のんびり
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春の天候は変わりやすい。午後になると、俄かに掻き曇った空から大粒の雨が落ち始めた。
「ん・・・」
木の葉に落ちかかる雨音で目覚めたユーニスは、小さく首を振ると辺りを見回した。そうこうする
うちにも雨は急速にその勢いを増し、ついには雷も鳴り始めた。
(いかんいかん・・・)
朝方はすっきりとした快晴だったのだが、気が付けば辺りは黄昏どきを思わせる暗さである。恐らく、
眠っている間に雲が出てきたのだろう・・・どちらにしても、本が濡れて傷む前に宮殿に戻らなければ
ならない。
(・・・?)
慌てて膝の上にあった本を閉じ、宮殿の建物に戻ろうと腰を上げかけたユーニスは、ふと自分の
周囲には一向に雨粒が落ちてこないことに気が付いた。
それだけではない。辺りは既に「春の嵐」と表現するのが相応しいほどの荒れ模様であり、目に映る
木々はかなりの風に揺れているというのに、ユーニスの座っているところまではその風が届かない
のだ。また、春の雨ともなれば急激に気温が下がるはずなのだが、ユーニスの周囲は朝方と同じく
ほんのりと暖かいままだったのである。
(変だな・・・)
そのまま顔を上げたユーニスの目が点になる。先程まで何もなかった自分のすぐ頭上に、新しい枝が
一本・・・いつの間にか増えているのに気付いたからだ。そして、枝からぶら下げられた小さな玉が、
柔らかくユーニスの手元を照らしている。それに手を差し伸べたユーニスは、小さく呟いた。
「これは・・・」
うす灯り玉。竜が傍にいない時にも竜術士が術を使えるようにと考案された「術道具」のうちの一つで
あり、予め術力を込めておけば照明として利用できるというものだ。ユーニスは先日、末っ子の光竜
エクルにこの道具への力の込め方を教えたばかりだった。
(まさか・・・)
傍らを振り向いたユーニスは、今度はそこに本の山を見付けて口をぽかんと開けることになった。
一番上にある本に挟まれていた栞には、量らんかなヴィスタの几帳面な字でこう書かれていた。
『お勉強も結構ですが、たまには冒険物語でも読まれてはいかがですか? 私お勧めの作品を
いくつか見繕っておきましたから、気が向かれましたらぜひ読んでみてください。』
しばらくの間、本の山を呆れたように見つめていたユーニスは、やがて仕方なさそうに笑ったのだった。
「参ったな・・・」
どうやら、自分が今こうして雨風に晒されずに済んでいるのは子竜たちの仕業らしい。
もちろん、本を読むのに適した環境が整えられているのもそうだ。恐らく、それぞれのできることを・・・と
考えて役割を分担し、自分に許された僅かな“安息の時”を守ろうと頑張ってくれたに違いない。
(みんな・・・)
微笑んだユーニスは、改めて木に寄りかかると本を手に取った。
この心尽くしを受け取らないのは、子竜たち・・・そして、気を利かせて自分を一人にしてくれたヒューに
失礼というものだろう。
(今日は、もう少しのんびりさせてもらうか・・・)
*
こうして、ユーニスの休日はこの日もゆっくりと暮れていった。
なお、ユーニスが本に熱中するあまり夜になっても宮殿に戻らず、宮廷中が大騒ぎになったというのは
もう少し後の話である。
はしがき
この話は、『PURE AGAIN』シリーズに挿絵を描いていただいているリンさんからいただいたイラストを
元に書きました。こうしたパターンでの執筆が、今後は増えるかも知れません(邪笑)。