After the Rain〜ジークのバレンタイン〜    2   

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「・・・全く、エルの奴は一体何を考えているんだ! 補佐がいなくて困るのは自分だろうに!!」
「あ、あの・・・」
「ああ・・・こうしている間にも、貴重な時間が無駄になっていく。私には耐えられん!! やらねばならん
ことは山ほどあるというのに・・・」
「ねえ、ジーク・・・」
「何だ!!」

ここは宮廷から商業地区へと繋がる街路の一角。振り返りざま噛み付くように怒鳴り返されて、ジーク
リートを追いかけてきたフィリックはびくっと体を竦ませた。

「あ・・・あのさ。もしかして、ぼくが悪かったのかな・・・?」
「当たり前だ!! “ばれんたいん”などと、またエルの悪ふざけに決まっている!! お前がそんな
ものを真に受けるから・・・」

私までとばっちりを・・・と言いかけて、ジークリートは怒る相手を間違えていることに気が付いた。

「いや・・・すまん。このところ仕事に追われていて気が立っていてな・・・許せよ、フィリック。」
「あ、ううん・・・気にしないでよ。」
「そうか。」

頷いたジークリートは、腕組みをするとどんよりと曇った空を見上げた。現在は雨季ではなかったが、
本来の竜王であるはずの火竜のテラが里に引きこもってからこの方、自然のバランスが崩れすっきりと
晴れた空を拝むことができる機会はほとんど失われている。

「しかしだな・・・これからどうしたものか。この分だと今日一日は宮廷には帰れそうにないが・・・」
「あのさ・・・」

眉を寄せて考え込んだジークリートに向かって、フィリックはおずおずと切り出した。

「実は今、竜都では恒例のカーニバルをやってるんだよね。それで、その中に一般参加のコンサートが
あって、飛び入り参加とかもできるらしいんだけど・・・ジークは知ってる?」
「ああ、そう言えば女官達が噂しているのを耳にしたことがあるな。・・・それで?」
「実はぼく、そこに行ってみたかったんだけど・・・一人では行きづらくて。今、招待券を持ってるん
だけど・・・もし、よかったら・・・その・・・」
「私に、一緒に行って欲しいのか?」
「うん。・・・どうかな?」

ジークリートは宮廷一の堅物で通っている。娯楽のための催し物など「くだらない」の一言で片付け
られてしまうかも知れない・・・ましてや、それに参加するとなると尚更である。最後は消え入りそうな
声になって俯いたフィリックに対して、ジークリートは肩を竦めて見せた。

「まあ、仕方ないな・・・他にやることもないし。私も付き合おう。」
「本当!?」
「ああ。だが、お前の方は大丈夫なのか? 研究の予定に差し障りはないのか。」
「あ・・・うん。今は一段落したところだし・・・それに、ロアがいてくれるからね!」

輝くような表情になったフィリックの様子に、ジークリートは思わず苦笑いした。

「そうか。・・・では、そのコンサートとやらに出かけるとしようか。」
「うん!!」


  *


その頃宮廷では、通常の時間に出仕してきた水竜のルクレティアが、竜王エルフィートに噛み付いて
いた。

「ちょっと、この忙しいときに何で休みなんか取らせたのよ! あんたも分かっているんでしょう? ・・・
テラが帰ってくるまで、私たちで頑張らなくちゃいけないってのに! 大体あんたは・・・ちょっと、
聞いてるの!?」


しばらくの間、竜王である自分を「あんた」呼ばわりして憚らないルクレティアの小言を聞き流していた
エルフィートは、やがてそっぽを向いたままポツリと呟いた。

「・・・だからだよ。」
「・・・え?」

その意外な返答に、首を傾げるルクレティア。そんなルクレティアに向き直ると、エルフィートは存外
真面目な表情で話し始めた。

「君も、そしてジークもそうだけど・・・最近随分無理してるだろう。そりゃあ、国の大事・・・ってのは
分かってるさ。この天気で被害を受けてる住民が大勢いるってのもね。」
「だったら・・・」
「でもさ、君たちまでそれで倒れたら何にもならないだろ。たまには休みを取らなきゃ・・・いくら竜
だって、働きづめには限度ってものがあるだろう?」
「それは・・・そうだけど。」

言われてみれば、もう「休暇」という言葉には随分とご無沙汰だった。もちろん、それが不満だと思った
ことはない・・・そう思う余裕もないくらい、片付けなければならない内外の仕事に追われていたからだ。
いつもはふざけてばかりいる竜王の真面目な台詞に戸惑いを隠せないルクレティアに向かって、
エルフィートは肩を竦めて先を続けた。

「君たちが頑張ってるってことは、僕だってよく分かってるよ。感謝もしてる・・・こんなふがいない竜王
でも何とか国がまとまってるのは、君たちのおかげだってね。だけど、それとこれとは話は別さ・・・特に
あの堅物は、こうでもしないと休みを取ったりしないだろ?」
「そういうことだったの・・・。」
「そうさ。ってわけで・・・」

ここでエルフィートはいつものいたずらっぽい表情になると、ルクレティアに向かって指を突きつけた。

「水竜ルクレティア。君にも竜王命令だ・・・今日は休みを取るんだ。デートでもなんでも、好きに過ごすと
いい・・・だけど、仕事をするのだけは禁止だ。いいね?」
「・・・分かったわよ。そうするわ・・・久しぶりにクレオに“竜術士孝行”でもしようかしらね。」
「ああ、そうしてくれ。・・・テラのようにならないうちにね。」
「そうね・・・」

微笑み、そのまま竜王の間を後にしようとしたルクレティアは、思い出したように振り返ると木竜兄妹の
どちらにともなく問いかけた。

「ところで、あの二人を放っておいて大丈夫なの? フィリックはともかく、ジークなんてそれこそ何をして
いいか分からなくって困るんじゃないかしら?」
「ああ、その点は抜かりないわ。実は、フィリックに例のコンサートのチケットを渡しておいたから・・・
二人分ね。今頃、フィリックに引っ張られてジークもあそこに行ってるわよ。」
「そうねー・・・フィリックなら、確かに最初にあそこに行きそうよね。じゃ、心配ないか。」
「ええ。あなたも心置きなく休日を楽しんできてね・・・あ、二人の邪魔をしにいったらダメよ?」
「そこまで野暮じゃないわよ。」

いつもの“木竜スマイル”を浮かべた二人に軽く手を振ると、今度こそルクレティアは竜王の間を後に
した。自らの術士であるクレオに、今晩は何を作ってあげようかしら・・・と考えながら。


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