メッセージ
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延々と続いた螺旋階段の突き当たりは、十五リンク(約三メートル)四方の部屋になっていた。壁に沿って背の低い書架が設けられ、部屋の片隅には小さな机が置かれている。
先に部屋に入ったファルハが、四面の鎧戸を次々に開けていく。そこから目に飛び込んできた景色に、キールは思わず感嘆の声を漏らした。
「これは・・・!」
「どうだい、いい眺めだろう。」
身を乗り出すようにして周囲を見回しているキールの様子に、ファルハがにこにこしながら言う。
ファルハの家は、元々高地にあるフォルカの村の北の外れの、中でも一際高い山の上に建てられていた。その上に更に百五十リンク(約三十メートル)以上の塔が築かれているのである。開け放たれた窓からは、眼下のフォルカの村の全景だけでなく、遠くのクランガ山から中央湖、果てはいくつかの獣人族の村の様子までもを目にすることができた。
「これは・・・ディーク殿が建てられたものですか?」
「そうさね。元々あたしたちフォルカは高いところが好きなんだけど、あの人は筋金入りだったね。昔、これはコーセルテルの中で最も高い建造物だって、自慢してたことがあったね。」
持ち込んだカップにポットから紅茶を注ぎながら、ファルハがくすりと笑った。
確かにクランガ山の方がここよりも標高は高いことになるが、グイ族が住んでいるのは基本的に山の斜面にある洞穴であり、一から建てた建物らしい建物は数えるほどしかない。ましてや、このような高い塔を備えた建物など聞いたことがない。
「あの人は、ここを“天文台”って呼んでたね。空を観察する場所って意味らしいんだけど、文字通りあの人は、暇さえあればここに来て星を眺めてた。」
「星・・・ですか?」
「ああ。・・・それ、見てごらん。」
傍らにあった、見慣れない道具を指差すファルハ。木製の筒の両端にガラスが嵌め込まれ、それが三脚で床に固定できるようになっている。
「それは、望遠鏡っていってね。遠くのものを、大きくして見ることのできる道具なのさ。あの人が、火竜やターフ族の職人たちと、色々と工夫して作ったものらしいんだけどね。」
「そうですか・・・。」
「あの人はここで、夜空の星や月を眺めては、その記録を付けてた。物好きだねって、あたしや息子たちは笑ってたんだけど・・・あたしは、そんなあの人の姿を見ているだけで、幸せだった。」
「・・・・・・。」
しばらくの間、無言で景色を眺めながら紅茶を味わう二人。しばらくして、ファルハがぽつりと言った。
「実はね。この“天文台”にあたしたち夫婦以外が入ったのは、あんたが初めてなんだよ・・・キール。」
「え・・・? その、私などが・・・よろしかったのでしょうか?」
キールの問いには答えず、ファルハは傍らの机の上から、一冊のノートを手に取った。パラパラとページを捲りながら、遠くを見るような目になる。
「あの人が、死んで・・・。あたしがここに入ったのは、そうさね・・・半年近く経ってからだったかね。・・・ま、ここはあの人の象徴みたいな場所だったからね。入るには、少し心の準備が要ったんだよ。」
「・・・・・・。」
「で、ここに来て、これを見付けた。・・・ここ、見てごらん。」
ファルハに手渡されたノートの最後のページには、ただ一言「星は誘えど、強制せず」とだけ書かれていた。
「これは・・・?」
「あの人は、自分の記録した星の動きを元にした、占いの研究をしていたみたいなんだよ。占星術、って言うそうなんだけどね、あたしにはよくわからなかった。・・・今はもうあんたのお師匠さんのところに返しちまったけど、当時はここに、古い占いの本がたくさんあったもんだよ。」
「・・・・・・。」
「その言葉は、“星は危機を知らせてくれるが、行動するかどうかは自分次第である”という意味なんだとさ。あの人は、あの日・・・自分の身に何が起こるか、薄々感付いてたんだろうね。だけど、それでも一族のために、敢えてその身を投げ出した。」
「・・・・・・。」
「それを見てからだよ。あの人の死は、不慮の事故じゃない。あの人が、自分の意志で選んだ結果であって、きっとあの人も納得してるんだ・・・って思えるようになったのは。それで、あんたに声をかける気になったのさ。」
「ファルハ殿・・・。」
風になびく髪を軽く押さえながら、俯いたキールに向かってファルハが穏やかに微笑んだ。
「ふふ・・・。これで、あたしも本当に吹っ切れそうだ。」
「・・・・・・。」
「ねえ、キール。これからも、ここに来ておくれ。・・・今度は、一緒に星でも見ようじゃないか。」
「はい。・・・必ず。」
しっかりと頷くキール。その肩を抱くような格好で、ファルハが眼下の景色に目をやった。
時刻は、午後の半ばを過ぎ、陽の光の色が変わり始める頃だった。黄金色に染まり始めた景色を見下ろしながら、二人はいつまでもそこに立っていた。
はしがき
『(25)ごちそう』に引き続き、合同誌からの派生ネタです。崎沢さんにファラーシャのラフ画を描いていただきまして、「イラストまであるのに小説に登場してないのは悪いなあ」ということで、その兄共々登場させてみました(笑)。
なお、合同誌9号をお読みの方はご存知だとは思いますが、この後キールとファラーシャは結婚し、娘のマリカが生まれることになります。しかしこの二人が夫婦になった場合、さぞかし夫婦間の会話が堅苦しくなりそうですね(大笑)。
なお、文中の「星は誘えど、強制せず」は、本来占星術を批判する意味の言葉です(解釈次第で、どのような意味にも取れるため)。ここでは敢えて、それを逆の意味で捉えています。