「シアワセ」はどこにある。
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「なあ、ユーニス・・・。そろそろ、返事を聞かせてくれないか?」
「返事?」
ユーニスの部屋では、五人の子竜たちが行儀よく並んで昼寝の真っ最中だった。バルコニーからその
様子を眺めていたユーニスは、隣に立っていたヒューの方を振り向いた。
「この前の話だよ。・・・考えてくれたんだろ?」
「ああ・・・あれか。」
部屋に向かって視線を戻しながら、ユーニスはゆっくりと言った。
「私は、今年で三十三になる。人間としては、決して若くはない・・・。」
「うん。・・・それで?」
「知っての通り、私は遠い昔に女であることを捨てて今まで生きてきた。剣の他に取り柄もない。
やはり、誰か・・・同族の中から相手を探した方がいいのではないか。お前ほどの者であれば、
望めばどのような相手も首を縦に振るだろうしな・・・。」
「・・・・・・。そうか・・・。」
「分かってくれたか・・・。」
「ああ。ますます惚れたぜ。」
にやりと笑うヒュー。頬を赤らめたユーニスは、寄りかかっていた手摺から身を起こすと、慌てた
素振りで腰に手を当てた。
「わっ・・・分からんやつだな! 私などの、どこが良いというのだ! 私よりも美しく、淑やかな女は
それこそいくらでもいるではないか!」
「生憎、オレはそういった“女らしい女”ってのは苦手でね。あんたみたいな、毅然とした生き方をして
いる相手に惹かれるのさ。それに・・・」
「それに・・・何なのだ?」
「何が魅力的かを決めるのかは、あんたじゃない。オレだ。」
「おいヒュー、何を・・・」
「何度でも言うさ。オレは、あんたがいいんだ。」
ヒューに真正面から見つめられたユーニスは、たちまち真っ赤になった。
「しかしな! 私は、人間なのだぞ!? 今、この宮殿にいる、たった一人の人間だ!!」
「そりゃ、分かってるけどさ・・・」
「いや、分かってない! 種族の壁というのは、お前が考えている以上に厚いのだ! 皆他人
行儀で、素のままで接してくれるのは、この子たちとお前くらい・・・それがどんなに辛いこと
なのか、お前に分かるのか!!」
「ユーニス・・・。」
「そんな私と一緒になれば・・・ヒュー、お前も白い目で見られることになるのだぞ!! それでも
良いと言うのか!?」
迸るようにここまで言ったユーニスは、拳を握り締めたまま下を向いた。
宮殿の皆が、自分に対して敬意を払ってくれているのは知っていた。多分、好意を寄せてくれている
者も多いのだろう。・・・それでも、どこかで一線を画されているという感じは否めない。
無論、最初から何事もなく竜たちに受け入れてもらえるとは思っていなかった。竜たちに対してどう
接していいのか分からない・・・というのは、ユーニス自身も感じていることではあるのだ。それは
お互い様なのだろうとも思う。
自分が皆に避けられている原因が分かっているのなら、それを取り除く努力をすればいい。しかし、
それが「種族の違い」というユーニス自身ではどうにもできないものである以上、今ユーニスにできる
ことは何もない。・・・それが殊更に口惜しかった。
宮殿に迎えられてから、既に半年が経っている。このまま、時が過ぎるのをじっと待つしかないのか。
預かる子竜たちを、無事に育てることができるのだろうかという重圧・・・そして、そもそも自分がここで
暮らしていけるのだろうかという不安。半年の間に積もり積もったものが、ここに来て一気に出て
しまった、という格好だった。
肩を震わせているユーニスの隣で、ヒューは空を見上げた。
「実はさ。あんたの先生役を引き受けるに当たって、族長からは耳にタコができるほど言われたんだ。
・・・あんたは人間だから、あまり深入りするなってさ。」
「だろう! 当然の言葉だろうな!」
「でも、そんなことは関係ないね。恋愛は個人の自由だろう。」
「しかし、それでは・・・ッ!」
「おっと・・・別に、あんたをさらってどっかへ逃げようとか思ってるわけじゃないぞ。周りになんて言われ
ようと、堂々とあんたと付き合うさ。それの、どこが悪いんだ?」
小さく肩を竦めたヒューは、珍しく真面目な顔になった。そのまま、ユーニスの肩を抱き寄せる。
「なあ、ユーニス。さっきあんたが自分で言った通り、今ここにいる人間はあんただけだ。そりゃ、
これから“竜術士”としてこの国の人間も増えていくだろうが・・・それまでは、あんたは一人きりって
ことになる。」
「・・・・・・。」
「確かに、あんたとオレは種族が違う。例え結婚できたところで、その先どうなるかも分からない。
けどな。」
縋るような目で自分のことを見上げたユーニスに向かって、ヒューははっきりと言い切った。
「あんたが寂しそうにしてるのは、オレには見てられないんだよ。」
「ヒュー・・・」
「種族が何だ。寿命がどうした。お互いの立場なんてくそくらえだ。純粋に、好きな相手同士が一緒に
なる。それのどこが悪いんだ? ・・・オレは、そう思ってる。」
「・・・・・・。」
「・・・まあ、あんたがイヤだって言うんなら、無理にとは言わないけどさ。」
二人が佇むバルコニーを、春の柔らかな微風が吹き抜けていく。長い間、黙ったまま自らの足元を
見つめていたユーニスは、やがて小さな声で呟いた。
「しかし・・・しかしな。・・・私には、自信がないのだ。」
「自信?」
「ああ・・・。」
首を傾げたヒューに向かって、ユーニスは恥ずかしそうに言った。
「実は、私はな・・・女とはどういうものなのかが、よく分からないのだ。物心ついてからは武術の訓練に
明け暮れてきたし、十六で初陣を飾って以来ずっと戦場を駆け回ってもきた。・・・何が女らしいとか、
そういったことを学ぶ機会もなかった・・・。」
「ふーん。」
「お前が期待している、女・・・とは、やはりどこか違うような気がする。・・・それでも、良いというのか?」
「いいんじゃないか。あんたに好きな相手がいて、相手もあんたが好きだって言ってくれれば。難しい
ことは何もないさ。」
「・・・・・・。」
ユーニスは、頬を染めると俯いた。そんなユーニスの顔を横から覗き込むようにして、ヒューは
ゆっくりと尋ねた。
「・・・いいんだな?」
「・・・ああ。」
「そうこなくっちゃな!」
しばらくの間考える様子だったユーニスは、やがてはっきりと頷いた。顔を上げると、ヒューに向かって
微笑みを浮かべる。相好を崩したヒューが、満面の笑みでユーニスを抱き締めるまで、そう時間は
かからなかった。
バルコニーの手摺の上に立ったヒューが、ユーニスに向かって手を差し伸べた。

「そうと決まれば、さあ・・・行こうぜ。」
「行くとは・・・ヒュー、いきなり何の話だ?」
「野暮なことを言わせるなよ。子竜たちがいたらできないことを、色々とさ。ここからは、二人きりの
個人授業ってワケだ。」
「ああ・・・そう、か。」
ユーニスが、差し出された手を取る。次の瞬間、二人の姿はバルコニーから消えていた。
*
ヒューが初代風竜王アイザックとして即位するのは、この二年後のこと。二人の子孫は、八千年の時を
越えた今でも受け継がれ、風竜術士の家系として残っている。
はしがき
「初めての竜術士」となったユーニスですが、多分最初はこんな苦労もあったのではないかと。
子竜たちの名前は、全て色の名前から取りました。ミリオとアルルが男で、残り三人は女の子。
ここには登場していない暗竜ノクト(男)と光竜エクル(女)をユーニスが預かることになるのは、
この翌年のことです。