そばにいて  1   

そばにいて


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コーセルテルを巡る、久方ぶりの戦い。それは今、終末を迎えつつあった。
既に日は大きく西に傾き、その色は紅く変わっている。全身を返り血と夕日で真っ赤に染めたエレは、残った最後の“敵”と向かい合っていた。

「参ったな・・・。平和な理想郷のはずが、こんな“鬼”がいたとはな。」

周囲には、斬り捨てられた敵の死骸が散らばっている。むせ返るような血の匂いが、辺りには立ち込めていた。
自分も全身に傷を負っている。無数の斬り傷に、突き立った矢。
しかし、痛みはない。―――――怒りで、全身の血が煮え滾るようだった。
愛用の剣を、ゆっくりと構える。相手を睨み付ける瞳には、はっきりと狂気の光があった。

(絶対に・・・許さない―――――)

こんな気持ちで戦場に立つのは、人生で二度目だった。
国を・・・姉を、そして自らの恩人を失ったあの戦い。あのときは、全てを捨てて逃げることしかできなかった。
そして迎えた、二度目の戦い。
同じ過ちは、二度と繰り返したくない。例え、自らの命を失うことになろうとも。
愛する者を、護ることはできなかった。しかし、その仇を討つことはできる。その怒りをぶつける矛先は、目の前にあった。
笑みすら浮かべ、エレは無造作に相手に向かって近付いていった。

「いいだろう。来いッ!」
「―――――ッ!」

剣を低く構えたまま、一直線に相手の胸元へと飛び込む。その予想外の動きに、相手の動きが一瞬止まる。その隙を、エレは見逃さなかった。
繰り出された相手の剣先が、自らの胸を貫いた。熱い感触が、背中へと突き抜ける。

「何・・・ィ!?」

剣で貫かれた格好のまま、エレはゆっくりと自らの剣を持ち上げた。これで、相手は逃げることはできない。
次の瞬間、驚愕の表情を浮かべたまま、相手の首は胴を離れていた。

(やっ・・・た―――――)

首を切断された相手の体が倒れるまでの数秒が、永遠のように感じられた。 共に地面にくず折れる瞬間、エレの脳裏に浮かんだのは、最愛の補佐竜の面影だった。

(リリック・・・)

いかに不器用と言われようとも、自分にできることは、これしかなかったのだ。そして今、自分はそれを完璧な形で成し遂げた。
もし、どこかで再会することができたとしたら。
彼は自分を、褒めてくれるだろうか。立派な竜術士だと、誇ってくれるだろうか。・・・それとも、復讐など望んでいないと怒るだろうか。

(ごめん・・・ね―――――)

視界が、真っ暗になる。エレの意識は、ここで途絶えたのだった。


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