Reincarnation    2   

 −2−

気が付いたのは、粗末なベッドの中だった。

(・・・・・・)

遠かった意識が、徐々に戻ってくる。薄目を開けたクーデリカは、しばらくの間周囲の様子をぼんやりと眺めていた。
一面が、木で造られた小さな部屋。壁には窓らしきものは見当たらず、また家具らしいものも置かれていない、殺風景な部屋だった。クーデリカが心の中で首を傾げたとき、木の軋みと共に部屋が僅かに傾くのが感じられた。

(船・・・か?)

かけられていた布を除けると、クーデリカは裸足で床に降り立った。身に着けている服はかつてのドレスではなく、洗い晒しの粗末な男物だったが、愛用の大鎌だけは律儀にも傍らの壁に立てかけてあった。クーデリカがそれを手にしたとき、部屋の入口に人の気配がした。

「よう、気付いたか。」
「・・・?」
「悪いな、服はズタズタだったんで、着替えさせてもらったぜ。」

振り向いたクーデリカの前に立っていたのは、精悍な顔付きをした人間族の男だった。
まだ若い。隙のない身のこなし、注がれる鋭い視線から、只者ではないと分かる。そんな相手をじっと見据えながら、クーデリカは言った。

「・・・何故、私を助けた。」
「おいおい、いきなりだな。砂浜に倒れてるあんたを見つけてさ、このままじゃいかんと思って介抱したんだぜ? それが、そんなに気に入らないってのか?」
「そういう意味ではない。助けて貰ったことには、この通り礼を言う。・・・しかし、私は魔族だぞ。今や、このパンヤ島中で爪弾きにされている種族だ。そのような私を助けたとあれば、貴様にもあらぬ災いが降り注ぐことにならぬのか。」
「なるほど、そういう意味か。」

くくっと笑い声を洩らした相手が、ここで相好を崩した。小さく首を傾げ、クーデリカの顔を覗き込むようにして言う。

「あんた、律儀なんだな。魔族ってのは、みんなそうなのか?」
「おのれ・・・貴様、愚弄する気か?」
「違うって、褒めたんだよ。・・・さっきの話だが、別に心配はいらないさ。ここは俺の船、俺に文句を言う奴は誰もいないからな。」
「貴様の、船・・・?」
「ああ。パンヤ島じゃ泣く子も黙る、海賊船ルナーテューム号。俺は、その船長・・・海賊たちの頭を張ってる、ライオネル・ブランディルだ。レオと呼んでくれよ、お客人。」
「私は、クーデリカ。・・・かつて、魔王城の近衛隊長を務めていた。」
「近衛隊長? ・・・ってことは何か、あんた。あんたが魔族のナンバーツーってことか?」
「だった、だ。もう、遠い昔の話だ・・・。」

驚いた顔になったライオネルの何気ない一言に、クーデリカの表情にさっと陰が差した。思いつめたようなその横顔に、ライオネルが小さく頭を下げる。

「どうやら、言っちゃいかんことだったみたいだな。悪い。」
「いや、それは良い・・・。それより、尋ねたいことがある。今は、一体いつなのだ? お前たち人間が、魔王様を打ち破ってから・・・どれくらいの時間が過ぎておるのだ?」
「そうだなあ。魔王の封印は、俺もおとぎ話にしか聞いたことはないからな。詳しい年は分からないが、そうだな・・・最低でも百年くらいは経ってるんじゃないかな。」
「そう、か・・・。・・・かたじけない。」

いくらか面喰った様子のライオネルが、考え考え言う。その言葉に、クーデリカは思わず茫然とした。
「百年」。記憶を失い、彷徨い歩いた年月が、まさかそれほどに長いものだったとは。しかし、それだけの時を経てなお、自分は魔王の許へと辿り着くことはできなかったというのか。

(・・・・・・)

力無く項垂れるクーデリカ。その様子をしばらくの間眺めていたライオネルが、やがて溜息を一つつくと尋ねた。

「それで、だ。あんた、これからどうするんだ。」
「・・・・・・。」
「あんたが、どんな事情であんなところで行き倒れてたのかは知らんし、別に話さなくてもいい。けどな、さっきも言ったがここは海賊船だ。でもって、乗ってるのは海賊だけ。・・・言ってる意味、分かるな?」
「・・・・・・。」
「どこか目的地があるんなら、近くまで行ったときに降ろしてやるから、言ってくれ。」
「目的・・・か。そのようなものは、既に無い・・・。」
「? ・・・ってことは何か。あんた、まさか俺たちの仲間になろうってのか?」
「違う。だが・・・しかし―――――」

意味深な返答に、首を傾げるライオネル。ずしん、という地鳴りのような音と共に船体に揺れが走ったのは、このときだった。

「なッ・・・何だ!?」

次いで、ばたばたという足音と共に、部屋の入口に一人の海賊が顔を覗かせた。

「お頭! 大変だ、すぐ来てくれ!」
「どうしたってんだよ! 俺は今、客と大事な話をだな―――――」
「それどころじゃねえよ! 海軍のやつらだ! あいつら、気付いたら真横に船をつけてやがったんだよ!」
「気付いたらだと!? おかしいだろ、魔法はどうした! まさか、あいつら居眠りでもしてたんじゃないだろうな!」

大声で怒鳴り散らしながら、ライオネルは自室を飛び出すと甲板へと向かった。その間も、ひっきりなしに船体が揺れる。廊下ですれ違う百戦錬磨のはずの海賊たちは一様にひどく狼狽した様子で、それが事の深刻さを物語っていた。
しかし、奇襲とは解せない。ルナーテューム号には海軍を快く思わない魔法使いが助っ人として乗り組んでおり、その魔法による索敵と隠蔽により、今まで不意討ちなどを受けることはなかったのだ。

「俺だって訊いたさ、お頭! あいつらも慌ててた。もしかしたら、魔法を無効化する仕組みでもあるんじゃねえかって―――――」
「しゃらくせえ! だったらだったで、横付けにして乗り込み、皆殺しにしてくれるだけよ! 動ける奴は、全員斬り込みの準備! 残った大砲はどうした! 相手が晒してる横っ腹に、ありったけの弾をくれてやれ!!」
「合点だお頭!」

やはり、指揮官が戻ると戦場は引き締まる。ライオネルの矢継ぎ早の指示に、海賊たちの動揺は次第に静まっていった。こうなると、元の勇猛果敢な海の男の本性が顔を覗かせる。はきはきした掛け声が飛び交い、たちまちのうちにルナーテューム号は戦闘準備を整えた。
敵艦は、見慣れた海軍所属の駆逐艦に比べて二回りほど小さい船体を持っていた。ちょうどルナーテューム号と同じくらいの全長で、それが索敵を回避することができた一つの要因になったことは確かだ。
今のところの攻撃は船体側面への砲撃のみで、策敵を掻い潜った他には、特に新兵器等は搭載されていないようだ。向こうの甲板にも多くの海兵たちが手ぐすね引いており、砲撃が一段落したら接舷、斬り込みをかけるつもりなのだろう。
どうやら、どうあっても頭である自分を捕まえたいらしい。・・・こうなると、最初の不意討ちで受けた船体への損害がいかにも痛い。これでは、自慢の快速で相手を振り切ることは難しい。

「あれが、貴様らの敵か。」

背後から聞こえた涼やかな声に、敵艦を睨み付けていたライオネルは振り向いた。そこに立っていたのは、大鎌を携えたクーデリカだった。そのクーデリカが、ライオネルと並び立つようにして敵艦を見つめる。

「おい、クーデリカ。いきなり起き出したりして、大丈夫なのか?」
「魔族は体は頑丈だ、心配は要らぬ。・・・それより、苦戦をしておるようだな。」
「さっきの話、あんたにも聞こえてただろう。不意討ちを食らっちまってな、船体にいくつか風穴が開いちまってる。早いところ決着をつけないと、ちとまずいかもな。」
「そうか。・・・では、一夜の恩に報い、助太刀に入らせて貰おう。異存はないな?」
「な・・・何? おい―――――」

慌ててライオネルが傍らを振り向いたときには、クーデリカの姿は既に遥か上空にあった。漆黒の翼をはためかせたその異形の姿に、呆気にとられた双方の乗組員たちは言葉を無くしていた。
やがて、敵艦の真上へと辿り着いたクーデリカは、無言でその大鎌を一閃した。

(・・・!)

放たれた衝撃波が、文字通り敵艦を真っ二つに両断する。あっという間に敵艦はその乗組員諸共波間へと呑まれ、その様子を目の当たりにした海賊たちは、一様にぞっとしない表情を浮かべて顔を見合わせるだけだった。
何事もなかったかのように、クーデリカがふわりと甲板に降り立つ。見せ付けられた魔族の“真の力”に、ライオネルは絞り出すようにこれだけ言うのがやっとだった。

「あんた・・・。凄い、手並みだな。」
「これで、恩は返させて貰った。・・・レオよ、話がある。部屋に戻らぬか。」
「あ・・・ああ。分かった。おい、後始末は頼んだぞ。」
「へ・・・へい、お頭。」

言うだけ言い、さっさと歩き出すクーデリカ。頷いたライオネルは、傍らの部下に声をかけると慌ててその後を追ったのだった。


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