量は・・・」
「うるせえ。そっちこそなんだ、んな甘ったるいリンゴ酒なんぞちびちび飲みやがって。・・・天下の春軍
大都督様がよお、実はちっと酒が入ると足腰立たなくなるなんて物笑いの種だと思わねえのか?」
「言うな。・・・私はどうも、酒というものが苦手でな・・・」
「ったくよ。・・・昔からな、大将ってのは豪傑で、“斗酒なお辞さず”くらいでちょうどいいんだろうが。
マジで“武官”が聞いてあきれるぜ。」
「・・・で、“文官”最高位の丞相のお前がこの性格、この酒量なのだからな。何やら私も、お互い役柄を
取り違えているような気がしなくもない。」
「だろ?」

手元の大杯を呷ったカンナが、にやりと笑う。

「んな話よりよ、歌会の様子を聞かせろよ。あんなこと言ってる手前、他のやつらの前じゃ聞くわけにも
いかねえし。」
「ああ、そうだな。」

頷いたアヤメは、何を思い出したのかくすっと笑った。

「歌会自体は、相変わらずのものだった。お互い軍人で、普段は歌詠みなどしない連中なの
だからな。・・・カンナ、お前に言わせれば、あれは正直“歌会ごっこ”の域を出ていないということに
なるだろうな。」
「ま、そうだよな。歌の出来についちゃ、ハナから期待はしてねえけどよ。」
「それでな。今回はちょっと毛色の変わった新顔がいたのだ。」
「へえ?」
「リュネル寒気団ってあったろう。・・・ほら、冬軍には珍しく女の団長が率いている・・・」
「ああ、覚えてるぜ。確か、酔っ払ったそいつとおまえが斬り合いしたこともあったそうじゃねえか。」
「そうだったな・・・」

あれは、忘れもしない条約締結の日。その後の酒宴で、すっかり出来上がったリュネル寒気団団長の
アズサが、“剣舞”と称して真剣でアヤメに斬りかかってきたのだ。幸い、冬将軍であるシラカバの
機転で何事もなくその場は収まったものの、あのときの鬼気迫る斬り合いは今でも春軍内で語り草に
なっている。

「でな。その配下に“四天王”と呼ばれる部下がいるらしいんだが、その一人が今回初めて顔を
見せたのだ。これまた冬軍には珍しい女でな。」
「ふーん。・・・今まで歌会に出てなかった理由とかは? 新入りだったのか? それとも、あまりに歌が
ヘタだったとか・・・」
「それがな、どうやら今まで隠密活動をしていたらしいのだ。任地はエクセールのリグレスとか
聞いたな。」
「隠密? ・・・まさか、人間の町で暮らしてるってことか?」
「どうも、そのようだった。」

考える表情になったアヤメは、手にしていた杯を卓に置くと口に手を当てた。

「初めは、人間かと思ったのだ。水色の髪を持つ冬の精霊の中にあって、一人だけ金髪で・・・」
「まさか! いくら冬のやつらだって、人間を仲間に入れたりはしねえだろ?」
「お前がそれを言うのか、カンナ。・・・我らが尚書令は、確か・・・」
「おっと待て。それ以上は言いっこなしだぜ。」

珍しくいたずらっぽい表情を浮かべたアヤメに見つめられ、頬を染めたカンナが慌てて顔の前で手を
振る。

「まあいい。で、さっきの話だがな・・・どうやらそれは、人間の町に隠れ住むための偽装だったらしい。
考えてみれば、ただの人間にあれほどの術力があるわけもないしな。」
「ふーん。・・・で、名前とかは聞かなかったのか?」
「ああ・・・確か、ミズキと言ったはずだ。」

カンナの問いに答えたアヤメは、ここで小さく身を乗り出した。

「驚くべきは、その格好だけではないぞ。その女、実は軍人にあるまじき抜群の才を持つ詠み手
だったのだ。」
「へえ・・・」
「私も驚いてしまった。今までは、冬軍の中でどうやら聞ける歌を詠むことができたのは、冬将軍の
シラカバ殿くらいのものだったのだが・・・お蔭で、歌会では我らも冬軍の面々も形無しといった格好
だったな。やはり、人間に混じって暮らしているということが関係あるのだろうか?」
「かもな。」

にやりと笑ったカンナは、酒壺を引き寄せた。中から、手にしていた大杯で直接酒を掬い取る。

「会ってみてえもんだな。・・・次の、秋の歌会には呼ぶんだろ?」
「そのつもりだ。だがなカンナ、お前は一応“不可侵条約反対派”の旗頭なのだからな。おいそれと
冬軍の連中と会うというわけにも行くまい?」
「そりゃな。だからよ、そこは大都督様のお計らいで、よ。」
「・・・・・・。」

苦笑いをしたアヤメは、杯を干すと窓から夜空を見やった。黙り込んだ二人の許に、庭を流れる
せせらぎの音が届く。
・・・やがて、再び口を開いたのはアヤメの方だった。

「それにしてもな。」
「あん?」
「カンナ・・・。・・・本当に、これで良かったのか?」
「なんだよ、改まって。」

首を傾げるカンナ。俯いたまま、アヤメは小声で喋っている。

「毎回、陛下の前でお前に怒鳴られるたびにな・・・心が痛むのだ。お前一人に貧乏くじを引かせて、
私一人がいい思いをしてしまっているのではないかと・・・」
「バカヤロウ!!」

予期せぬカンナの怒鳴り声に、アヤメは目をぱちくりさせた。自らの杯を卓に叩き付けたカンナは、
真っ向からアヤメを睨み据えた。

「そっちこそ、忘れたのかよ。アタシたちは、二人で一人。・・・ずっと、陛下を支えていこうって、あの日
誓ったじゃねえか。」
「カンナ・・・」
「おまえが条約推進派、アタシが反対派の旗頭ってことにしときゃ・・・おまえのことを苦々しく思ってる
やつらも、おいそれと行動を起こしたりはしねえだろ。・・・また暗殺騒ぎだの、叛乱未遂だのはアタシも
ごめんだからな。」
「そんなことも、あったな・・・。」

カンナの言葉に、アヤメは遠い目をした。
季軍間不可侵条約が締結されたのは、今から十年以上前。当時は、声高に冬軍拒絶を叫ぶ高官は、
文官武官を問わず今よりもずっと多かった。条約容認の姿勢を見せていた前代の春帝への叛乱騒ぎ
によって、アヤメもカンナもそれぞれに片腕と頼む部下を失っている。またそれが、帝の退位にまで
繋がったのだ。

「陛下に、平和な都を治めてもらいたい。・・・あのお優しい陛下には、戦乱の世は向かねえだろ。
だから・・・」
「ああ。それだけは、皆の思いは同じはずだからな。」

杯を呷ったカンナが、そっぽを向くと肩を竦める。

「いいだろ。そのうち、冬軍とも仲良くやれるようになる。そんときに、後ろ指差されるのはアタシ一人で
充分さ。」
「カンナ・・・お前・・・」
「そうなったら、アタシはとっとと隠居でもするさ。・・・なに、老後の楽しみはもう手に入れてあるからな。」
「待て、それは聞き捨てならんな。今、丞相と尚書令が揃っていなくなったら、春の都は間違いなく
傾くぞ。」
「じゃ、そのときはおまえが兼任しろよ。軍政ってのも、たまにはいいかもしれねえぜ?」

片目をつぶったカンナが、アヤメに向かってリンゴ酒の瓶を突き付ける。

「ほら、もっと飲めよ。・・・たまには、酔ってみやがれってんだ。」
「・・・ああ。それも、いいかもな・・・。」

微笑んだアヤメは、手にしていた小さな杯を差し出した。
燭台の炎が、僅かに揺らめく。二人だけの夏の夜は、こうして静かに更けていった。


はしがき

『新しい仲間』直後の春の都の話です。表面上は対立していても、心の底では分かり合えている・・・と
いう関係には憧れますね。