週末の過ごし方〜ヴィスタの場合〜
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「・・・それで、どうして私が呼ばれなきゃならないのよ!」
「どうしてとは・・・これはまた、ご挨拶ですな。この宮廷で最も甘味に精通していらっしゃるのは、
大姉様だと専らの噂ですぞ?」
「そんな噂、聞いたことないわよ! ・・・さてはエクル! あなたね!?」
「落ち着いて、ヴィスタ姉さん。別に、姉さんをとって食おうってわけじゃないんだから・・・。」
「だからって―――――」
「じゃーん!」
エクルに食って掛かっていたヴィスタは、ここで背後から聞こえたララの声にばっと振り向き・・・そして、
そのまま固まった。その視線の先、テーブルの上に置かれた皿には、ララ特製の山盛りの月餅が
載せられていたからだ。
生唾を飲み込んだヴィスタに向かって、にやにや笑いを浮かべたララがわざとらしくテーブルの上を
指差してみせる。
「それでですな。本日大姉様に試食をしていただこうと思っていたのは、これなのですが・・・」
「・・・・・・。そんなの、見たことない・・・」
「もちろん。たった今完成させた、出来立てほやほやの新作なのですからな。」
「うぐっ・・・!」
体を強張らせたままのヴィスタが、ここで引き攣ったような声を上げた。その反応を楽しむように
眺めていたララが、わざとらしく額に手を当ててみせる。
「あいや、しかし。急なお呼び立てで大層ご気分を害されてしまったようですし。この話は、なかった
ことに―――――」
「ちょっと!! だからって、今度は無駄足で帰れって言うの!? それこそ、たまったものじゃ
ないわよ!!」
慌てた様子でララを怒鳴り付けたヴィスタが、テーブルの方へと突進する。手近な椅子を引き寄せると
そこにどすんと腰掛け、鷲掴みにした月餅を口の中に放り込む。
「いえ、その・・・試食していただけるのであれば、望外の喜びで・・・。・・・うむ、流石にこれは多過ぎ
ましたな。失敬して―――――」
「うるさいわね! 一つ二つ食べたくらいで、味が分かるわけないじゃないの!!」
ヴィスタの剣幕にすっかり毒気を抜かれてしまったララが、口の中でもごもごと呟いた。思い出した
ように皿を下げようと手を出したところで、両手に月餅を掴んだヴィスタがそれを容赦なく払いのける。
既にすっかり目の色が変わってしまっており、いつもの冷静さは影も形もない。ここで唸り声の一つも
上げれば、さぞかし似合うことだろう。
(これは・・・噛み付かれそうで、うっかり手を出せませんな)
(同感・・・)
ぞっとしない様子で、ヴィスタの狂乱ぶりを眺める光竜姉妹。一方のヴィスタは、立て続けに五つの
月餅を平らげると、至福の表情を浮かべた。これまた、宮廷ではついぞ見せたことのないものである。
しばらくの間、うっとりとその視線を宙に彷徨わせていたヴィスタに、ララが恐る恐る問いかける。
「あの・・・それで。ご感想など、何か・・・ございますかな?」
「え? ・・・ああ、そうだっけ。」
我に返った様子のヴィスタが、口元をナプキンで拭った。その目には理性の輝きが戻っている。
「バランスとしては、これで問題ないでしょう。ところで、この月餅の中身は漉し餡と決められているの
ですか?」
「いえ、そういうわけでは。レシピでは粒餡になっていたものを、我輩が勝手に変えたのですよ。」
「では、他のものを入れてみたらどうかしら。同じ餡でも粒餡派の人もいるし、他にも餡の中に胡桃を
入れてみるとか・・・白餡や鶯餡など、変化を付けるのもいいのではないかしら。」
「おお。それは名案ですな。」
「この皮に合うかは分からないけれど、カスタードクリームやチョコレートクリーム、ジャムを入れて
みるのも面白いかも知れないわね。」
「ふむふむ・・・なるほど。」
頷いたヴィスタは、皿の上に残っていた月餅を摘み上げた。そして、それをためつすがめつしながら
言う。
「多分、この皮がこのお菓子の最大の特徴だと思うから、ここに手を加える必要はないと思うけど・・・
そうね、表面に何かを描いてみるのはどうかしら。」
「描く・・・と申しますと?」
「味醂で表面に絵を描いてから焼くと、その部分だけが焦げるのよ。あなたたちは、確か絵が上手
だったでしょう? 宮廷の風物を描き入れたら、お土産として人気が出るのではないかしら。」
「はあ・・・」
ここで、ヴィスタはテーブルから立ち上がった。メモを取るのに余念がないララと、口をぽかんと開けた
ままのエクルを等分に見ながら、少し恥ずかしそうに言う。
「ああそれから。最後に一つ。」
「はい。何ですかな?」
「次の試作品を作ったら、必ず私を呼びなさい。いいですね?」
「は・・・? あの、大姉様。それはまた、如何なる・・・」
「改良のアイデアを出したのは私よ。どんな味になるか、最後まで見届ける義務があります。」
「は・・・はあ。」
「他のお菓子の場合もそうです。どうせ暇なのです・・・試作品ができたら、まず私を実験台にしなさい。
いいですね?」
ほんのりと頬を染め、ここまでを早口で言ったヴィスタは、一つ咳払いをするとそそくさと宿舎を出て
いった。その後姿を呆れた様子で見守っていた光竜姉妹は、やがて顔を見合わせたのだった。
「姉様・・・。大姉様はお菓子を食べなくなって、久しいのでしたな?」
「そのはずなんだけど。・・・もしかして、書庫の管理を引き受けたのは―――――」
「世界のお菓子の本を収集して、それを眺めて過ごすため・・・だったりしてね。」
「・・・・・・。」
それからは、毎週のように内輪の「お茶会」が開かれるようになったのは、言うまでもない。
はしがき
『Rendezvous』と『個性』からの派生ネタです。これで、ヴィスタも晴れて「受難キャラ」の仲間入り
ですね(爆笑)。
この話で登場した「月餅」というお菓子は、中国では特別な意味を持つものらしいです(これを買って
贈るのが大きなイベントらしく、人気のある店のものを買うのは一苦労なのだとか)。僕もこの話を
書くために“資料”として一つ食べてみましたが、個人的にはあまり好みの味ではなかった
ですね(苦笑)。