トランス
1
2
−2−
「アトレーシアさんのこともあるんだし、やっぱり・・・僕には荷が重過ぎると思うんだけど・・・。」
「だから“指南役”ということになったのではないですか。先生ほどの剣の腕があれば、宮廷としても
近衛隊の隊長として招きたかったはずですよ。」
「そうかなあ・・・」
「そうですよ。」
学院への道すがら、ノエルとジークリートは不毛な会話を続けていた。これもまた、毎週のことである。
授業で使う木剣を収めた籠を担いだジークリートが、後からとぼとぼとついてくるノエルの方を振り向く。
「先生。そんなに嫌なのでしたら、何故剣術師範など引き受けられたんです?」
「え? だって・・・竜王陛下ご自身に頭を下げられちゃあ・・・。」
「そうならそうで、覚悟を決めてください。」
「でも・・・」
困った顔をして俯いたノエルは、ここですれ違おうとした相手とぶつかった。
「おっと。」
「あ、ごめんなさい。」
相手は、三人連れの火竜だった。目付きの悪さといい、服装のだらしなさといい柄の悪さは
一目瞭然で、腰に差している木刀と相まってとてもまともな人種には見えない。
そのうちの一人が、頭を下げて歩き出したノエルの肩を掴んだ。
「オイ、待てよ。」
「え・・・?」
「ぶつかっておいて、黙って行こうってのか?」
「いえ、ですから・・・謝ったじゃないですか。」
どうやら、難癖をつけるつもりらしい。いつの時代、どんな場所にもこの手の輩はいるものだ。
三人の中で一際大柄な一人が、ジークリートの背負っていた籠に目を留めた。
「オイ、何だそのカゴは。木刀の行商か?」
「いいえ。これは、これから実技の授業で使うものです。」
「授業だぁ? ってことはなにか。お前が先生役なのか?」
「いいえ。先生はこちらです。」
傍らのノエルの方を振り返るジークリート。顔を見合わせた火竜たちは、たちまち腹を抱えて
笑い出した。
「はーっはっはっは! こいつは傑作だ! ・・・自分の女に、守ってもらおうとする男が
いたとはな!!」
「お・・・女?」
「先生、そこは怒るところです。」
「よう先生! オレたちにも剣術の稽古をつけてくれよ!」
「え? でも・・・その・・・」
自らの“得物”を構え、火竜たちが二人に迫る。どうやら相手には、事を穏便に済ませようという気は
最初からなかったようだ。
小さく肩を竦めたジークリートは、動じることなく言った。
「まあ、いいでしょう。・・・予め言っておきますけど、先生の授業料はとても高いのですよ。どうなっても、
知りませんよ?」
「ちょっ・・・ジークリートくん!! そんなことを言っちゃあ・・・」
「ふん。寝言は寝て言うんだな!!」
「そうですか。では・・・はい、先生。」
おろおろしているノエルに、ジークリートは一振りの木剣を手渡した。そこへ、三人の火竜が殺到する。
「ぐわああああっ!!」
『!?』
次の瞬間、悲鳴を上げたのはノエルではなく・・・斬りかかったはずの火竜の方だった。
三人の先頭にいた火竜は、胸の中央に電撃のような突きを受けて優に二十リンク以上は吹き飛び・・・
そのままぴくりとも動かなくなった。
「な・・・」
唖然とする残りの二人。しかし、それが命取りになった。
ハッと思った時には、既にノエルが片方の火竜の脇に鋭い一撃を入れていた。骨の砕ける鈍い音と
共に、相手が悶絶する。
「くっ・・・」
「ふッ!」
カンッ!
返す刀で、もう一人が辛うじて構えることに成功した木刀を弾き飛ばす。呆然とした顔でその場に
へたり込んだ相手に向かって、その喉元に木剣を突き付けながらノエルは薄く笑った。
「安心しろ。骨は、拾ってやる・・・」
「え!? あ・・・ゆ・・・許してくれ! オ・・・オレたちが悪かった!!」
「聞く耳持たん。・・・死ね。」
「う・・・うわああああ!!」
「はい、そこまでです。」
相手の懇願を無視し、ノエルが木剣を振りかぶる。それが振り下ろされる刹那、ノエルの背後に
回り込んだジークリートが素早く木剣を取り上げた。
「え? ・・・あ。」
たちまち、それまでまとっていた凶悪な雰囲気から解放されたノエルは、夢から醒めたような顔で目を
ぱちくりさせた。
「いつもながら、お見事な技の冴えでした・・・先生。」
「あぁう・・・。また、やっちゃったんだ。」
泣きそうな顔で小さく頭を抱えたノエルは、一人だけ意識を保っていた火竜の前に屈み込んだ。
相手は、腰を抜かしたまま後ずさる。
「あの・・・」
「ひっ!」
「すいません。僕、剣を持つと性格が変わっちゃって・・・。ここまでやるつもりは、なかったんです。」
「は・・・はぁ?」
「ごめんなさい! 後で、必ずお詫びに伺いますから。」
「い・・・いや、いい! 頼むから、見逃してくれっ!」
「え・・・でも・・・」
ノエルににじり寄られ、すっかり涙目になっていた相手は首をぶんぶんと振った。そこへ、小さく溜息を
ついたジークリートが口を挟む。
「先生。そのくらいにして、急ぎませんと。」
「ねえ・・・やっぱり、行かないとダメかな。」
「ここまで来て、今更何を仰っているんです。当たり前でしょうが。」
「あう・・・。」
「なあ。・・・その、先生ってのは?」
木剣の入った籠を担ぎ直したジークリートは、恐る恐る尋ねた火竜をちらりと振り返った。
「この人は、コーセルテル宮廷の剣術師範です。今日は、これから学院での実技指導があるんですよ。
・・・どうやら、あなた方のお蔭で少し時間を食ってしまったようですが。」
「なんてこった・・・。勝てる、ワケがねえ・・・。」
「だから、警告はしたでしょう・・・先生の授業料は高いと。後は、あなた方の責任です。」
ここで、ジークリートはすっかり青くなった相手に向かってふっと笑った。
「人は見かけによらない。この諺を、よく噛み締めてみることですね。」
はしがき
ジークリートの妹、アトレーシアの術士ノエルについて書いてみました。二人揃ってこんな性格では、
ジークリートはさぞかし苦労していることでしょう(邪笑)。