親子  1   

親子


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「でも、どうしてうちのトレントが竜王候補に選ばれたんでしょうか?」
「色々とありますが、やはり一番の要因は種族間のバランスです。現竜王のグラシノーラ様は火竜で
あらせられますので・・・。」
「そうですか。私はてっきり、サイコロでも振って決めているのかと思ってました。」
「レナ、普通のサイコロには面は六つしかないんだよ?」
「・・・どうしましょう、一つ種族が余るわね。」
「・・・・・・。」

ここは、水竜術士レナの家。真面目な顔で考え込んだレナの様子に、地竜のガウスは引きつった
笑いを浮かべた。
現在の竜王、火竜グラシノーラは既に高齢だった。近頃はあまり体調が優れない日々が続いており、
本国ではその退位を視野に入れた準備が始まったところだった。即ち、コーセルテルで育てられている
子竜たちの中から数名の“竜王候補”が選び出されたのである。
その中の一人である、水竜トレントの許へと本国より派遣されたのがガウスだった。これから日々
生活を共にしながら、竜王としての資質を見極め・・・また、宮廷に入る際にはその後見となる。
それが、ガウスに与えられた任務だった。
このことは、事前に文書でレナには通知してあった。顔合わせを兼ねて、この日ガウスは詳しい説明を
するためにレナの家を訪れたのだった。

「それじゃ、ガウスさんは・・・うちに寝泊りされることになるんですか?」
「はい、出来ればそう願いたいのですが。」
「えっと・・・どうしましょう。私、いい歳の男の方と同じ屋根の下で寝泊りするのは初めてで・・・」
「レナ。ガウスさんはもう百五十歳超えてるんだよ? “歳の差なんて”にも限度があるよ。」
「・・・そう言えば、そうよね。」
「はは、は・・・。」

事前にロアノークに上がってきた調査結果には、トレントには少々奔放な部分があるとされていた。
そのことを危惧していたガウスだったが、どうやら問題はトレント自身よりも、その術士であるレナに
ありそうな気配だった。
見かけは、にこにこと人当たりの良さそうな女性である。だが、実際に言葉を交わしてみると、その
受け答えはことごとくピンボケしたものだった。会話が噛み合わないことこの上ない。
地竜であるせいか、元来真面目で常識的な思考の持ち主であるガウスにとって、レナの突飛な発想は
そもそも理解不能だった。家を訪れてから約二時間・・・ガウスは、この変わり者の水竜術士をいい
加減持て余していたのだった。

(参ったな・・・)

とりあえず、今のところ竜王候補であるトレントに特に問題は見られない。だが、こんな術士が年中
身近にいたのでは、トレントに今後どんな悪影響が出るか分かったものではない。あまり気は
進まないが、本国と相談の上で、新しい術士を派遣してもらうことも考えなければいけないかも
知れない。
鬱々とこんなことを考えていたガウスは、手元のカップに残っていた紅茶を飲み干すと、居間のソファ
から腰を上げた。

「では、本日はこれにて。まだ、宮廷での手続き等も残っておりますし・・・しばらくは向こうに泊まる事に
なると思います。」
「そうですか。・・・そうだ、ガウスさんはコーセルテルに来てからまだ日が浅いんでしたよね。」
「はい。そうですが・・・?」
「迷うといけないわね。トレント、途中まで送ってあげなさい。」
「うん。分かった。」
「・・・・・・。」

地竜である自分に、本来道案内は必要ない。術士になるときに、各種族についても一通り学んだはず
なのだが・・・このレナという水竜術士は、既にそのことを忘れてしまっているのだろうか。
心の中で苦笑いしながらも、ガウスは素直に頭を下げた。この際、トレントと二人きりになれるいい
機会だと思ったからだ。

「それじゃ、またいらしてくださいね。」
「はい。本日は、お邪魔致しました。」
「そんな、気にしないでください。・・・次に来られるときまでには、家の中を片付けておきますから。」
「よろしくお願いします。・・・では、失礼致します。」

一礼したガウスは、トレントを従えてレナの家を後にした。戸口に立ったレナは、にこにこしながら
二人の後姿を見送ったのだった。


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