メランの夢     3 

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(・・・?)

畑の手入れが終われば、毎朝の習慣は終わりだった。愛用のハルバードを手に、自分の家の前まで戻ってきたメランは、ふと人の気配を感じてその視線を上げた。
もしや、家族の誰かが遂にこの村に戻ってきたのか。
期待に胸を膨らませ、村の入り口へと駆ける。ややあって、その場に姿を見せたのは、何とヨシュアだった。

(なぜ、ここに・・・!?)

「貴方は・・・メランさん、でしたか。何故、こんなところに―――――」

驚いた顔になるヨシュア。手にしていたハルバードをヨシュアに向けて構え、メランは大声で叫んだ。

「ここは、僕の村です! どうやってここを探し当てたかは知りませんが・・・今すぐに、ここから立ち去ってください!! さもなければ・・・」
「・・・・・・。さもなければ、どうしますか? ・・・その武器で、私を殺しますか?」
「―――――ッ!!」

冷静な調子でヨシュアに切り返され、メランはぎりっと歯軋りをした。そんなメランに向かって、小さく肩を竦めたヨシュアが言葉を継ぐ。

「昨日、シルヴァラントの酒場でお会いしたときも、そうでしたね。私は、貴方とは昨日が初対面のはず。・・・何故、貴方はそれ程に私を憎むのですか。」
「それは・・・」
「教えてください。私は、貴方に何かをしたのですか? そこまで憎まれるほどの何かを。」
「あなたは・・・あなたの仲間は、多くの魔物を殺しました!!」
「え・・・?」
「僕はこの村で、魔物に育てられたんです!!」
「!!」

意外な告白に、驚きに眼を瞠るヨシュア。そんな相手に向かってハルバードの穂先を突き付け、メランは捲し立てた。その瞳には、やるせなさから来る涙が滲んでいる。

「僕の家族は、半年前・・・ここを出ていったきり戻ってきません! あなたたちが、この大陸に来なければ、僕の家族も戦いに出ていかなくて済んだ! ・・・あなたたちさえ、来なければ・・・ッ!!」
「・・・・・・。・・・なるほど。貴方の事情は、概ね分かりました。」

束の間、目線を足元に落としたヨシュアが、小さく頷く仕草をした。

「しかし、私もここで退く訳にはいきません。昨日酒場で言ったように、私は貴方に、どうしても尋ねたいことがあるのです。・・・そのためならば、多少手荒になるのもむを得ないでしょう。」
「くッ・・・!」
「来ないのですか? ・・・では、こちらから行きますよ!」

その言葉が終わるや否や、ヨシュアの周囲に立て続けに氷の刃が現れた。水の霊素を操る紋章術の中で最も初歩的な呪紋である、アイスニードルである。
三方から襲い来る氷刃。そのうちの二つを身軽にかわし、一つをハルバードの刃で叩き落したメランは、雪を蹴って瞬く間にヨシュアに迫った。

った―――――!)

ハルバードを振りかぶった瞬間、束の間目が合った。その刹那、ふと微笑んだヨシュアが、手にしていた杖を投げ出した。

(え・・・!?)

どうして、と思う間もなく、メランは手にしていたハルバードを勢いよく振り下ろしていた。

「が・・・ッ・・・!!」

その大きな刃が、狙い過たずヨシュアの肩口に深々と食い込む。骨が砕け、筋肉が裂ける生々しい感触が柄を通じてメランの手に伝わった。傷口から噴き出した血によって、周囲の白い雪が瞬く間に紅に染まっていく。

『ど・・・どう、して・・・』

引き抜いたハルバードを取り落とし、狼狽うろたえた様子のメランはその場で二歩、三歩と後退ずさった。
目の前には、無抵抗で殺された男の死体があった。たった今まで言葉を交わしていたはずの相手が、今や物言わぬ単なる血塗れの肉の塊と化して転がっている。その凄惨な光景には、現実味がまるで感じられない。
仇を殺す。ずっと夢見ていたはずのその行為は、実際にはひどく後味の悪いものだった。
こんなことのために、自分は武技に、紋章術に磨きをかけてきたのか。

「う・・・」
『!!』

ここで、即死のはずの相手が呻き声を上げた。慌てて駆け寄ったメランが、血だらけの上半身を抱き起こす。
ハルバードの刃は、確かに心臓に届いていたはずだ。訝しく思いながらも、メランは素早くヨシュアの首筋を押さえ、弱いながらも脈があることを確認した。これなら、まだ間に合うだろう。

『大いなる癒しの力を・・・キュアライト!』

メランの呪紋と共に現れた光によって、ヨシュアの傷はゆっくりと塞がっていった。しばらくして眼を開いたヨシュアが、荒い息の下、メランに向かって微笑みかけた。

「・・・ありがとう、ございます・・・。・・・先程の、呪紋が・・・魔物の言葉、なんですね・・・。・・・貴方の、回復呪紋は・・・とても温かく、感じられました・・・。」
「・・・・・・。・・・あの、・・・どうして。どうして、こんなことを・・・?」
「・・・ああ。」

おずおずと尋ねるメラン。くすりと笑ったヨシュアが、小さく頷く仕草をした。

「昨日、酒場で会ってから・・・ずっと考えていたんです。・・・貴方が、私の話に耳を傾けてくれるようにするには、どうしたら良いのかと。・・・それで、ちょっとした“賭け”を、してみる気になったんです。」
「賭け・・・?」
「はい。」

頷いたヨシュアが、上体を起こすと懐に手を入れた。取り出されたものは、ヨシュアの手の中でばらばらに砕け、砂状になって周囲の雪の上へと零れ落ちていった。

「これは、リバースドールと呼ばれるもので・・・持ち主の死を、一度だけ肩代わりしてくれるという貴重な道具です。・・・魔王討伐の旅の途中で手に入れたものなんですが、それがそのまま残っていたことを思い出しましてね。」
「・・・・・・。もしかして、さっきはわざと・・・?」
「ええ。貴方に、仇討ちが・・・どれほど後味が悪く、また無意味であるかを、身を以て知ってもらおうと思いまして。あの状態で、貴方を言葉で説得できるとは・・・とても思えませんでしたから。」
「では・・・」
「はい。賭けというのは、私が息を吹き返したところで、貴方に止めを刺されるかどうか・・・ということだったんです。私には、この通り勝算があったわけですけどね。」

言葉を切ったヨシュアが、ここで再び微笑んだ。
何のことはない。自分は見事に、相手の思う壺にはまってしまった、というわけだった。しかし、不思議とヨシュアに対する怒りは湧いてこなかった。それは、“仇討ち”という行為は、遺された者の自己満足以外の何物でもない・・・という事実に気付いてしまったからかも知れなかった。

「あの・・・。さっきも、言っていましたよね。僕に、訊きたいことがあるって・・・。」
「ああ、そのことですか。」

しばらく躊躇う様子だったメランが、やがて小さな声でヨシュアに問いかけた。頷いたヨシュアが、少し遠い眼で鉛色の空を見上げる。

「実は・・・私は若い頃に、両親を目の前で殺されたんです。妹は連れ去られ、私は一人きりになりました。」
「!」
「最初は、先程までの貴方と同じことを考えていましたよ。何年かかっても、両親を殺し、妹を連れ去った相手を見付けて、この手で復讐をするのだと。そのために、紋章術にも随分と磨きをかけました。・・・お蔭で、攻撃呪紋ばかり得意になってしまいましたけどね。」
「・・・・・・。」

苦笑を浮かべたヨシュアの言葉に、微かに頬を染めたメランは目を伏せた。
考えてみれば、魔王軍のせいで身内を亡くしたり、離ればなれになってしまったりした人間も、世界には数多く存在しているはずだった。家族の仇の一人として、ヨシュアを恨んでいた先程までの自分のように、魔物のことを身内の仇として憎んでいる人間がいても、何の不思議もない。
そのことに考えが至らず、まるで悲劇の主人公のような顔をしていた自分。そのことを思い返すと、恥ずかしさで身が縮む思いだった。

「もう、あれから随分になります。これは今だから、言えることですが・・・憎しみの感情というものは、長続きしないものなんですね。二年経ち、三年経つうちに・・・いつの間にか、自分の心の中に消し難くあったはずの、相手を殺したいという気持ちが薄れてきていることに、私は気付きました。残ったのは、妹を見付けて再び共に暮らしたい・・・という純粋な思いだけでした。そのために、私は世界を巡る旅を続けていたんです。・・・皆が“勇者”と呼んでいる、ラティさんたちと出会ったのは、その最中でのことでした。」
「では・・・」
「ええ。貴方に尋ねたいことというのは、私の妹についてだったんです。他の冒険者が立ち入らないような場所をご存知の貴方なら、もしかして何かを知っているのではないかと思いましてね。」
「・・・・・・。」
「そう・・・ですか。」

小さく首を振るメラン。その様子に、眼を閉じたヨシュアが深い溜息をついた。その言葉を最後に、周囲には気まずい沈黙が漂った。

(・・・・・・)

メランの手を借りて立ち上がり、乱れた衣服をゆっくりと整えるヨシュア。その傍らで、しばらくの間俯いたままだったメランは、やがてかけられた何気ない言葉にパッと顔を上げた。

「貴方の、ご家族の話ですが・・・」
「!」
「貴方が最初に考えていたように、私たちが直接戦い、その命を奪ってしまった可能性を否定はできません。また、当時は私たち以外にも、多くの兵士や傭兵がシルヴァラントを中心に集められていました。その中の誰かと戦い、命を落とした可能性もあるでしょう。もしこれが事実であるのならば、勇者一行の一員として・・・また、人間の一人として、私には貴方に謝ることしかできません。」
「・・・・・・。」
「しかし、何らかの事情でここに戻れないながらも、どこかで生き延びている、という可能性も残されています。・・・この世界には、シルヴァラント以外にもいくつかの国家や大陸がありますが、貴方はそういった場所を既に訪れてみましたか?」

ヨシュアの問いかけに、メランは再び首を横に振った。
この世界に、シルヴァラント以外にもいくつかの王国が存在することは、知識として頭の中にはあった。しかし今まで、シルヴァラントから遠く離れた場所へと、探索に出かけようと考えたことはなかった。本能的に、この村から遠く離れることを避けていたと言っていい。
しかし、どうしたら良いのか。半年探し続けて、手がかりの一つも見付からない以上、シルヴァラントの周辺から探索の範囲を広げるべきなのは確かだろう。だが、見ず知らずの土地に一人で乗り込んだところで、途方に暮れるだけではないのか。満足のいく探索を行うために、一体どれくらいの時間が必要になるのか。・・・考えれば考えるほど、不安だけが膨らんでいく。
思いつめた表情になるメラン。その様子を目にしたヨシュアが、こんなことを言い出した。

「一つ、私と取り引きをしませんか。」
「取り引き・・・ですか?」
「はい。私は、妹を探すためにこれからも世界を巡るつもりです。しかし、私はご覧の通り、一人きりでの戦いはあまり得手ではありません。その結果、まだ手付かずの遺跡や洞窟が多く残ってしまっています。・・・一方、貴方もご家族を探したい。しかし、他の大陸の地理には不案内で、シルヴァラント王国の外に出ることについては迷いがある。・・・そこで、なのですが。メランさん・・・よろしければ、私と一緒に旅をしませんか。」
「え・・・?」

ヨシュアの意外な申し出に、メランは口をぽかんと開けた。
仮にも、ほんの数十分前には実際に“殺し合い”を演じた間柄なのである。互いの事情が明らかになり、こうしてある程度理解し合えたとは言え、ここまで大胆な提案をそのような相手に出来るものなのだろうか。
メランの戸惑いを余所に、笑顔のヨシュアが言葉を継ぐ。

「先程言ったように、私たちはお互いに探索に関して得手・不得手があるようです。しかし、裏を返せば・・・私たちが協力することで、その弱点を無くすことができると思いませんか。」
「・・・・・・。」
「遺跡や洞窟は、魔物と話ができて身軽な貴方にお任せします。代わりに、他の大陸については私が案内をします。これでも一応“勇者”の端くれですから、各国の有力者と知り合いだったり、特別扱いで一般人には入れない場所に入れたり・・・と、色々と顔が利く部分もあるんですよ。いかがですか?」
「・・・・・・。でも・・・」

煮え切らない様子で俯くメラン。そこへ、畳み掛けるようにヨシュアが言う。

「そして最後に、私は貴方に一つ約束をしましょう。」
「約束?」
「はい。・・・もし、この世界を隅々まで探し尽くして、それでも貴方のご家族が見付からなかった場合。その期に及んで、まだ貴方が私に対する復讐の念を捨てられなければ・・・そのときは、逃げずにお相手することを、ここに誓います。」
「!」
「無論今度は、先程のようなまやかしは使いませんよ。正々堂々と、貴方と命の遣り取りをさせてもらうつもりです。いかがでしょうか?」

相手の何気ない言葉に、ハッとした。
そうだ。ヨシュアは先程、自身の眼前で両親を殺されたと言ってはいなかったか。それに比べれば、まだその生存に望みを持つことができる自分は、恵まれた立場と言えるのではないか。
何より、実際にヨシュアと旅をした場合、その言葉の通り探索の効率が大きく上がることは間違いなかった。それはつまり、自分が家族と再会できる可能性が高まることを意味している。
例え初めて訪れる土地であっても、そこに棲む魔物たちと心を通わせることのできる自信が、自分にはある。・・・迷う必要は、なかった。

(・・・・・・)

しばらくして、ゆっくりと頷くメラン。笑顔のヨシュアが、手を差し出してくる。

「ありがとうございます。・・・では、これから私と貴方は、晴れて“仲間”というわけですね。どうぞこれから、よろしくお願いします。」
「はい。こちらこそ・・・。」
「貴方のために、私も全力を尽くします。お互い、捜し求める相手と再会できるよう、共に頑張りましょう。」
「・・・・・・。」

頷き、ぎこちないながらも笑顔になったメランが、ヨシュアの手をそっと握り返した。
それは、人間と魔物・・・双方の立場を越えた、新たな“絆”が結ばれた瞬間だった。


はしがき

スーパーファミコンソフト『スターオーシャン』より、ゲームクリア後の“後日談”に当たるエピソードとして考えた話の一つです。一番書きたいなと思ったものをひとまず形にしてみましたが、この後も気が向けば他の話も書こうと思っています。

メランの種族である「レッサーフェルプール」は、本編に登場するペリシーと同じもので、抜群の身体的能力がその特徴です。今回は黒髪に黒装束と、全体的に“忍者”っぽいイメージでキャラクターデザインを行いました。自分にイラストを描く能力があれば・・・と悔やまれるところですね(爆)。
また、メランの家族として登場したモンスターですが、シルヴァラント付近に登場するものが中心になっています。長柄の武器を持っている、ベレー帽を被っていて剣を遣う、回復呪紋を使い羽毛に覆われている、(人間に化けて)城に行っていた・・・等、ゲーム中のどのモンスターが誰に当たるのかを想像していただくと楽しいかも知れません。

BGM:『やさしさに包まれたなら』(中西保志)