魔界のホワイトデー  1     

魔界のホワイトデー


 −1−

「あ、殿下! 殿下はもうお返しをしたんですか?」

魔王城、謁見の間。
すれ違いざま、自らの腹心の家来であるエトナにこう呼びかけられたラハールは、訝しげな顔で
立ち止まった。

「何の話だ?」
「またまた〜。分かってるくせにv」
「なんのことだ。オレさまは忙しいのだ・・・さっさと言わんか。」
「じゃあ、ヒントをあげますよ。一月前、誰かから何かもらいませんでした?」
「オレさまは魔王だぞ? 山のような献上品の内容など、一々覚えておれんわ。」
「・・・殿下、もしかして本気で分からないんですか?」
「さっきから、そう申しておるだろうが。」

苛立たしげに答えるラハール。その様子を目の当たりにしたエトナが、わざとらしく溜息をついた。

「あーあ・・・フロンちゃんも、報われないなあ。」
「なんだと? あの愛マニアが、また何かやらかしたのか?」
「バレンタインデー。」
「?」
「天界の習慣らしいですね。親しい人に、日頃の感謝の意を込めて贈り物をする。それが、ちょうど
一月前だったんですよ。」
「エトナ。感謝などと、気色の悪い言葉を平気な顔で口にしおって・・・まったく、寒気がするわ。」
「あ、どーもすいません。フロンちゃんの影響かなー。」

小さく舌を出したエトナが、気を取り直したように言葉を続ける。

「ってわけで、一月前にフロンちゃんがチョコレートを配って回ってたじゃないですか。殿下も受け取った
でしょう?」
「チョコレート? ああ、確かに・・・そんなこともあったか。」

その日のことを思い出したのだろう。ラハールが微かに苦笑を浮かべた。

「それで? そのことと、“ばれんたいん”とやらがどう結び付くのだ。」
「鈍いですねー殿下。だから、あれがバレンタインデーのプレゼントだったんですよ。もらった人は、
何かお返しをしないといけないんです。」
「なんだと!? 聞いておらんぞ!!」
「元々聞く気もなかったくせに。」
「うるさい!」

エトナの突っ込みに、ラハールは間髪入れず大声で怒鳴った。しかし、その表情には動揺と焦りの色が
ある。

「信じられん。あのチョコレートに、そのような恐ろしい企みが秘められていたとは・・・。」
「じゃあ、今からでも返したらどうです?」
「無茶を申すな! もう、とっくに食べてしまったわ!」
「へえ・・・。・・・殿下ってば、実は満更でもなかったとか?」
「エトナ!!」
「おっとっと。こりゃ失言でしたか。」
「・・・仕方なかろう。あのときは、他に回復アイテムがなかったのだからな。」

ばつの悪そうにそっぽを向くラハール。その様子に、エトナが明るく笑った。

「じゃ、しょうがないですね! 今日中に、何か手に入れてフロンちゃんにプレゼントしておいた方が
いいですよ。」
「なんだと!? なぜオレさまがそのような―――――」
「じゃないと、これから毎日のようにそのことをグチられますよ?」
「う・・・」
「じゃ、頑張ってくださいねー!」
「あ・・・おい!」

手を振ったエトナは、ラハールをその場に残して謁見の間から駆け出していった。
一応、今日は休日だ。幸い、時間だけはたっぷりある。

(しかし・・・一体何をやればよいのだ)

ラハールは当年とって1313歳。その辺の人間よりは遥かに長く生きてきているのだが、その見かけ
通り悪魔としてはまだまだ「少年」の部類に入る。当然のことながら、年頃の女の子の思考など、窺い
知れようはずもない。
しかも相手は、本来悪魔の宿敵であるはずの天使。何をどうすれば良いのか、さっぱり分からない。

(仕方ない・・・)

確か、チョコレートは城内のショップでも販売されていたはずだ。芸がないかも知れないが、同じものを
渡しておけばいらぬ騒動になる可能性も少ないだろう。
ショップは、城内の西の端に近いところにある。冴えない表情になったラハールは、溜息を一つつくと
歩き始めた。謁見の間を出て、広間を横切ると目指すショップはすぐそこだった。
カウンターの前に立つと、よろず屋担当の店員であるアリオンが声をかけてきた。

「ああ、殿下。いらっしゃいませ。」
「・・・なんだ、その笑いは。」
「ああいえ。そろそろ、いらっしゃるんじゃないかと思ってたもので。」
「なんだと?」

眉を上げたラハールに向かって、アリオンはあくまで明るく言った。

「隠さなくてもいいですよ。殿下も、チョコレートを買いにいらしたんでしょう?」
「・・・・・・。」
「いやー、今日は朝からもう、チョコレートが飛ぶように売れまして。ちょっと前に、俺もやっとその
理由を知ったところなんですよ。」

(あの愛マニアめ! 一体、どれくらいのチョコレートを配ったのだ!?)

盛大に眉間に皺を寄せるラハール。その様子をにやにやしながら眺めていたアリオンが、カウンターの
上に包装紙に包まれたチョコレートを並べ始める。

「・・・見かけは全く変わらんようだが?」
「それはそうですよ。違うのは、中に住んでいるアイテム住人ですからね。」
「ほう。」

カウンターに肘をついたラハールに向かって、アリオンが一つずつ指差しながら説明を始める。

「こっちは、基礎パラメータの住人が住んでます。本命のお相手に贈るんなら、例えばATK屋と
HIT屋の組み合わせがオススメです。これで相手のハートをきっちりゲット! ということで。」
「おい! 貴様も、悪魔のくせに気色悪いことを申すな!」
「へへ、こっちも商売なんで。・・・それでですね、恨みのある相手に贈るんだったらこちら。ステータス
異常を引き起こす住人が入ってます。」
「ほう。それは面白そうだ。」
「でしょう?」

アリオンの説明を頷きながら聞いていたラハールは、ここでふと顔を上げた。

(・・・待てよ?)

さっき、アリオンは「殿下も」と言った。それはつまり、自分の家来たちもここでチョコレートを買って
いったということなのだろう。
しかし、仮にも自分は魔王なのである。家来どもと同じものを贈ったのでは、魔王の名折れでは
ないか。

(・・・そうだ)

チョコレートを手に入れる方法は、何も店で買うだけではない。
一つ頷いたラハールが、カウンターから身を起こした。

「気が変わった。やはり、店で買うのはやめにする。」
「やめにする・・・って。じゃあ―――――」
「そうだ。これから、オレさま自身の手でチョコレートを手に入れに行くのだ!」
「まさか、お一人でですか!?」
「その通りだ。ただのチョコレートを返すなど、オレさまのプライドが許さんからな!」
「はあ・・・」

アリオンに向かって不敵な笑みを浮かべてみせたラハールは、カウンターを離れて歩き出した。
ショップの角を右に折れ、そのまま廊下を進む。その先にあるのは、魔王城内と外部を結ぶ
時空ゲートだった。


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