メッセージ  1   

メッセージ


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「ごめんください。」

目指す家は、村一番の高台にあった。その門前に立った地竜術士見習いのキールは、丁寧なおとないの言葉を入れた。
しかし、しばらく経っても中からは何の反応もない。

「ごめんください。どなたか、いらっしゃいませんか。」

再び訪いを入れるキール。ややあって、家の裏手からそれに応える声がした。

「今、手が離せないから、入っとくれ。」
「では、失礼いたします。」

小さく頭を下げ、背の高い門をくぐる。家の脇を抜け、裏庭へと出たところで、キールは求める相手の姿を認め、深く一礼した。

「ご無沙汰しております、ファルハ殿。厚かましくも、お招きの言葉に甘え、参上いたしました。」
「ああ、あんたかい。・・・ったく、その余所行きの言葉遣いは、何とかならないもんかね。」
「申し訳ありません。人間、すぐには変われないもののようです。」
「ま、それもそうかね。」

斧を手にしたファルハが、キールの堅苦しい物言いに苦笑いをした。

「ところで、ファルハ殿。・・・先程のお言葉では、何やら今はお忙しいご様子。改めて出直しましょうか?」
「ああ、いや。ちょっと、薪割りをね。・・・今は一人暮らしだから、自分のことは自分でやらないといけなくてね。」
「なるほど。よろしければ、私にお手伝いさせていただけませんか?」
「そうだね。・・・じゃあ、一休みさせてもらうとするかね。」
「はい。」

持ってきた土産の包みを傍らの石の上に置くと、キールは差し出された斧を受け取った。切り株の上に薪材を立て、斧を地面と水平に構える。・・・次の瞬間、一歩踏み出すと同時に斧がその頭を叩き、薪材は見事に二つになった。
流れるような動きで、薪割りを続けるキール。その様子を横で眺めていたファルハが、感心したように言った。

「大したもんだね。・・・若い頃から、村の者が薪割りをする様子を見てきたけど、これほどの手並みを見たのは初めてだよ。」
「恐れ入ります。木の弱い部分を瞬時に見抜き、そこに刃を入れて割る。それは、人間と立ち合いをする際に、相手の弱点を見抜いて攻めることにも繋がります。以前、剣の師に鍛錬の一環として薪割りを課されたことがありまして、今ではこうして容易に木を割ることが出来るようになりました。」
「ふーん。武術の心得のないあたしにもできる、薪割りのコツみたいなものはないのかね?」
「そうですね・・・。先程、ファルハ殿の薪割りのご様子は拝見しました。本来、この程度の太さの薪材であれば、割る際に斧を振り上げる必要はありません。もっと軽くて刃も小さい、なたのようなものを用い、一旦薪材に刃を食い込ませてから薪材ごと叩けば、容易に割ることができるでしょう。」
「鉈ねえ。今度、息子に言って手に入れてみようかね。」
「はい。それが良いと思います。」

笑顔で頷くファルハ。こちらも微笑んだキールが、ファルハに向かって小さく頭を下げた。

「じゃあ、あたしは支度をしてくるから。悪いけど、しばらく待っていておくれ。」
「支度・・・ですか?」
「前に言ったろ、茶くらいは出すって。忘れたのかい?」
「ああ・・・はい。その、ありがとうございます。」

勝手口から家の中に入っていくファルハを見送り、再び斧を手にする。三本ほど立て続けに薪材を割ったところで、キールは背後に複数の足音を感じて振り向いた。そこへ、棘のある声がかけられる。

「これは、どういうことだい? どうしてここに、人殺しの仲間が入り込んでいるんだ。」

声の主は、眼鏡をかけた神経質そうな青年だった。その後ろには、長い髪を具えたもう一人の姿が見える。二人とも見事な巻角を具えており、フォルカ族の一員であることは間違いない。
フォルカの一族は皆長身だったが、このときの相手もその例に漏れず、キールより優に頭一つは背が高かった。その相手が、キールの手にしていた斧に目を留める。

「なるほど。父さんだけでは飽き足らず、次は母さんを狙っているというわけか。何とかに刃物とは、よく言ったものだ。」
「・・・・・・。」

これほどの、憎悪と侮蔑を含んだ言葉を浴びせられることは、コーセルテルに来て半年以上が経った今となっては、すっかり稀になっていた。
今の言葉から、恐らくこの青年は、かつてコーセルテル調査隊によって殺害されたフォルカ族の族長、ディークの縁の者なのだろう。そう察し、黙ってその場に跪いたキールの頭上に、癇症な相手の言葉が降ってくる。

「頭など、下げなくていい。さっさと、ここから出ていってくれ。・・・君の顔など見たくもないし、大事な母さんに君のような得体の知れない相手が近付いてもらっては困るんだよ。」
「・・・・・・。」
「これは、現フォルカ族族長の言葉として受け取ってもらいたい。・・・今後一切、フォルカの村への立ち入りは―――――」
「アスフル。あんた、あたしの客に文句があるのかい?」

滔々とまくし立てていた相手の言葉が、ここでぴたりと止まる。勝手口から姿を見せたファルハが、腰に手を当てると相手を睨み付けたからだ。

「あ・・・ああ、母さん。だから、前から一緒に住もうって言っていたじゃないか。こんなところに一人で暮らしているから、余所者が入り込んだり―――――」
「黙りな。だったらあんたが、毎日ここに様子を見にくるのが筋ってもんだろう。それを何だい? 週に一度、言い訳のように顔を見せるだけじゃないか。」
「いや、だからそれは―――――」
「あたしは、あの人との思い出が詰まった、この家で暮らしたいんだよ。・・・それに、あたしはキールをゆるしたんだ。キールがここに来ることに、何か不都合があるってんなら、聞こうじゃないか。」
「母さん・・・。」
「ほれ、あたしはこうして元気だった。用が済んだんだから、あんたこそさっさと帰んな。」
「・・・―――――ッ!」

唇を噛み締めたアスフルが、ここでファルハに向かって小さく頭を下げた。その隣で跪いたままだったキールを憎々しげに一瞥すると、足音荒く裏庭から出ていく。その後姿を見送っていたもう一人が、ゆっくりとキールの前へと進み出た。
こちらも、キールより頭半分は上と、かなりの長身である。栗色の癖のある髪は腰の中程まで達しており、ぺこりと一礼した際に軽やかな音を立てた。じっとキールを見つめる瞳は澄み切った水色で、静かな湖の水面を思わせる。

「先ほどは、兄が失礼を申し上げました。」
「いえ・・・。お腹立ちは、当然のことかと存じます。」
「申し遅れました。わたしは、ファラーシャと申します。前フォルカ族長ディークと、その妻ファルハの娘です。先ほどここを出ていったのが、わたしの兄で現族長のアスフルです。」
「ファラーシャ殿。私は、コーセルテル調査隊の一員であった、キールと申します。本日は、以前ファルハ殿にいただいたお招きの言葉により、こちらにお邪魔したところです。」
「はい。」
「・・・ファラーシャ殿は、お怒りではないのですか。父上を殺めた、コーセルテル調査隊の一員であった私に。」
「いいえ。眼を見れば、どのような方かはわかります。・・・あなたは、悪い方ではないのでしょう。だからこそ、母もここにあなたを招いたのだと思います。」
「・・・・・・。」
「兄はあのように申しておりましたが、それだけ父に対する愛情が深かったのだとお考えください。普段は、優しく民思いの族長なのです。・・・どうかわたしに免じて、本日の兄の言葉はお忘れいただければと思います。」
「いや、これは・・・そのように申されては、こちらが恐れ入ります。」

慌てた様子で頭を下げるキール。ここで再び一礼したファラーシャが、キールの傍らに立っていたファルハに視線を投げかけた。

「それでは、わたしも戻ります、母さま。兄さまのあの様子では、皆に無理難題の一つも言い出しかねません。」
「ああ。アスフルのことは、頼んだよ。」
「はい。・・・キールさま。また、お会いすることもあるでしょう。そのときは、わたしもゆっくりとお話をさせていただきたいものです。」
「こちらこそ。そのときを、楽しみにしております。」
「はい。・・・では、失礼いたします。」

去っていくファラーシャの後姿を見送りながら、キールは自分の心がざわめくのを感じていた。

(似ている・・・)

容姿も、その話し方も、似ても似付かない。しかし、あの瞳の深さ・・・そして、言葉の端々に感じられる意志の強さは、かつて自分が命を懸けて護ると心に決めた相手とそっくりだった。

「何を、ぼんやり突っ立っているんだい。」
「ああ、いえ。何でもありません。・・・それよりファルハ殿、薪割りはどの程度行えばよろしいでしょうか。」
「もういいよ。それだけあれば、数日は持つだろ。」
「ですが・・・それでは、数日を待たずして、またファルハ殿が薪割りを行わなければならなくなります。折角私がここに参ったのですから、せめて―――――」
「日々、足るを持って善しとせよ。・・・これがフォルカの掟でね、あまり欲張らないのがあたしたちの生き方なのさ。それに、薪が足りなくなったら、またあんたが来てくれればいいじゃないか。違うかい?」
「あ・・・ええ。そうですね。仰る通りです。」
「だろう。・・・さあ、行くよ。急がないとお茶が冷めちまう。」
「はい。では、お邪魔いたします。」
「こっちだよ。足元に気をつけな。」

ファルハに続いて、勝手口から家の中に入る。導かれるままに向かったのは、壁際に設えられた急な階段だった。


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