罪
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(!)
森に分け入ってから、十五分は歩いただろうか。
不意に目の前が開けたことに気付いたスイランは、手近な木の後ろに隠れると周囲の様子を窺った。
(ここは・・・?)
辺りは、三十リンク四方ほどの空き地になっていた。その部分だけぽっかりと顔を覗かせた空から、
静かに月の光が降り注いでいる。
その中央に、跪いたセリエの姿があった。月明かりに浮かび上がった表情は、凄愴そのものだった。
(・・・?)
しばらくの間、セリエは身動ぎもしない様子だった。時折、その口から漏れる小さな呟きがスイランの
耳にも届いたが、意味までは分からなかった。
やがて、セリエは静かに立ち上がった。そして、じっとその様子を見守るスイランの前で、懐から短剣を
取り出すとそれを首筋に押し当てた。
(姐上・・・!?)
予期せぬセリエの行動に、目を剥いたスイランは思わず身を乗り出した。その弾みに、身を隠していた
草の葉ががさり・・・と音を立てる。
音に気付いたセリエが、弾かれたように振り向いた。
「誰だ!!」
決まり悪そうに木陰から姿を現したスイランの姿を目にして、短剣を構えていたセリエはややあって
それを下ろすと、小さく肩を竦めながら苦笑いした。
「そうだったな・・・。お前たち木竜には、私の“森影流”も無用の長物。・・・そのことを忘れていた私が、
浅はかだった。」
「姐上、私は・・・」
「分かっている。私の後を尾けたのだろう。」
苦笑いを浮かべていたセリエは、ここで項垂れていたスイランに向かって厳しい表情を浮かべた。
「しかし、質問には答えてもらわねばな。・・・スイラン、ここで何をしている?」
「それは、その・・・」
「こんなことを信じたくはないが・・・。よもや、宮廷の誰かに言われて私を監視していたのでは
あるまいな?」
「そんな! 姐上は・・・私のことを疑っておられるのですか!?」
自らの術士が発した心外な一言に、スイランはセリエに食ってかかった。
「そもそも、それはこちらの伺いたきことです! 姐上こそ、このような時間にこのような場所で・・・
一体何をしておられるのです!?」
「・・・・・・。」
「先程、庭園でお見かけしたときから・・・姐上はひどく暗い顔をしておいでです! それで、心配に
なって思わず後を追ってきたのです! 監視などと・・・ご自分の育てた子竜のことが、信じられ
ませんか!?」
スイランの言葉の途中で、セリエは黙って後ろを向いた。その後姿を睨み付けるスイラン。
時間にして、十分はそのままだったろうか。重苦しい沈黙を破ったのは、セリエの方だった。
「これは、墓だ。」
「墓・・・?」
「ああ。・・・私がここに来たときのことを、お前も聞いているだろう?」
「いえ、そのようなことは・・・」
「構わぬ。私のことを口さがなく噂する輩がいることは、私も知っている。」
セリエがこの宮殿に忍び込む際、陽動として宮殿正門で激しい斬り合いが行われた。結局斬り込んで
きた敵兵は全員討ち取られたものの、それ以来宮殿の警備は厳重になったのだという。
「・・・あの時死んだ弟たちは、ここに葬られている。後になって、ノクトから聞いて知ったのだ。」
「では、墓参りを・・・?」
「そういうことになるか・・・。だが、あのとき・・・不意を衝かれた竜たちの側に多くの犠牲が出たと
聞いている。犠牲になった兵の親族や友人たちにとって、私の弟たちは八つ裂きにしても飽き足らぬ
憎き相手ということになろう。そのような者たちの墓に、竜王の竜術士である私が公然と参ったら
どうなる? ・・・情けない話だが、このように夜陰に紛れて密かに訪れるしかないのだ。」
頬を歪めたセリエは、ここで広場の中央に目をやった。つられたスイランもそれに倣う。
「ここに眠っている五人は・・・私に命じられるまま、その命を擲った。そう、私が竜王を討ち取る・・・と
いう目的のためだけに、異論一つ差し挟まずに自らの命を捨石となしたのだ。」
「・・・・・・。」
「しかし、・・・私は竜王を討ち損ね、あろうことかその後もこうしてのうのうと生き延びてしまっている。
・・・そのことを思うと、犬死にさせてしまった弟たちに対して申し訳ない気持ちで一杯になるのだ。
そうだ、このように生き恥を晒していて良いのかと、いつも―――――」
「それは違います!!」
俯いたまま呟くように喋っていたセリエは、スイランに大声を出されて驚いたように顔を上げた。
「確かに、姐上は陛下の暗殺には失敗されました! ですが、そうだったからこそ今の我々があるの
です! 我々にとってこの方たちの死は、決して無駄ではありません! むしろ、そのように考える
ことこそ・・・この方たちにとって失礼に当たりましょう!」
「スイラン・・・。」
「生き延びたからこそ、できることもあるはずです! そうした道を探されることが、この方たちにとって
一番の餞になるとは思われませんか!?」
拳を握り締め、セリエを睨み付けるようにして立っていたスイランは、ここでハッとした様子で慌てて
その場に平伏した。
「ご・・・ご無礼の段、平にご容赦を!! 思わず、考えたことをそのまま口に出してしまいました!」
「何、構わぬ。そのように言って貰えて、少し気持ちが楽になった。」
「しっ・・・しかし、姐上に対して口答えをするなど・・・。・・・どのような処分も、甘んじて受けますゆえ
・・・!」
「いや・・・謝らねばならぬのは、むしろ私の方かも知れぬ。」
「姐上・・・?」
顔を上げたスイランの前に、手が差し出される。こちらも膝立ちになっていたセリエは、穏やかな微笑を
浮かべていた。それは、今まで宮殿ではついぞ見せたことのないものだった。
「生き延びたからこそ、できることがある・・・か。今のお前の言葉は耳に痛かった。・・・私は、甘えて
いたのだな。」
「そのような・・・。姐上、どうか戯言はおやめください。」
「戯言なものか。これで、やっと・・・私も決心が付いた。」
「・・・?」
「済まないが、お前に一つ頼みたい。明日の正午、皆に私の部屋に集まるように伝えてはくれないか?
考えていたことがあるのだ・・・その、全てを話そう。」
「は・・・はい! かしこまりました。」
頷いたセリエは、最後に広場の中心を一瞥した。その横顔は、先程までとは打って変わって決意に
満ちたものだった。
「こやつらに恥じぬ生き方を、せねばならぬからな。・・・頼んだぞ。」
はしがき
戦いで死んだ敵兵については、一箇所にまとめて葬るのが慣例となっているようです。『Cross Colors』
冒頭で死んだセリエの弟たちも、きっとこうして庭園に葬られたのでしょう。