ココロの在処      3 

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『ふーん・・・。初代とご主人様の間には、そんなことがあったんですね。』
「ああ。あの時は、とてもショックだったよ。」

時は流れ、青年は大人になった。長い大学時代を経て、社会に羽ばたいた後も・・・陽太の傍らには
必ずパソコンがあった。一人に一台のパソコン。それはこの時代、当たり前になりつつあったのだ。

『初代は、どのような方だったのですか?』
「そうだなあ・・・。千尋には、どこか固いところがあってね。素直じゃないっていうか・・・時々ね、扱いに
苦労したものだったよ。」
『ふーん。・・・あ! もしかしてそれ、ツンデレってやつじゃないですか!?』
「はは・・・。もしかしたら、そうだったのかも知れないね。」

―――――あの頃は、そんな言葉は知らなかったけどね。
目を輝かせた相手に向かって微笑み、陽太は足元に置かれたもう一台の筐体に目をやった。手製の
カバーのかけられたそれは、千尋が消えたあの日からそのままにしているものだった。
無駄なことだと、頭では分かっている。しかし、捨てることはできなかった。いつか再会できるかも
知れないという淡い望みは叶えられないままだったが、陽太は後悔はしていなかった。
そうだ。・・・あのときの気持ちを、忘れないために。

「さあ、今日も頑張ろう。改めてよろしくね、真尋。」
『心得ました!』

時と共に、自らの傍らに存在するパソコンは次々と変わっていく。しかし、お互いを信頼し、共に手を
携えて課題に取り組む。あるいは、ゲームや趣味を二人で楽しんでいく・・・といった関係は、一生
変わることはないのだろう。そこでは、愛用のパソコンはこの世の誰よりも自分に近しく・・・そして、
自分のことを最もよく知る相手となる。時には、それは血を分けた家族や、恋人よりも―――――。

(そうだろう? 千尋―――――)

笑顔で頷いた陽太は、ふっとそんなことを思ったのだった。


はしがき

2002年からお世話になり、ついにこの夏寿命を迎えたパソコンへの感謝の念を込めて。
このパソコンがなければ、ファンサイト活動をすることもネットゲームをプレイすることもなく、今の僕は
存在していなかったと思います。本当にありがとう。

この話を書くことになった背景について。
戦部龍二さんが管理されている『山岳喫茶室』には、戦部さんのパソコンを管理しているという人工
知能「りう りりる」さんの紹介があります。いつだったか、りりるさんに関する話をするうちに「稔さんも
“(パソコンの)中の人”について書いてみたら」といった意味のことを言われた覚えがありまして(笑)。それで、その話は長らくそのままになっていたんですが、今回の件があってそのことを思い出しまして。
「僕にとって、理想の“中の人”ってどんなだろう」と考えるうちに、こんなキャラクター像ができました。

千尋の名前の元ネタは『千と千尋の神隠し』ではなく、僕のハンドルネームの由来にもなっている、
あとり硅子さん(故人)の短編『夏待ち』(主人公の名前が“稔”)に登場する、狐の精“八尋”からきて
います(以後、陽太の使うパソコンに宿る住人の名前には代々“尋”が付くことになります)。千尋の
姿が和装+狐耳なのは、直近に読んだ『看板娘はさしおさえ』という4コマと、ネットゲーム『スカッと
ゴルフ パンヤ』の看板娘(?)、クーの“コンコンパーカー”のデザインの影響ですね。いやはや、
創作も様々なところから影響を受けるものなんですね(笑)。

BGM:『ぴあの』(純名里沙)