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ファルサラは、大きな窓の前に立っていた。
竜王の竜術士の正装。片手に抱えるバインダー。
それは、遠い昔・・・ファルサラが宮殿にいた頃の姿だった。

窓のある部屋は、がらんとしていた。
薄暗く、灰色で統一されたこの部屋に人の気配を感じたことはない。
窓から覗く外の風景だけが、いつも鮮やかだった。

窓を眺めながら、自分は何かを待っている。
それが何だったのか、思い出せない。
ただ一つ確かなのは、長い長い間待ち続けているということだけ。

あの窓を開けて、外に出ることができたら。
一体、自分は何を見ることができるのだろう。
それを確かめようと、窓に向かって一歩を踏み出す。
・・・そこで、いつも夢は終わるのだった。



  *


浅い眠りから目覚めたファルサラは、小さく咳き込んだ。ベッドの傍らで本に目を落としていた
グレイスが、それに気付いて顔を上げる。

「サラ・・・大丈夫?」
「ん・・・」
「お水、飲む?」

頷いたファルサラに向かってにっこりと笑いかけると、グレイスは手にしていた本を枕元に伏せ、座って
いた椅子から腰を上げた。
差し出されたコップの水を口に含み、一息ついたファルサラは改めて寝室の中を見回した。
老いのため白くぼやけた視界の中、窓に設えられたカーテンが揺れる。続いて、爽やかな初夏の風が
ファルサラの頬を撫でていく。

「今・・・」

いつかしら、と言いかけてファルサラは口を噤んだ。
竜王であるグレイスが自分の家にいられるのは、風竜の月上旬のほんの数日間に限られることを
思い出したからだ。

「あたしは、ここにいるから。安心して休んでね。」
「うん・・・」

グレイスに向かって、僅かに微笑んだファルサラは静かに目を閉じた。
こうして、自分がベッドから出ることができなくなってから・・・もうどれくらい経つのだろうか。
それは遠い昔のような気もするし、ほんの昨日だったような気もする。
それも、自らの命の炎が消えようとしている今となっては、どうでもいいことだった。

(・・・・・・)

もう、目覚めることはないかも知れない。
微かな恐怖を感じながらも、ファルサラは再び浅いまどろみに身を委ねた。


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