The Time Will Come      3 

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初めに聞こえたのは、音だった。綺麗な、水晶を打ち合わせるような煌きのある音。
それに惹かれた。
やがて、流れる音に弦の響きが混じり、笛の透き通る旋律が加わった。様々な種類の太鼓や鉦、
そして風や水の音を思わせる余韻。
疲れ切っていた心が、洗われるようだった。
誘われるように、少女はその音の源へと近付いていった。部屋の中、見知らぬ楽器の前に座っていた
青年と目が合ったのは、そのときだった。

『君は・・・?』

音は、嘘をつかない。長い死神としての経験の中で、少女が得た教訓の一つが、それだった。
どんなに隠そうとしても、奏でられる音にはその人間の内面が出てしまうもの。それが醜くとも、また
美しくとも平等にだ。
実直そうな青年の顔を見た瞬間、最後に一度だけ・・・賭けてみたくなったのだ。
この青年ならば。もしかしたら、自分の抱える悩みを解放してくれるかも知れない。

『きさまは、一年後に死ぬ。』

思わず、そう告げていた。

それから、気付かれないようにひっそりと相手の許に立ち寄る日々が始まった。
初めの一月、確かに青年は荒れていた。突如として告げられた、自らの人生の終焉を受け入れ
られずに苦しむ姿。それは、今までに少女が魂を刈ってきた、他の人間たちと同じだった。
それが明らかに変わったのが、年が明けた頃からだった。
青年の奏でる音からまず迷いが失せ、恐怖が消えた。次第に深みを増す演奏には、溢れるばかりの
暖かさ、優しさが込められるようになり、少女はそれに人知れず聞き惚れたものだった。

本当は、あの日。青年と出会ったあの日に、自分は死神を辞めていたはずだった。
死神を歓迎する相手は、この世のどこにもいない。例外なく見せ付けられる恐怖。それに耐え、魂を
刈り続けることに、少女は疲れ果ててしまっていたのだ。
しかし、それは何故なのか。自分が満たされない理由、自分が本当に求めているもの。それが一体
何なのか、知りたいと思った。

『ありがとう。』

青年が、最期に口にした一言。
人間たちの間では、折に触れて交わされるありふれた言葉。そして、死神である自分には絶対に
向けられることのない言葉。
耳にした刹那、長年胸の中に蟠っていたものがふっと消えた気がした。
ああ・・・そうだ。
自分の求めていたものは、これだったのだ。
他者に頼られ、感謝され、その存在を肯定される。たった一言・・・たったそれだけのことが、堪らなく
嬉しかった。

「うっ・・・うぅっ・・・」

俯いた少女の瞳から零れた涙が、吹き募る北風の中眩く煌いた。
こんな気持ちを知ってしまったら。・・・もう、この仕事は続けていられない。
任務の放棄を決めた死神がどうなるのかは、自分にも分からない。死神の資格を剥奪され、恐らく
その存在は消されてしまうことになるのだろう。しかしもう、悔いはなかった。
運が良ければ、今自分が手にしている魂と共に、どこかに生まれ落ちることができるかも知れない
のだ。それだけで、少女は幸せな気分になれた。

(・・・・・・)

青年の魂を、そっと胸元に収める。天へ帰ろうとして、少女はふと自分の姿に目を留めた。
今の姿は、青年が唯一自分のために遺してくれたもの。自分が消え去るその瞬間まで、失いたくないと
いう気持ちが強くある。

(ああ、そうだ。・・・これが“恋”というものかも知れないな・・・)

涙を一杯に溜めた目で、少女は微笑んだ。そして、静かにその場から舞い上がった。
その後姿は、舞い散る雪片によって瞬く間に見えなくなっていった。


はしがき

日々を無気力に過ごしていることへの、自戒の念を込めて。

タイトルは中村幸代さんの同名の曲から。一般には希望ある未来を意味する曲名ですが、こんな
解釈もありではないかと。

BGM:『The Time Will Come』(中村幸代)