メランの夢 1     

メランの夢


 −1−

久しぶりのシルヴァラントだった。

「これは・・・ヨシュアさんじゃありませんか。」
「どうも、ご無沙汰しています。・・・その後、お店の方はいかがですか。」
「ええ、ご覧の通り繁盛していますよ。これも、ヨシュアさんたちが魔王アスモデウスを倒してくださったお蔭ですね。」

情報収集の基本は、どの町でもやはり酒場である。
時刻は、午後三時を少し回ったところだった。入り口のドアを押し開けたところで、顔見知りのマスターに声をかけられて、有翼人フェザーフォルクのヨシュアは笑顔でカウンターへと歩み寄った。

「いや、ちょうど良かった。つい先日、今年の新酒が入ったばかりでしてね。・・・どうです、一杯いかがですか?」
「そうですね。では、折角なのでいただきましょうか。」
「かしこまりました。ああ、もちろんお代は結構です。・・・勇者様のご一行からお金をいただいたとあっては、私の立つ瀬がありませんからね。」

おどけた様子のマスターの言葉に、苦笑したヨシュアは頷くとカウンターの椅子の一つに腰を下ろした。
今から、およそ半年前。まさに世界を支配せんとしていた魔王アスモデウスと戦い、見事それを討ち果たした一行がいた。
一行の中心は、三百年後の未来から来たという四人だった。旅の途中で彼らと出会い、そのまま行動を共にしたヨシュアは、結果的にその後の一連の戦い全てに立会うことになった。
魔王軍の脅威から解放され、世界は明るい希望に満ちている。その“立役者”の一員として、以来ヨシュアはどの街を訪れてもこうした特別扱いを受けることが多かった。他人からの注目を受けることが苦手なヨシュアにとって、お世辞にも居心地が良いと言える状態ではなかったが、いずれこうした騒ぎも、時が経つにつれて収まっていくと思うしかなかった。

「前にいらしたのは・・・確か、三ヶ月ほど前でしたね。その後、妹さんの手がかりは掴めましたか?」
「・・・・・・。残念ながら、噂すら聞きません。」
「そうですか・・・。・・・お力になりたいのは山々なんですが、生憎ここでもそういった話は出ていなくて・・・。」
「そう、ですか・・・。」

済まなそうな様子のマスターに向かって小さく頷き、ヨシュアは目の前に置かれた盃を手に取った。飲み干すと、華やかな香りと爽やかな味わいが口の中に広がる。
二杯目を注いだマスターが、ここでぽんと手を打った。

「ああ、そう言えば・・・。」
「どうしました?」
「最近になって、ここに顔を出すようになった冒険者のことを思い出したんですよ。初めて顔を見たのは・・・そうですね、二月ほど前でしたか。」
「冒険者・・・ですか。」

一昔前の“冒険者”は、魔界軍の侵攻を食い止めるために魔物と戦う兵士、傭兵を主に指す言葉だった。それが、魔王が討たれた現在は、徐々に本来の意味―――――人跡未踏の遺跡や洞窟の調査、そして稀少な品物の入手を請け負う人々を表す言葉へと変わりつつあった。

「ある日、突然ここに姿を見せたんですよ。知り合いの紹介があるわけでなし、見かけも華奢で最初は誰も相手にしなかったんですが、何せ人手不足でしょう。駄目で元々と思って、私が探索の依頼をしてみたんです。」
「結果は、どうだったんです?」
「いやいや、驚きましたよ。僅か数日で、この周辺では見付かるはずのない貴重な鉱石を山のように持ち帰ってきましたからね。どうやら単身で行動しているようですから、武器の腕の方も相当なものなんでしょう。・・・全く、どうしてこれほどの冒険者が無名だったのか。しばらくの間、酒場もこの話で持ちきりでしたよ。」
「言われてみれば・・・確かに、そうですね。」
「不思議なのは、どこに探索に出かけているのか、未だに誰にも分からないということなんです。もしかしたら、この近くにまだ私たちも知らない、遺跡か何かがあるのかも知れませんよ? ・・・今日辺り、ここにまた顔を出す約束になっているので、そのときにでも話を聞いてみたらどうですか?」
「なるほど。では、ここで待たせてもらっても構いませんか?」
「ええ、もちろんです。」

待つ間、酒を飲みながらマスターと色々な話をした。
魔王軍の脅威から解放され、疲弊していた人々に活気が戻ってきたこと。
魔王軍対策として備蓄されていた物資が民間に放出され、復興のための減税措置と合わせて大きな効果を挙げていること。またそれにより、アスモデウスの新兵器の攻撃で消滅したドゥルスの町の跡地を初め、いくつかの場所に新しい町が建設されつつあること。
南のヴァン王国との往来も再び盛んになり、交易によって挙がる利益が増大していること。それに伴い移民や犯罪が増加し、それらへの対策が追い付いていないこと。
・・・どの時代も、そしてどの国も、復興の際には同じような問題に直面するものなのだ。産みの苦しみと、思うしかなかった。


  *


酒場の喧騒は、日没を迎えて徐々に高まっていった。
飲み始めてから、優に二時間以上は経っただろうか。ふと感じた気配に、何気なく振り向くヨシュア。その瞳に、小柄な人影が映る。

(あれは・・・)

最初に目に付いたのは、思ったよりも小柄な体躯だった。
身長は、あまり大柄とは言えないヨシュアの肩まであるかどうか。小粋に被ったベレー帽から覗く漆黒の髪、そして大きな猫耳。歩を進めるごとに身体の背後に見え隠れする大きな尻尾は、相手がレッサーフェルプールであることを示していた。
両手・両脚にはそれぞれ、手首と脛までを守る籠手と脛当て。胸当ては通常のものよりも一回り小さなサイズで、それ以外の部分も黒ずくめの服装によって、肌の露出は極力抑えられている。レッサーフェルプールは高い身体能力を持ち合わせた種族であり、それを戦いに最大限に活かせるよう、工夫された装備なのだろう。
特筆すべきは、その小柄な体躯にそぐわない大きな武器だった。相手の肩には、身長の倍はありそうな長い棒の先端に、槍のような穂先と斧のような広い刃が備えられた武器が担がれていた。数ある長柄武器ポール・ウェポンの中でも、最も習熟を要する“ハルバード”と呼ばれる種類の武器である。

(しかし、これは・・・)

先程感じた、身に覚えのある気配。それは、半年前の魔王アスモデウス討伐の際に、しばしばヨシュア自身が味わった忌まわしい感覚―――――言わば“魔物の気配”だった。
しかし、このときの相手はどう見ても人間だった。であれば、一体これはどういうことなのか。
ヨシュアの戸惑いを余所に、ゆっくりとカウンターまでやってきた相手が、背負っていた麻袋をカウンターの上に置いた。その武具が、カウンターの周囲に置かれた明かりを反射して、きらりと黄金色の輝きを放つ。

「やあ、メラン。待ってたよ。」
「・・・これが、約束のものです。」
「ああ。中身を確認するから、これでも飲んで少し待っててくれ。」

まだ幼さを残す声ながら、意外にきちんとした言葉遣いだった。頷いた相手が、カウンターの隅の椅子にちょこんと腰を下ろすと、出されたコップを手に取った。
こうして改めて間近で接してみると、メランと呼ばれたこの少年は、確かにラティやシウスといった優れた戦士と同じような雰囲気の持ち主だった。それはつまり、かなりの武術の腕を持ち合わせている、ということに他ならない。
今も、傍から見ると無造作に腰を下ろしたようでいて、その実周囲への警戒は怠っていない。間違いなく、こうして自分のことを観察されている、ということにも気付いているはずだ。

「・・・確かに。ほら、これが報酬だよ。」
「・・・・・・。」
「ああ、ちょっと待ってくれ。君に話を聞きたいって人がいるんだ。」
「・・・?」

金貨の入った皮袋を受け取り、小さく頭を下げたメランが、マスターの言葉に立ち止まった。
向けられたのは、深い翠の瞳。それを真っ直ぐに見つめ返し、一歩メランに向かって進み出たヨシュアは、笑顔で頭を下げた。

「初めまして、メランさん。私は、ヨシュアと言います。」
「・・・?」
「先程マスターから、貴方のことを聞きました。何でも、貴方は他人の知らない場所に探索に出かけているとか。・・・実は、折り入って貴方に尋ねたいことが―――――」
「待ってください。」

ここでヨシュアの言葉を遮った相手が、小さく首を傾げる仕草をした。

「ヨシュア・・・というと、もしかして―――――」
「そうだよ。あの、魔王アスモデウスを倒した、勇者様のお一人さ。」
「・・・・・・。」

得意げなマスターの言葉を耳にした瞬間、不意に相手の全身から溢れ出た禍々しい気配。・・・それは、紛れもない“殺気”だった。

(・・・!?)

相手とは、今日が初対面のはずだった。これほどの殺気をぶつけられる心当たりが、ヨシュアにはなかった。しかし、細められたメランの眼に宿る強い光は、それが間違いなく本物であることを示していた。

「帰ってください。」
「え・・・?」
「あなたに話すことは、何もありません。」

数分にも感じられた一瞬の後、ヨシュアから視線を外したメランが背を向けた。歩き出したメランを、マスターが呼び止める。

「おい、メラン―――――」
「僕のことを、勝手に他の人に話さないでください。」
「あ・・・ああ。その、悪かったよ。」
「・・・しばらく、ここには来ません。」

冷たい眼で一瞥され、慌てた様子で頷くマスター。去っていくメランの後姿を見送りながら、厳しい表情になったヨシュアは、腕組みをして考え込んだのだった。

(話を聞いてもらうには、一筋縄ではいかないようですね・・・。何か、作戦を考えないと・・・)


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