魔界のホワイトデー    2   

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魔王城内には、魔王であるラハールの家来たちが居住している区画がある。その中の一室で、
フロンは一人待っていた。
“バレンタインデー”の効果は、予想以上だった。天界では当たり前のこの習慣を、魔界にも広めようと
思い立ったのは、ちょうど一月前のことだった。

(これが、悪魔の皆さんが愛に目覚める第一歩になるはずです!)

本来の“バレンタインデー”は、日頃から親しくしている家族や友人に、感謝の意を表すために贈り物を
するというものだ。贈り物の内容は特に決められていないのだが、現金な悪魔たちの性格を考え、
それに食べ物であるチョコレートを選んだのは大正解だった。
性別の関係なく、無差別に渡して歩いたチョコレート。その成果は、“お返し”という形で今、フロンの
机に山になっている。単純にチョコレートを返してきた者が最も多いが、中には善意からなのか
嫌がらせなのか分からないようなものを手渡してきた者もいる。
だが、相手は悪魔。天界の常識は通用しない。お返しをしようという、その心こそが大切なのだ。

(あと、は・・・)

フロンが心待ちにしているのは、魔王であるラハールだった。
外見は年端も行かない少年である彼が、現在この魔界を統べる立場にいる。もし、魔王である彼が
この“バレンタインデー”というイベントに参加してくれたならば、魔界全土に与える影響も大きい
はずだ。そうなれば、魔界に愛を伝えるという自分の使命も、ぐっと実現に向けて前進するに違い
ないのだ。

(ラハールさん・・・)

しばしの間、物思いに沈むフロン。・・・部屋のドアが乱暴にノックされたのは、そのときだった。

「はい!」

期待に胸を躍らせながら、ドアを開ける。そこに立っていたのは、果たして不敵な笑みを浮かべた
ラハールだった。
そのラハールが、フロンに向かって何かを放った。

「そら。バレンタインデーとやらの、お返しだ。」
「これは・・・」
「ただのチョコレートではないぞ? 何といっても、それはレジェンドアイテムなのだからな。しかも、
レアリティーは0・・・最高級品だ。」
「ラハールさん・・・これを、私のために?」
「ふん。魔王であるオレさまが、家来どもと同じチョコレートというわけには行くまい。」

このときになって、フロンは初めてラハールの全身に目をやった。ふてぶてしい態度はいつも通り
だが、よく見ると体中に小さな傷がある。

「まさか、一人で・・・?」
「ああ、まあな。そうでなければ、“オレさまからのお返し”ということにならぬではないか。」
「ラハールさん・・・。」

幸せそうな顔で手渡されたチョコレートを見つめていたフロンは、やがて一言ぽつりと呟いた。

「このチョコレートは、食べられません。」
「なんだと? せっかく手に入れてきてやったというのに・・・オレさまの“お返しは”食べるに値しない
とでも言うのか?」
「違いますよー。もったいなくて、食べられないって言ったんです。」
「よし分かった。おまえには、他のものをくれてやる。」

仕方なさそうに頷いたラハールが、背負っていた袋をフロンに押し付けた。中を覘いたフロンが、
素っ頓狂な声を上げる。

「ラハールさん、これ・・・!」
「そうだ。そのチョコレートを探している最中に、手に入った菓子だ。どうせ食べる者もいないの
だからな、腐らせるのも―――――」
「ラハールさん・・・」

目をキラキラさせているフロンの様子を目の当たりにして、ラハールは気まずそうにそっぽを向いた。

「か・・・勘違いするな。別にこれは、おまえだけを特別扱いしているというわけでは―――――」
「私、感激しました! これこそ愛です!!」
「うわっ・・・コラ! 抱きつくな!!」

感激の面持ちでラハールに抱き付くフロン。それを振り払いながら、ラハールは大声を上げた。

「とっ・・・とにかく! これで、借りは返したからな!!」

赤い顔で、逃げるように去っていくラハールの後姿を眺めながら、フロンはにっこりと微笑んだの
だった。

(ラハールさんたら! 本当に、素直じゃないんですから!)


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