Genocide      3 

 −3−

ゲートを通って戻った魔王城は、既に薄暮の中にあった。

(・・・?)

部屋の入り口で立ち止まったクーデリカは、小さく首を傾げた。入り口の扉が、外からの強力な封印によって守られている。しかし、自分がここに飛び込んだ際、そのようなものを施した覚えはない。

「・・・!」

封印を解除し、外に出る。入り口の脇にもたれ掛かる格好で息絶えていたのは、魔界軍の実戦隊長であるティラだった。傍らには愛用のスパイクハンマーが無造作に投げ出され、その胴には無残にも、数本の槍が突き刺さったままだった。
恐らく、こと切れる寸前に、残された全ての魔力を振り絞った封印を施したのだろう。流石の人間たちも、これを破るには時間がかかりすぎると判断し、諦めて立ち去ったのだ。クーデリカが、カザルスと最期の別れをすることができたのも、彼女のお蔭ということになる。

(ティラ・・・)

その死に顔には、満足そうな笑みすら浮かべられていた。一瞬、冷たくなったティラの骸を掻き抱いたクーデリカは、立ち上がると城壁へと繋がる階段をゆっくりと上っていった。

「誰か・・・。誰か、おらぬか・・・?」

城内は、しんと静まり返っている。階段を上りながらの声に、反応する者はなかった。
やがて辿り着いた城壁。その上から見下ろした戦場の様子に、クーデリカは思わず戦慄した。
視界一杯に広がる、魔族の死体の山。見回した城壁の上、振り向いた城塔のいずれにも、こと切れた魔族たちの亡骸が目についた。
城門の前に、小山のように積み重なったゴブリンたちの死体があった。恐らく、最後の力を振り絞って城内への侵入を阻止しようとしたのだろう。その中程、まだ立っている人影を目にしたクーデリカは、慌ててその傍らに近寄り・・・そして絶句した。

「グルー・・・ガル・・・。」

戦斧を手にしたグルーガルは、十数本の矢が射込まれた状態で、まだ立っていた。かっと見開かれたままの眼が、もう人影のなくなった敵陣の辺りを睨み据えている。・・・グルーガルが最後まで城門を守って戦い、そして死んでいったことは明白だった。

「誰か・・・。生き残った者は、おらぬのか・・・?」

累々と積み重なる、魔族の死体。どこを見回しても、クーデリカの声に反応する者は既にいなかった。戦の前にクーデリカが飛ばした檄を忠実に守り抜き、文字通り“最後の一兵まで”戦い抜き、そして死んでいったのだ。

「魔王様・・・。私は、これから・・・一体どうすれば・・・」

がっくりとその場に膝をついたクーデリカは、大鎌に縋るようにして、闇に染まり始めた空を見上げた。頬を伝う涙が、輝き始めた月の光にきらりと煌く。
出来ることは、もう何もない。敵を追って復讐を遂げることも、魔王に殉じることも禁じられた。導くべき魔界の民の姿は、既にこの城の中にはない。

「応えて、ください・・・。・・・魔王、様―――――」

その声を聞く者は、もう誰もいない。


はしがき

「はるかな昔」と公式ストーリーに記された、魔王と勇者の戦いの実際を書いてみました。カディエが主人公の『stand by me』でちらりと触れた内容ですが、とかく伝説とは歪曲されがちなもの・・・というスタンスで楽しんでいただければ幸いです。
なお、クーデリカとカザルスは転生を果たし、現在のパンヤ島で再び巡り会うことになります。それが誰なのかは、作中の愛称からご想像ください。

タイトルの「Genocide」とは、(特定の民族に対する)虐殺を意味する言葉です。同名の素晴らしいBGMに巡り会えましたので、それをそのまま拝借しました。

BGM:「ジェノサイド」(FEDA The Emblem of Justiceより)