親子
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「ガウスさん、だったよね?」
「はい。どうか、私のことは・・・ガウスとお呼びください。」
「そう? じゃ、ガウス。」
辺りは、既に茜色に染まっていた。コーセルテルの中央湖へと繋がる川の土手を、ガウスとトレントは
二人並んで歩いていた。
上目遣いにガウスのことを見やっていたトレントが、やがて何とはなしに言った。
「今、不穏なことを考えてるでしょ。」
「不穏なこと・・・とは?」
「決まってるよ、レナのことさ。」
「レナ殿が、どうかされましたか?」
「とぼけたってダメだよ。・・・竜王候補のぼくの術士が、あんな大ボケじゃ心もとないって顔に書いて
あるよ。」
「・・・・・・。」
ガウスは、否定も肯定もしなかった。実際そう考えていたことは事実だったが、このトレントがレナの
ことをどう思っているのか、まだはっきりしなかったからだ。もしかしたら、トレント本人もレナのことを
煙たく思っている可能性もある・・・その場合は、術士の交代もスムーズにいくだろう。
だが、次にトレントが口にした言葉は、ガウスの思惑を粉々に打ち砕くものだった。
「言っておくけど。ぼくの術士はレナしかいない。・・・無理に術士を変えたら、竜王になんか絶対に
ならないからね。」
「トレント様・・・。レナ殿に、なぜそこまで拘られるのです?」
立ち止まったガウスは、改めてトレントに向き直ると、その顔をじっと見つめた。
竜にとって、竜術士は「竜術」を身に付けるためになくてはならない存在である。だが、それだけでは
なく・・・幼い頃から共に過ごすことによって、その人格形成にも大きな影響を及ぼすことになるのだ。
それならば、術士は人間的にも優秀な方がいいに決まっている。
ガウスにとって、当然の疑問だった。しかし、ガウスのこの問いにも、トレントは「何も分かっちゃいない」
といった様子で肩を竦めただけだった。
「ねえ、ガウス。・・・竜にとって、竜術士って何だと思う?」
「そうですな。我々に竜術を教え・・・また生き方を示し、導いてくれる者。・・・そうではありませんか?」
微かに戸惑いを覚えながらも、ガウスは即答した。トレントが小さく首を振る。
「そう言うと思った。・・・まあ、成竜になっちゃうと、確かにみんなそう考えるかもね。」
「と言いますと、トレント様。他に何かあるのですか?」
「決まってるさ。“家族”だよ。」
腰に手を当てたトレントは、ガウスをじっと見上げた。
「ぼくたち竜は、優秀な場合はほんの小さい頃から・・・早ければ本当に卵の頃から、親と離れて
竜術士に育てられるんだよ? ぼくだって、両親の顔なんかうろ覚えさ。」
「それは・・・そうですが。」
「“生みの親より育ての親”っていうことわざがあるよね。竜術士は、預けられている竜にとって“親”
そのものなんだよ。・・・ガウスにだって、小さい頃はあったでしょ。」
ハッとした。確かに、トレントの言う通りである。
自らの術士と過ごした遠い日々。辛いこと、悲しいことも無数にあった。それを無事に乗り越えて来られ
たのは、いつも自分を無条件で受け止めてくれる存在があったからではなかったか。それは、単なる
「竜術の指南役」には決してできないことでもある。
不意に涙が溢れそうになり、慌ててトレントから目を逸らしたガウスは、夕陽に煌く川面に目をやった。
隣に並んだトレントも、同じように川面を眺めている。
「あんな性格だけど、レナだって辛い過去を抱えてるんだ。ぼくがもっと小さかった頃は、よく夜になると
一人で泣いてた。」
「トレント様・・・。」
「ぼくは、レナが好きだ。レナの、力になりたい。・・・そう思って、今まで頑張ってきたんだ。そして、
レナも・・・ぼくのために一生懸命頑張ってくれてる。離れたく・・・ないよ。」
この時ガウスには、トレントがなぜこれほどの若年にも拘わらず竜王候補に選ばれたのか・・・その
理由が分かったような気がした。
竜の成長速度は、本人の意志の力に大きく左右される。術士であるレナに頼りない部分がある分、
トレントの成長が早まったということなのだろう。
傍から見ていると、確かにレナには至らない部分が多くある。しかし、それでもトレントにとって
かけがえのない術士であることに変わりはない。そして恐らく、レナの生きる気力もトレントから
生まれているのだろう。・・・二人を無理に引き離すことは、二人に生きながらの死を与えることにも
なりかねない。
(まだまだ、私も未熟だということだな・・・)
竜術のことしか考えていなかった自分が、浅はかだったのだ。
大きな溜息をついたガウスは、トレントに向き直った。心配そうな顔をしているトレントに向かって、
真面目な顔で告げる。
「承知致しました。本国には、レナ殿は優秀な術士だから心配はないという報告をしておきましょう。」
「本当!?」
「ええ。ですから、どうかご心配なく。」
「あぁ・・・よかった・・・」
ガウスの言葉に目を瞠ったトレントは、ホッとした様子で胸を撫で下ろした。普段は大人びた言動が
目に付くが、こうした部分はまだまだ歳相応の子供のものだということなのだろう。
微笑んだガウスは、トレントの前で腰を屈めた。
「お見送りは、ここまでで結構ですから。トレント様も、早く家にお戻りください。」
「うん。じゃあ、そうするよ。」
「ああ、この事はレナ殿には、くれぐれも内密に・・・。」
「どうかな。見かけより、レナはずっとずっと鋭いんだよ? きっと、ガウスが何を考えてたか見抜いて
るんじゃないかな。」
「まさか・・・」
「さあね! ・・・それじゃ、またね!!」
最後ににやりと笑ったトレントは、手を一振りすると家に向かって駆け去っていった。腰を屈めた格好の
ままそれを見送っていたガウスは、やがて背を伸ばすと諦めたような笑みを浮かべたのだった。
(やれやれ・・・お二人とも、一筋縄ではいかないようだな・・・)
はしがき
トレントの術士レナを登場させたくて書いたこの話。本当は彼女も関西弁なので、基本的に「大人に
なった大阪さん(@あずまんが大王)」を想像していただければ近いかと(大笑)。