ファイター  1   

ファイター


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「え? あなたが剣を?」

遅めの昼食を摂った後の居間。紅茶のカップを手にしていた地竜術士のアリシアは、補佐竜の意外な
言葉に驚いた表情を浮かべた。
その膝の上には、イスラと名付けられた地竜の卵があった。アリシアが新たに里から預かった卵で
あり、ノルテにとっては妹に当たる。

「この子のこともあるし・・・あなたには、できれば家にいて欲しいな。」
「だから、だよ。」
「?」

小首を傾げるアリシア。いつにもまして真剣な顔で、ノルテが言葉を継ぐ。

「アリシアや、弟、妹、たちを、守り、たい。でも・・・術は、万、能、じゃ、ない。・・・知恵、も・・・圧倒、
的な、力、の、前には、役に、立た、ない、ことも、ある。だか、ら・・・」
「ノルテ・・・。」
「どんな、とき、にも・・・自分の、力、で、みんなを、守れる、よう、に、なり、たい。」

そこまでしなくても。・・・ノルテの話を聞きながら、最初にアリシアの心の中に浮かんだのは、この言葉
だった。
通常、剣術を習うのは将来の族長や守長候補といった立場の竜たち・・・それも男子に限られる。
ノルテはそういった立場にはなく、ましてや女の子である。剣術については、これから生まれてくる
弟たちに任せるのが妥当で、事実地竜の里でもそう考えているはずだった。
しかし、これはノルテにとって大きな成長のチャンスかも知れなかった。
今まで、その吃り症から人前に姿を見せるのを徹底して避けていたノルテ。普段の生活でさえ、必要の
ない限り書庫に籠もり切りの毎日を送ってきた彼女が、初めて自分から外に出たいと言ってきたのだ。
しばらくの間考える様子だったアリシアは、やがてにっこりと微笑むと頷いた。

「いいわ。ただし、二つ約束して。」
「約、束?」
「ええ。一つは、今あなたが言ったこと・・・“他人を守るために剣を習う”という気持ちを、ずっと
忘れないってこと。」
「うん。もう、一つ、は?」
「それはね・・・」

ここでアリシアは、いたずらっぽい表情を浮かべると指を一本立てた。

「剣を習うことを認めてもらうために、あなたも手紙を書くってことよ。」
「手紙?」
「剣術の訓練はね、もともと将来の族長や守長候補を育てる一環として行われているものなの。
だから、一緒に剣を習いたいんなら、族長から正式な許可をもらわないと。だけど・・・今の族長の
エセルさんは厳しい方だから、あたしが頼むだけじゃダメかもしれない。」
「そん、な・・・」
「だからあなたも、お父さんとお母さんに手紙を書くのよ。」
「父さん、と・・・母さん、に?」

僅かに驚いた表情を浮かべるノルテ。そんなノルテに向かって、アリシアは大きく頷いてみせた。

「今まで、里に手紙を書いたことはなかったでしょう? 近況報告を兼ねて、最後にこのことをお願い
するの。きっと喜ぶわよ。」
「・・・うん。分かった。」

大きく頷いたノルテが居間を出ていく。その後姿を眺めていたアリシアは、微笑むと抱えていた卵に
向かってこう語りかけた。

「あなたのお姉ちゃんは、本当にしっかりしてるわね・・・。」


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