「シアワセ」はどこにある。  1   

「シアワセ」はどこにある。


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「・・・ユーニス様。」

名前を呼ばれ、宮殿内の廊下を歩いていたユーニスは振り向いた。近くの部屋から顔を覗かせた
のは、現在竜たちを取りまとめている水竜のグレーシスだった。

「皆さんご一緒なのですね。これから、どちらへ?」
「今日は、これから風竜術の勉強があるのだ。庭園でヒューが待っている。」
「そうでした、今日は風の日でしたね・・・。」

物問いたげなグレーシスの視線に、ユーニスは小さく頷いた。そのまま、連れていた子竜たちに
向かって言う。

「・・・ああ、そうだ。皆、グレーシスにちゃんと挨拶をしろ。」

頭の上に乗っているのが最年長、風竜のエリカ。右肩には火竜のミリオ、左肩には木竜のアルルが
それぞれ陣取っている。その上、地竜ヴィスタが掴まっている左手には術士の証である杖を持ち、
右手で末っ子の水竜のフェルムを抱えて涼しい顔をしているのだから、並大抵の腕力ではない。
こうやって五人の子竜を抱えて歩き回るユーニスの姿は、既に宮殿内の日常風景となっており、
最近では驚く者もいなくなった。

『こんにちはー!』
「はい、こんにちは。皆さん、元気がいいですね。」

子竜たちに揃って挨拶されたグレーシスは、笑顔でそれに応えた。

「しかし、ユーニス様。これは風竜術に限ったことではありませんが・・・術の勉強を屋外で行う必要が
あるのですか? 宮殿内には術の練習に使える部屋もありますし、その方が何かと危険も少ないと
思いますが・・・」
「確かに、それはそうだ。だが、ヒューに『こうした術の勉強は、実際にそれを使うことになる場所で
行うのが効果的だ』と言われてな。つまり、それは屋外ということになるだろう。」
「なるほど・・・。」
「風竜術の勉強に、風竜であるエリカ以外を伴うのもそうだ。他種族の術と言えど、その実際を目にし、
体験することは大きな意味があると思うのだ。」
「確かに。それは、ユーニス様の仰る通りです。」
「ところで・・・私に何か用なのか?」

大きく頷いていたグレーシスは、ここでユーニスの全身に目をやった。

「ああいえ。新しく作らせた、“竜術士”の衣装はいかがですか?」
「ああ・・・悪くない。どこぞの王侯貴族の娘のように、ひらひらしたものを着せられては敵わんと思って
いたが・・・それもないしな。」
「しかし・・・。ユーニス様、重くはないのですか?」
「いや。逆に、この程度の杖では軽過ぎてどうも落ち着かん。例の儀式用の杖を持ち歩くべきか、
真剣に考えているところだ。」
「いえ、その・・・杖ではなくてですね、子竜たちのことです。」
「ああ。」

小さく笑ったユーニスは、自分の体に鈴なりになっている子竜たちを見回した。

「まだ、向こうにいる時の話だがな。兵としては、この程度の重さの装備を持ち歩くことは珍しくない。
まあ、このまま長駆するとか、剣を振るえと言われれば難しいだろうが・・・。」
「はあ・・・。そのようなものですか。」

ユーニスが“竜術士”としてフェスタの宮廷に迎えられてから半年。最初に決められたのが、地の五竜と
呼ばれる火・風・水・木・地の五種族の子竜を預かることだった。暗竜と光竜に関しては少し特殊な
事情があるらしく、現在その話が進んでいる最中なのだという。
無論、素質があるというだけでユーニスは“竜術”を実際に使ったことはなかった。そのため、各種族
から一人ずつ選任の指導者が選ばれ、毎日こうやって子竜たちと共に竜術を学ぶ日々が続いている。

「では、お気を付けて、ユーニス様。」
「ああ・・・。」

拝礼をして去っていくグレーシスの後姿を眺めていたユーニスは、束の間寂しそうな表情を浮かべた。

(様・・・か)

「ユーニス、どうかしましたか?」
「・・・いや。何でもない。」

ヴィスタの声に我に返ったユーニスは、再び廊下を歩き出した。
すれ違う廷臣や衛兵たちは、ユーニスを見かけると恭しく礼をして見送る。庭園に通じる扉の前に
辿り付いたユーニスは、衛兵に声をかけた。

「ご苦労。これから、術の稽古がある。そこを開けてくれ。」
「はっ。」

頭を下げた衛兵が扉を開く。そこから溢れ出た眩しい春の陽光に、ユーニスは目を細めた。
真竜族の都、ロアノーク。その中心部に位置する宮殿には、広大な庭園があった。その広さは
北大陸の小さな城郭ほどもあり、内部には小さいながら本物の森や泉もあった。
庭園のほぼ中央には、小さな日時計の据えられた台座があった。その前まで進んだユーニスは、
改めて辺りを見回した。毎回待ち合わせはこの場所と決めていたのだが、なぜか付近に先生役の
ヒューの姿はなかった。

「ヒュー! どこだ?」
「おーい! こっちこっち!」

返事は、遥か遠くから聞こえた。振り向いたユーニスの目に、宮殿の屋根の上に腰掛けているヒューの
姿が映った。笑顔で大きく手を振っている。

「遅かったじゃないか。随分待ったんだぞ?」
「いや、済まん。そこでグレーシスに捕まってな。」
「ふーん? 奴さんは何の用だったんだ?」
「この服の感想を聞かれた。」
「・・・はは、そういうところに気を回すなんて、あいつらしいな。」

風竜ヒュー(リンさん作画)

笑いながら風竜術でユーニスの傍に降り立ったヒューに向かって、アルルが指を突き付ける。

「ぶれーもの! このお方をどなたとこころえる! 口のききかたに気をつけろ!」
「なにおう? 尻尾も消えてないガキんちょのくせに。そういうセリフはな、舌が回るようになってから
言うもんだぜ。」
「あうっ!」

ヒューに額を小突かれたアルルは、ユーニスの左肩の上でのけぞった。くすっと笑ったユーニスは、
ヒューに向き直った。

「今日は、どんな術を?」
「ああ。とりあえず、前回の続きで飛翔術の練習からな。まずは、一緒に飛んで・・・感覚を思い出す
ところから始めようか。」
「あ、あの・・・私は、別に・・・」

途端に青くなったヴィスタに、ヒューがにやりと笑う。

「ああそっか、地竜は高いところが苦手だったっけ。・・・心配するな、小さい頃から慣らせば、きっと
平気になるさ。」
「でも・・・」
「ヴィスタ、高い所が苦手なのは私も同じだ。だが、これも一人前になるために必要な鍛錬だと・・・こう
考えようではないか。」
「ユーニス・・・。・・・はい、分かりました! お供します!」
「よし、いい根性だ。じゃ、行くぜ!」
「ああ、頼む。皆、しっかり掴まっていろよ。」

ユーニスの言葉に、ヴィスタはキッと唇を結ぶと頷いた。再びにやりと笑ったヒューが、大きく手を
広げるとその風竜術を発動させる。
次の瞬間、七人の姿は遠い空の彼方へと消えていった。


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