Reincarnation      3 

 −3−

部屋に戻ったクーデリカは、長い間黙り込んだままだった。俯いたその横顔を眺めながら、ライオネルは相手が口を開くのをじっと待った。
恐らく、十分近くはそのままだったろう。ようやく顔を上げたクーデリカが、静かにこう言った。

「レオよ。そなたに一つ、頼みがある。・・・出会ったばかりで心苦しいが、聞いてはくれぬだろうか。」
「ああ。言ってみな。」
「我が命を・・・そなたの手で、絶って欲しいのだ。」
「!!」

クーデリカの意外な言葉に、ライオネルは思わず目を剥いた。

「な・・・何だよそりゃ、どういうことだ!?」
「私は、魔王様をお護りするのが役目の、近衛隊長であった。しかし、魔王様は人間の勇者との一騎討ちに敗れ、亡くなられたのだ。死の間際、私は魔王様に自害を禁じられ、こうして生き延びてしまっている。・・・もう、疲れたのだ。魔族として蔑まれ、追われることは苦にはならぬが・・・大切な仲間を喪い、慙愧の念に苛まれながら生きていくのは辛い・・・。」
「・・・・・・。」
「今も、私の一撃で多くの人間が命を失った。・・・あの瞬間、ふと空しくなってしまったのだ。魔族と人間には、力に隔たりがあり過ぎる。私を見る、海賊たちの怯えた表情を、そなたも目の当たりにしただろう? 私が受け入れられ、安心して暮らせる場所は・・・もうこの世のどこにもない。・・・なあ、お願いだ、レオよ。そなたの手で、私をこの生きながらの牢獄から解き放ってはくれぬか・・・?」

顔を上げたクーデリカの頬は、涙で濡れていた。その只ならぬ様子に胸を突かれながらも、ライオネルは務めて冷静に言葉を継いだ。

「あ・・・あんたの事情は分かった。そりゃ、確かに辛いだろうし、あんたがどうしてもって言うなら・・・手を貸してやってもいい。」
「そうか。かたじけない・・・。」
「けどな、俺はしがない人間だ。勇者なんて柄じゃないし、魔法の一つも使えないんだぜ? ・・・確か、高位の魔族は切り刻んだくらいじゃ死なないって聞いたことがある。俺には、とてもじゃないが手に余る仕事だ。違うか?」
「心配は要らぬ。そなたの帯びておるその短剣・・・それは恐らく、退魔を謳ったものであろう。先程から、嫌な気配を感じておったのだ。・・・それを使えば、恐らくは・・・。」

クーデリカが指差したのは、ライオネルが護身用にと懐にしていた短剣だった。確かにこれは、過日の略奪によって手に入れた、「退魔の宝剣」の名を冠した一品だった。
しかし、ライオネル自身、当たり前だがその目的でこの短刀を使ったことは一度もなかった。それはつまり、上手くいく保証はどこにもないということだ。

「本当に・・・いいのか。クー・・・」
「!」

短剣を鞘から抜き、それを弄びながら、ライオネルは困ったように呟いた。何気ないその一言に、クーデリカの肩がぴくりと震える。やがて顔を上げたクーデリカは、出会って初めてとなる微笑みを浮かべていた。

「懐かしいな・・・。その名で、もう一度呼ばれるとは思わなんだ。」
「あ・・・悪い、つい。馴れ馴れしかったかな。」
「いや、良いのだ。思えば、魔王様はいつも、私をそう呼んで下さった。・・・我儘を申して済まぬが、その短刀を我が胸に突き立てるときは・・・今一度その名を、呼んでくれぬだろうか?」
「分かった。じゃあ、行くぞ・・・クー。」
「うむ・・・。」

小さく頷き、眼を閉じたクーデリカの胸に向かって、ライオネルが勢い良く短剣を突き刺した。
次の瞬間、船室が眼も眩むような光に満たされた。思わず短刀から手を離し、目を覆ったライオネルは、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。

「・・・!!」

やがて、光が収まったとき。ベッドの上に残されていたのは、伝承通りの一握りの砂ではなく・・・人間の赤ん坊だった。燃えるような赤い髪は漆黒のそれへと変わったが、その不敵そうな表情はどこか見覚えのあるものだ。

「・・・・・・。そうか・・・。・・・あんたなんだな、クーデリカ。」

転がっていた短剣を鞘に収め、元通りに懐に仕舞う。
すやすやと眠る赤ん坊を抱き上げ、ライオネルはその顔をじっと見つめた。その潤んだ瞳には、深い安堵と感動が垣間見える。

「おめでとう。・・・生まれ変われて、良かったな・・・。」

額にそっと口付け、その髪を優しく撫でる。そこへ、再び海賊の一人が顔を出した。

「お頭、後始末済みましたぜ。報告を・・・って、どうしたんですその子。」
「ああ。・・・いや、その、なんだ。俺に、陸に別れた女房がいるって話、したことあったよな。」
「へい。そういや、聞いた気がしますぜ。」

心から愛した妻が、ライオネルを一人遺して先立ったのは、もう何年も前のことだ。そのことをきっかけに、ライオネルは陸を捨て、海賊の道へと足を踏み入れたのだった。
しかし、その事実を知っている者は、この船にはいなかった。不審に思われることはないだろう。

「じゃあ、その子はお頭の・・・?」
「ああ、俺の娘だ。名前はクー。・・・俺の後を継ぎ、海賊団の頭領となる子さ。」


はしがき

最初は書く予定はなかったんですが、筆が乗ったので一気に書き上げました。「Genocide」の続編、クーデリカの「転生」の経緯を描いたこちらが完結編ということになります。
なお、タイトルの「Reincarnation」は、「生まれ変わり」を意味する言葉です。「Genocide」と対になる言葉として、タイトルにふさわしいと思い選びました。

クーの瞳が深紅である理由。クーが幼年にもかかわらず、人並み外れた力を持つ理由。そして、父がクーの成長を待たずに姿を消した理由。それらを思い出しながら読んでいただけると、より物語の深みが増すのではないかと思います。

BGM:『PURE AGAIN』(海田明里・青木佳乃)