ファイター    2 

 −2−

「・・・それで、剣を習わせることにしたのか。」
「ええ。」

一週間後。定例の剣術訓練の会場となっている湖の畔を、アリシアとノルテは訪れていた。
既に指南役の水竜術士ヴィーカとその補佐リステル、そして生徒たちはその場に勢揃いしており、
周囲からは物珍しそうな視線がノルテに注がれている。

「ほら。族長の許可は、ちゃんともらってあるから。」
「ほう・・・あの頑固者を説得したのか。大したものだ。」

アリシアから許可証を受け取ったヴィーカが、僅かに目を見開いた。ざっと許可証を眺め、小さく頷く。

「どう? これで、ノルテにも剣を教えてもらえるかしら?」
「正式の許可証があるんだ。別に問題は何もないさ。」

小さく肩を竦めたヴィーカが、参加者たちの方を振り向いた。

「じゃあ、皆に紹介を―――――」
「おい、おっさん!」

ノルテたちの方を一塊になって眺めていた生徒たちの中から、苛立たしげな声が上がった。ややあって
ヴィーカの前に立ったのは、光竜術士スプラの実の息子であるチェスターだった。
チェスターの父は、光竜族の守長であるシェザール。その縁で、チェスターもこの剣術の訓練に参加
しているのである。

「さっきから聞いてりゃなにか? そいつが、剣を一緒に習うんだって?」
「ああ、そうなるようだな。・・・何か問題でもあるのか?」
「大ありだぜ!!」

チェスターは、大仰にふんぞり返った。

「ただでもやる気のないヤツらと一緒でうんざりしてるってのによ! ここで女なんて仲間に入れてみろ
・・・間違いなく“おままごと”になっちまうだろうが!」

しかし、この挑発的な台詞にも、「なんだとー!?」と抗議の声を上げたのは、最年少の火竜ライノ
だけ。傍らに立っていた風竜のライモンド、そして木竜のロンドとアークの兄弟は、決まり悪そうに
下を向いただけだった。それは、チェスターの言葉が真実であることを如実に物語っていた。

「オレは、んなのはごめんだからな! どうしてもそいつを仲間に入れるってんなら、オレはやめる。
・・・親父に言われただけで、元々好きでここに来てるんじゃねえんだしよ!」
「・・・分かった。好きにしろ。」
「おう、好きにさせてもらうぜ!」

木剣を肩に担ぎ、足音荒く歩き出すチェスター。その背中に、思い出したようにヴィーカの声が
かけられた。

「ああそうだ。最後に一度、手合わせをしてやれ。」
「手合わせ? 誰とだよ。」
「決まってるだろう。この子だよ。」
「そいつと!?」

振り向いたチェスターは、目を剥くと腰に手を当てた。ヴィーカとノルテを等分に見ながら、大声で言う。

「おっさん、本当にもうろくしちまったんじゃねえだろうな!? このオレに・・・まだ剣も握った
ことのねえやつと、本気でやりあえってのか!?」

「どうした。怖いのか?」
「けっ。それで煽ってるつもりかよ。・・・いいだろ、行きがけの駄賃だ。相手してやるよ!」

自分のことを見上げたノルテに愛用の木剣を手渡しながら、ヴィーカはウインクをした。

「ああ。構うことはない・・・思い切りぶちかましてこい。」
「・・・・・・。」

頷いたノルテは、既に木剣を構えていたチェスターに向かってつかつかと歩み寄っていった。渡された
木剣は、無造作に片手で持っているだけだ。

「さあ来な・・・おチビちゃん!」
「・・・・・・。」

固唾を呑む生徒たちの前で、チェスターの正面に立ったノルテは、木剣を大上段に振りかぶった。

(やっぱり素人かよ。・・・剣を弾き飛ばして、ちょっとビビらせてやるか!)

にやりと笑ったチェスターが、自分の前に構えた木剣を横にする。その次の瞬間だった。

「や―――――ッ!!」

ばきん。

(!!??)

振り下ろされたノルテの木剣が、チェスターの木剣を粉々に粉砕した。鼻先を通過した剣先に、
チェスターの長い前髪が舞い上がる。

「なっ・・・んなバカな!!」
「ああ、言い忘れてたがな。地竜には物の重さを自由に操れる能力があるんだ。今のその子の
木剣は、もしかしたらお前のベッドより重いかもな。」
「先に言えよそういうことは!!」

本来木剣は、密度が高く重い材質の木を使って作られるものだ。だからこそ扱うにはそれなりの
筋力が必要だが、そう簡単に折れたりしないのが特徴だった。それこそ、粉々になるなど本来は
あり得ないはずなのだ・・・そう、受け止めたものに余程の重さがなければ。
ヴィーカに向かって怒鳴ったチェスターの喉元に、ノルテの木剣が突き付けられた。青ざめた相手に
向かって、ノルテが静かに言う。

「私は、本気、で、剣を、習い、に、きたの。それ、を、馬鹿に、する、人は・・・許さ、ない。」
「う・・・」
「それ、に・・・私、は―――――」

びゅっ。
ここで、ノルテは木剣を目にも留まらぬ速さで一閃した。薙ぎ払われた剣先に、切断されたチェスターの
前髪の一部が宙を舞う。

(げっ・・・)

「チビ、じゃ、ない。」
「・・・・・・。」

真っ青になったチェスターは、真っ二つに折れた木剣を持ったまま、ここで尻餅をついた。くるりと
振り向いたノルテの瞳に、手を叩きながら自分に近付いてくる人物が映る。
水竜リステル。ヴィーカの補佐をしている成竜であり、今日のように火竜のカランが不在の日は、
代わりに彼が剣術訓練の補佐を務める決まりになっているのだった。

「いやー、お見事! すごいねー、ノルテちゃん。」

笑顔で自分の傍らに立ったリステルに向かって、ノルテは黙って木剣を一閃した。剣先がその頬を
かすめ、ややあって赤い血の筋が浮かぶ。
頬を押さえてよろめいたリステルが、慌てた様子でノルテに食ってかかった。

「なっ・・・なな、いきなり何をするんだよ!」
「アリシア、には・・・手を、出さ、ないで。」
「ぼぼ、ぼ、僕が何をしたって―――――」
「さっき、腰、に、手を、回した。」
「・・・・・・。」

ノルテの簡潔な言葉に、リステルの顔からざーっと音を立てて血の気が引いた。腰に手を回しただけで
こうなのだ・・・それ以上に対して、今後どんな“仕打ち”が待っているかを瞬時に察したのだろう。
カランに続き、また一人リステルにとって手強い相手が現れたことになる。
そんなリステルにちょっと目をやると、ノルテはヴィーカの方へと歩み寄った。木剣を返し、深々と
一礼する。

「ありが、とう、ござい、ました。」
「おう。なかなかいい筋じゃないか。鍛えるのが楽しみだ。」
「・・・・・・。」

無言で再び頭を下げるノルテ。その背後に、駆け寄ってくる軽い足音がした。

「あ・・・あのっ! その、おれ・・・!」
「・・・?」
「おれ、ライノっていいます! その・・・さっきの剣、すごかったです!」

振り向いたノルテの前に立っていたのは、火竜のライノだった。自分の木剣をしっかりと握り締め、
キラキラした瞳でじっとノルテのことを見つめていたライノは、次の瞬間・・・その場に膝をつくと大声で
こう言った。

「・・・・・・・・・ホレましたっ!!」
「・・・は?」
「これからは、師匠って呼ばせてください!」
「ライノ、カランさんのことはいいの?」
「アネゴはアネゴだよ。それとは別!」

後からやってきたライモンドの言葉に、立ち上がったライノは口を尖らせた。

「『それに私は・・・チビじゃない。』・・・くーっ、かっこいーっ!! おれも言ってみてー!!」
「あ・・・あの・・・」
「いやー、すごい腕前だね。今日初めて剣をさわったって本当?」
「ライノじゃないけどさ。僕たちもすっかり感心しちゃったよ。」

拳を握り締め、一人盛り上がるライノ。困り果てた様子のノルテに次に声をかけてきたのは、木竜の
二人だった。

「ここだけの話だけどさ。リステルさんの女ったらしぶりには、こっちもちょっとげんなりしててさ。」
「そうそう。最近はモニカさんを追いかけてるんだけどさ。流石のトレベスもこれには頭を抱え
ちゃっててね。」
「君みたいな人が、モニカさんを守ってくれたら万事解決なんだけどなあ。これからも、何かあったら
遠慮なくお灸を据えてやってね。頼んだよ。」
「・・・・・・。」

木竜特有の“邪笑”を浮かべたロンドとアークに囲まれて、おろおろするノルテ。辺りに大きな笑い声が
響いたのは、このときだった。

「はーっはっはっは!」
『?』

声の主は、先程ノルテに完敗したチェスターだった。立ち上がり、笑顔でノルテの許へと歩み寄ってきた
チェスターが、その肩を大仰にどやしつける。

「いやー、負けた! あんた、強いんだな。」
「・・・?」
「さっきは、あんなこと言って悪かったな。この通りだ。」
「あ・・・うん。」
「これで、剣の稽古にも張り合いが出そうだ。・・・なんたって、あんたに勝つっていう目標ができた
からな。」

戸惑いの表情を浮かべたノルテに向かって、頭を下げたチェスターはにやりと笑った。その様子には、
悪びれた様子は微塵も見られない。
日頃から斜に構えた言動の多いチェスターだったが、周囲には彼のことを嫌っている人間は
いなかった。これも、光竜の血を引く者ならではの屈託のなさから来ているのだろう。

「さ、行こうよ。まずは湖の周りを一周だ。」
「剣術の訓練はね、こうやって走ることから始めるんだ。次に準備体操、素振りをして・・・実際に剣を
振るうのはその後なんだよ。」
「・・・そう、なんだ。」
「君が来てくれて・・・僕もなんだかやる気が出てきたよ。もうちょっと、頑張ってみようかな。」
「よっしゃー、今日こそ勝つぞ! カクゴしろよ!」
「へっ。寝言は寝て言え。」
「んだとー!?」

笑顔の参加者たちに囲まれて、ノルテもこの日・・・ここにきてから初めての笑顔を見せた。
駆け出していく一行を笑顔で見送っていたアリシアに、ヴィーカが何気なく言った。

「もしかして、こうなることを予想してたのか?」
「え? なんのこと?」
「あの子・・・ノルテが、チェスターの鼻っ柱をへし折ることや、他のメンバーがやる気になるってことさ。」
「いいえ? あの子が仲間に入れば、いい刺激にはなると思ったけど。」
「そうか。」
「仕事以外では、頑として家の外に出ようとしなかったあの子が・・・やっと自分から外に目を向けて
くれたのよ。・・・応援してあげたくなるじゃない。」
「ふ・・・。そうだな。」

微笑んだヴィーカが、アリシアに目を向ける。

「剣の稽古、見ていくんだろ?」
「ええ。もちろん。」


はしがき

『沈黙者』で登場したノルテ。その年の秋の話です。
ただでも手が早いのに、剣まで遣えるようになったら・・・リステルの前途は多難なようです(邪笑)。