窓
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また、同じ夢だった。
大きな窓の前に佇み、そこで何かを待っている自分。
窓の外は、一面の雪景色。その白さが、目に眩しい。
この夢を初めて見た時は、窓の外の風景は初夏のそれだった。
ファルサラが年齢を重ねるにつれ、季節も移り変わっていった。
陽光輝く夏、紅葉鮮やかな秋を経て・・・
人生の最晩年に近付いた今は、雪の煌く冬になっている。
この風景が、再び春に戻ることはもうないだろう。
それだけは、理由もなくはっきりと分かった。
意を決して、窓に向かって一歩を踏み出す。
いつもはここで途切れるはずの夢に、この日は続きがあった。
一歩・・・二歩・・・三歩。足を前に出す度に、窓が近付いてくる。
この先に、一体何が待ち受けているのか。期待と不安に胸が高鳴る。
窓に辿り付いたファルサラは、しばらく躊躇った。
もし、この窓を開ければ。
長年待ち続けていたものに出会えるのではないかという期待と、
この夢が終わってしまうのではないかという恐怖が交錯する。
震える手で、窓の掛金を外す。
大きくそれを押し開けようとした瞬間、ファルサラの上にさっと影が差した。
驚いて顔を上げたファルサラの目に、懐かしい人影が映る。
そして、ファルサラは確かに自分を呼ぶ声を聞いたのだ。
「ファルサラ!」
*
「・・・サラ。・・・ファルサラ。」
「・・・・・・。」
肩を掴んで揺さぶられたファルサラは、ゆっくりと目を開けた。
霞んだ視界の中には、二つの人影があった。顔ははっきりと見えないが、その姿格好は似通って
いた。
(・・・?)
ファルサラが、当時竜王だったロッタルク出奔の責任を取って竜術士を辞めたのは、今から五十年
以上も前のことだ。それ以来、罪人にも等しい身の上となった自分のことを訪ねてくる相手は、
グレイスを除いてほぼ皆無だった。とすれば、今自分の目の前にいるのは・・・一体誰なのだろうか。
目を凝らしたファルサラに向かって、相手がホッとした様子で言った。
「よかった・・・間に合ったみたいだな。」
その声を聞いた瞬間、ファルサラの衰えた全身に震えが走った。忘れもしない、懐かしい声。それは、
半世紀を経た今も変わらないままだった。
目を大きく見開いたファルサラは、掠れる声で相手の名前を呼んだ。
「ロッタ・・・ルク・・・?」
「・・・ああ。ずいぶん、久しぶりになっちまったな・・・ファルサラ。」
「でも・・・どうして?」
「あたしが、手紙を出したの。」
横から、グレイスが口を出す。
「手紙・・・?」
「うん。どうやら、ちゃんと届いたみたいね。」
「そうなんだよ。・・・お前が、倒れちまったって聞いてさ。手紙見て、すっ飛んできたんだ。どうやら、
来るのがちょっと・・・遅くなっちまったみたいだけどな。」
「そんなことは・・・ないよ。・・・来てくれて、ありがと。」
ロッタルクに向かってにっこりと笑ったファルサラは、何故かしばらく躊躇う様子だった。辛抱強く次の
言葉を待っていたロッタルクの耳に、やがて小さな呟きが届く。
「あのときは・・・ごめんね。」
「ん? 何の話だ?」
「ううん。・・・もう、いいの。」
差し出されたロッタルクの手を握り、ファルサラは寂しげに笑った。
「ごめんね・・・。もう、立てないの・・・」
「ファルサラ・・・」
「起きたら、一緒に・・・お茶でも飲もうね・・・。」
「ああ。きっとだぜ。」
ロッタルクの手の温もりを感じながら、笑顔を浮かべたファルサラは目を閉じた。
話したいことは、他にもたくさんあった。
自分が書いた本のこと。突然途切れた手紙の理由。今はどこで、何をして暮らしているのか。
しかしそれも、一目ロッタルクの顔を見ることができた今、どうでもよくなっていた。
今眠れば、自分は再びあの夢を見るに違いない。
窓は大きく開け放たれ、傍らには若き日のロッタルクの笑顔があるだろう。
そして、自分は・・・今度は彼と共に、思うままに世界を駆け巡るのだ。
もう、夢から醒めることはないだろう。それでも、ファルサラの中に躊躇いや後悔はなかった。
(さよなら・・・ロッタルク)
はしがき
ロッタルクの術士だったファルサラの晩年の話です。
「窓」というお題を見て最初に浮かんだのが、『世界の果てから』でロッタルクが出ていった窓でした。
そこから思い付いたのがこんな話・・・相変わらず暗さ大爆発です(苦笑)。
BGM:『Let's Go!』(森高千里)