恋心    2 

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(・・・・・・)

庭園の片隅に聳える、ユーニスお気に入りの場所だったという大樹。その枝に腰かけたセリエは、
小さく溜息をついた。
麗らかな日差しが降り注ぐ庭園は、春の気配に満ちている。だが、それとは裏腹に、このときセリエの
浮かべていた表情は実に冴えないものだった。
竜術の勉強以外には、特にすることもない手持ち無沙汰な日々。もともと一人で過ごすのには慣れて
いたが、周囲とのぎくしゃくした関係がいつまで続くのかと考えると、こんな自分でも少々憂鬱になる。

敵意をぶつけられるのには、慣れていた。実際、元はと言えば自分はこの国の要である竜王を暗殺
するためにこの地を訪れたのであり、直接手を下した訳ではないとは言え、その際大勢の兵を
死なせてもいる。周囲に罵られ、傷つけられることは元より、場合によっては何らかの刑罰を受ける
ことも覚悟していた。
しかし、竜たちは驚くほどセリエに対して寛大だった。
もちろん、冷たい視線や態度を見せ付けられることはあった。特に地竜族にその傾向が顕著で、
宮廷内では無視されることもしばしばだった。しかしそれも、セリエが北大陸で経験してきたものに
比べれば無いも同然だった。
特に、先代の竜王の竜術士であったユーニスの育てた七人の子竜たち。自分たちの、言わば父を
殺そうとした相手に向かって、何故こうして笑顔で接することができるのか。顔を合わせれば必ず
嫌味の一つも口にするあのヴィスタでさえ、自分ことを快く思っていない宮廷の地竜たちを折に触れて
説得してくれているのだという。

(それにしても、だ・・・)

ユーニスの育てた子竜たちに思いを馳せたセリエは、先程の騒動を思い出して不快そうにすっと目を
細めた。
問題は、あのミリオという火竜だった。
何度痛い目に遭わせてやっても、懲りずに剣の勝負を挑んでくる。あの学習効果の無さには、セリエも
いい加減辟易しているのだが、他の子竜たちによるとどうやらそれは今に始まったことではないよう
だった。

(言うに事欠いて、私のことを・・・ペチャパイだと!?)

あまり人前でそうした素振りを見せたことはなかったが、セリエはちっとも女性らしくない自分の体型を
人一倍気にしていた。大人気ない・・・とは思うものの、人前で面と向かってからかわれると、どうしても
抑えが効かなくなってしまう。
それにしても、先程は少しやり過ぎたかも知れない。“竜王の竜術士”という体面もある・・・今後は、
できるだけ我慢するようにしなければ。

「そうかな。それはそれで魅力的だと思うけど?」
「気休めはよしてくれ。」

何気なく返事をしてしまってから、セリエは驚きに目を見開いた。慌てて自分の傍らに目をやると、
いつの間にかそこには一人の青年が立っている。
セリエの驚いた顔を目の当たりにした相手は、にっこりと笑うとセリエの隣に腰を下ろした。

「あ、当たり? やった。」
「おっ・・・お前は、一体・・・!?」
「ああ、ごめんごめん。・・・いや、驚かそうと思ったのは本当だけど。」
「!?」

鳶色の髪に、同じ色の瞳。がっちりとした体格の相手には、かなりの上背があった。初めて会う相手の
はずだったが、相手からどことなく懐かしい“気配”を感じることにセリエは気付いていた。

「そっ・・・それで! 私に・・・一体、何の用なのだ!?」
「別に、何も。」
「何も・・・?」
「うん。ただ、ここを通りがかったらさ、枝の上で当代の竜王の竜術士様が難しい顔して膝抱えてるじゃ
ないか。気にならないほうがおかしいだろ?」
「・・・・・・。何故、私が竜王の竜術士だと? ・・・いや、そもそもどうやって私を見付けたのだ?」
「ふふ。その格好を見ればすぐにわかるじゃないか。それに、悪いけどぼくには木竜術の資質も
あるからね。」

楽しそうに笑った相手が、セリエの横顔を覗き込む。

「何か、悩み事?」
「・・・・・・。」

からかわれているのかと思ったが、その眼差しには驚くほど真摯な輝きがあった。
しばらく躊躇ったセリエは、やがてぽつりぽつりと自らの置かれている状況を語り始めた。

「・・・皆とどう接すれば良いのか、分からぬのだ。」
「宮廷のみんなと? ・・・別に、特に問題はないって聞いてるけど。」
「だから困るのだ! 今まで、一人きりで過ごすことが多かったから・・・こう開けっぴろげな好意を
寄せられると、どうしていいか分からなくなる。・・・冷たくされる方が、余程楽なのだ。」
「ふーん・・・。」

今まで、他人との係わり合いは避けて生きてきた。そして、暗殺者として恐れられ、忌み嫌われる
人生を送るうちに、いつしかそれが当たり前になってしまっていたのだ。
心を開く・・・と口に出して言うのは簡単だ。しかし、具体的にはどうすればいいのか皆目見当も
付かない。しかし、こうして困り果てているセリエのことを、竜王であるアイザックは笑って見ている
だけだった。

「だから、何となく宮廷にもいづらくてな・・・真昼間からこんな体たらくだ。竜王も呆れて何も言わぬ・・・
“竜王の竜術士”も、名ばかりということだな。」

自嘲気味に頬を歪めるセリエ。しかし、次に相手が口にした言葉は、セリエには思いも寄らぬもの
だった。

「本気で、そう思っているのかい?」
「え・・・?」
「君には、君にしかできないことがきっとある。父さんもそう思ってるから、何も言わないんだと思うよ。」
「・・・・・・。そう・・・だろうか?」
「そうだよ。でも、それには本人がその気にならないとね。・・・母さんだって、こっちに慣れるまでには
随分かかったんだし。君の場合は事情が事情だから、その何倍も時間がかかるのは当然さ。」
「待て。先程から、父さん母さんと・・・それは、一体誰のことなのだ?」
「あれ。そう言えば、自己紹介がまだだったっけ。」

ここで枝の上に立ち上がった青年は、セリエに向かっておどけた様子で頭を下げた。

「ぼくはアステル。当代の風竜王アイザック、先代の竜王の竜術士ユーニスが一子。以後、お見知り
おきを・・・竜王の竜術士、セリエ様。」
「!! では、貴方は・・・!」
「おっと、“あなた”なんてやめてよね。母さんは母さん、ぼくはぼくさ。」
「しかし・・・これは、とんだ御無礼を・・・」

真っ赤になって頭を下げたセリエに向かって、アステルはにっこりと笑った。

「本当に、君はわかりやすい人だね。君のことを冷たいとか、何を考えてるのかわからないとか
言ってる人がいるみたいだけど・・・ぼくには、とてもそうは思えない。」
「・・・ッ!!」
「そういうところは、母さんにそっくりだよ。父さんも、そこに惹かれたんじゃないかな・・・。」

アステルの表裏のない台詞に、セリエは思わず顔を赤らめた。

(全く・・・恥ずかしい台詞を、よくもまあ次々と・・・!)

これでも、任務に当たって自身の感情を殺すことはもちろん、他人に感情を読まれないように様々な
鍛錬を積んできたはずだった。
しかし、竜王やこのアステルのように、風竜の素質を持つ相手にはそれが通用しないのだ。・・・もしか
したら、凍り付いたユーニスの心をアイザックが融かすことができたのも、この風竜気質故だったの
かも知れない。
一足先に地面に降り立ったアステルが、笑顔でセリエに向かって手を差し伸べた。

「さあ、宮殿に戻ろう。」
「何だと? いや、私は・・・」
「君の新しい“家族”を紹介してくれるんだろう? それを楽しみに、帰ってきたんだからさ。もちろん
・・・」

ここで、アステルは片目を瞑った。

「ぼくの帰省に合わせて、みんなが集まることになってる。久しぶりの家族の対面に、君を
引っ張り出すっていう役目もあるにはあるけどね。」
「!」

(敵わんな・・・)

全く、親子揃って・・・口の上手さは天性のものだ。
小さく首を振ったセリエは、諦めたように小さな笑みを浮かべた。枝から飛び降りたところを、不意に
アステルに横抱きに抱え上げられる。

「なっ・・・何を!?」
「ふふ・・・一回、これをやってみたかったんだ。知ってる? 父さんはね、よくこうやって母さんを
“お姫様抱っこ”して風竜術で移動したんだってさ。」
「な・・・!? ・・・そ、それはつまり・・・」
「うん。ぼくと君じゃあ、背丈が違いすぎるからね。こうすれば、話をするとき首が疲れることも
ないだろ?」
「・・・あ、ああ。・・・そうだな。」

慌てて頷くセリエ。今の“勘違い”に、アステルが気付いたかどうか。それは、誰にも分からない。
二人の体を、瞬く間に風が包み込む。その中、赤く染まったセリエの横顔は満更でもなさそうだった。


はしがき

晴れて竜王の竜術士となったセリエの宮廷での一コマを描いてみました。タイトルがなかなか意味深
ですが・・・はてさて、今後の事態の進展が気になるところですね(邪笑)。
なお、セリエの預かった子竜について。この時点では上からグレン(火竜・男)・ソウガ(水竜・男)・
スイラン(木竜・女)の三人で、それぞれの名前はセリエの持っている短剣の名前と共通です(漢字
表記だと紅蓮・蒼牙・翠嵐)。残りのメンバーについては、順次新作の中で明らかにする予定です。